宇宙、トランプ、国際法(後編)(梟録)
今回は松田芳和さんのブログ『梟録』からご寄稿いただきました。
宇宙、トランプ、国際法(後編)(梟録)
(中編はこちら)
http://wanntuer54.hatenablog.com/entry/2019/02/11/161419
Ⅳ.デブリ低減措置に関する規制改革
(1)改革の背景とその方向性
商務省は、商業宇宙活動にとって不要な規制負担を特定する作業に取り組むとしている。すでに、商務省は、打ち上げや再突入等に関する運輸省及びFCCの規制措置以外のすべての商業宇宙活動のための承認に関する枠組み案を策定中である。
宇宙活動に関わる現在の米国法上の規制は、宇宙利用の形態の変化に伴い、必ずしもその活動に適切なものばかりではない。例えば、SpaceX社は、自社のファルコン9のカメラ録画及びライブ動画が、米国の安全保障の観点からNational and Commercial Space Programs Actの規制対象であることを認識していなかった。同社は同法に従って、エンジンを停止する前に動画の一般公開を中断しなければならなかった。しかし、同社は、地球の特徴をスキャンしなかったし、軌道の境界を調べることもしなかった。むしろ、撮影はマーケティング目的で、ロケットとそのステージの分離やステータスチェック等のためになされていた。これは、新たな形態の宇宙活動に対する既存の規制措置が適切でない格好の事例である*30 。この他にも、既存の免許制度の対象とならない新しい形態の宇宙活動の種類は、数多く存在しているといわれている。
*30:Remarks by Secretary Wilbur L. Ross at the National Space Symposium 2018, Commerce.Gov(4 17 2018),
https://www.commerce.gov/news/secretary-speeches/2018/04/remarks-secretary-wilbur-l-ross-national-space-symposium-2018
従来の宇宙利用に対しては安全保障の側面からの規制が定められているわけだが、商業宇宙活動については適正な規制を新たに設ける必要がある。
SPD-3については、これによって低減措置の規制が厳格になるとの指摘がある。衛星の設計と運用のための新しい指針を確立し、衛星打ち上げ企業の事前認証には新たな制限が伴う可能性があるとされる*31 。
*31:SPACE REALLY DOES NEED TRAFFIC COPS, Wired(6 19 2018),
https://www.wired.com/story/space-really-does-need-traffic-cops/
トランプ大統領自身は、デブリ低減措置に関する規制を過度に厳格化しないように注意を促している。商業宇宙活動が抑制されるような規制の厳格化や新たな規制の追加には消極的である。ただし、宇宙活動の安全と促進を考慮し、またSSAの向上に伴ってデブリの分布状況が把握できるようになると、ある程度の規制の厳格化が必要とされるところである。今後提示される低減措置の改革案は、現在の基準よりも厳格になるのか、あるいは緩和されるのか。この点に注目して、より望ましい規制の在り方を検討することが必要となるであろう。
デブリ低減に関する国際的な対策としては、2007年に国連総会決議に記された「国連スペースデブリ低減ガイドライン」がある。このガイドラインには法的拘束力がないが、7つの低減措置が推奨されている。低減措置に関する米国の国内規制に変更が生じれば、このガイドラインの内容にも影響を及ぼすものになる可能性がある。そのような意味でも、米国の国内規制の改革内容が注目される。
(2)宇宙環境の保護の視点
宇宙利用に対する脅威というものは、宇宙活動や宇宙飛行士への脅威だけでなく、宇宙利用によって恩恵を受ける一般市民の日常生活にも影響を及ぼす状況になってきている。SPD-3を発令するにあたって、トランプ大統領は環境保護的な発言を行った。トランプ大統領は商務省に対し、宇宙環境を保ち、軌道上の衝突を防ぐために、ベストプラクティス、技術ガイドライン、基準、リスクアセスメントを確立する省庁間の取り組みを指揮するよう命じたのである。また、NASAは、デブリや汚染から宇宙環境を保護するための助言を行っている。
低減措置の規制改革は、地球を周回する軌道をさらなる輻輳による悪影響から保護するのに役立つものでなければならない。果たして、SPD-3が輻輳の抑制に役立つものになるのだろうか。もちろん、実際の改革内容をみてから評価すべきことであるが、トランプ政権としてはたとえ輻輳が生じても、STMによって宇宙活動の安全が確保されていればよいと考えているのかもしれない*32 。STMを重視していることや、メガコンステレーションを許容しているところをみると、その可能性は否定できない。宇宙空間の環境を保全するという観点からは好ましいものではないと言わざるを得ない。
*32:STMの構築のためには、自国の衛星等だけでなく、他国の衛星等の位置情報をも共有しなければならなくなるので、それらをどのように調整するのかという国際的な問題がある。このような問題状況からすれば、そもそも宇宙環境の保護を図らなければならないのではないか。宇宙環境の保護は、宇宙交通管理の在り方にかかわる問題といえる。
宇宙空間で機能している衛星等のシステムの周辺環境の安全が確保されなければ、一般市民の日常生活に悪影響を及ぼすという理解は広まりつつある。また、民間の宇宙旅行が実現されれば、一般市民の安全確保が求められる。そのような事態にも対処するとなれば、衛星等の運用の安全ばかりでなく、宇宙空間そのものの良好な環境が維持されるよう、一定の規制の厳格化が求められよう。
SPD-3あるいはトランプ政権の幹部が言及している「すべての人の関心事」「すべての宇宙活動国の利益」は、宇宙条約の理念に結びつくものであろう。「人類共通」は、気候変動枠組条約にもある文言である。トランプ政権の宇宙政策は、2015年に採択されたパリ協定を離脱する政策とは反対の方向に向いていて、宇宙産業の成長はすべての国の利益になることを考慮しているようである。環境保護に非常に消極的と指摘されている「トランプ的」な政策は、宇宙開発分野では採用されないのかもしれない。
Ⅴ.国際法への波及
(1)低減措置の規制に関する米国基準の国際化
トランプ大統領は、国際規範(norms)を形成するために、米国の規制基準とベストプラクティスを他国に普及させると発言している*33 。SPD-3では、低減措置に関する国内規制を定期的に見直し、それと同程度の基準が国際的に採用されるべきであると記されている。
*33:President Donald J. Trump is Achieving a Safe and Secure Future in Space, FACT SHEETS(6 18 2018),
https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/president-donald-j-trump-achieving-safe-secure-future-space/
STMやデブリ低減措置の国際条約化、あるいは国際制度の創設については否定的な見解がある。ペース博士によれば、国家宇宙評議会は国際条約を作成するのではなく、ボトムアッププロセスを選択した。トランプ政権は、低減措置の実施に関する適切な事例を挙げることで、ヨーロッパ、中国、ロシア等がそれに追従するような規範を確立しようとしているようである*34 。ペース博士は、「我々が望むのは、ベストプラクティスが出現するにつれて、拘束力がなく、自発的で、国際的に認められたガイドラインが得られ、それが国内の法律および規制に組み込まれることである」と述べている*35 。あくまでも、米国と同程度の規制基準が、各国の国内基準となることだけを望んでいるようである。
*34:As mega-constellations loom, US seeks to manage space debris problem 6/18/2018 arstechnica, Ars Technica(6 18 2018),
https://arstechnica.com/science/2018/06/as-space-gets-more-crowded-us-seeks-to-ensure-a-safe-environment/
*35:The White House is calling for Space Traffic Control, Popular Science(6 26 2018), https://www.popsci.com/national-space-council-directive-space-debris
また、ジム・クーパー下院議員は、デブリを発生させた国を罰するべきかと疑問を呈し、これまではいくつかの悪質な宇宙活動が国際的な圧力によって是正されてきたので、損害賠償責任は必要ないとの趣旨を述べている*36 。
*36:House Panel Hears Talk of Space Junk and Business in the Stars, Courthouse New(6 22 2018), https://www.courthousenews.com/house-panel-hears-talk-of-space-junk-and-business-in-the-stars/
(2)宇宙条約の義務に関する解釈への影響
先にも述べた通り、ロス長官は、「重大な損害または破壊」を引き起こす可能性がある物体に関する調査の実施に言及している。この調査によって、デブリの様態ごとにその脅威や悪影響を測ることが可能になるかもしれない。宇宙条約は、他国の宇宙活動を妨害しないことを国家の義務として定めている。したがって、どのようなデブリの発生が宇宙条約の義務の違反になるかを明確化することにつながることも考えられる。
(3)国際法規範の形成へ
ペース博士は国際条約化を明確に否定しているが、「ボトムアップ」によって一国内で定められた規制基準が国際的に普及することに期待を寄せている。「ボトムアップ」を推進していけば、各国の低減措置の実施や国家間の情報交換による蓄積によって、国際的な法規範の生成につながる可能性がある。また、宇宙損害責任条約の解釈によっては、必ずしもデブリに対する条約の適用が不可能であるとは言い切れず、罰則のような強制力のある規制の枠組みがまったく不要とはならないであろう。
また、宇宙におけるアクターが増えるにつれて、衛星に関する安全設計ガイドラインの改良とベストプラクティスの確立が必要とされ、国際的な協力を緊密にすることが求められる。米国と同程度の規制基準が各国国内の規制基準になれば、米国の商業活動(商業的利益)の拡大、宇宙活動の安全確保につながるという思惑があるものと考えられる。商務省が民間企業に対してファシリテーターの立場(詳細は後述)になるのであれば、産業界の諸事情を考慮して制度構築を進めることになる。したがって、この先、国際的な制度構築を図ることが求められるようになった場合は、民間企業の立場を表明する機会が国際会議の場で作られることになり、それが国際法秩序の形成に反映されることもあり得よう。
以上のように、今回の政策方針が、その道のりは長いだろうが、結果的に国際法規範の形成につながる可能性はある。デブリを詳細に把握することも、宇宙条約の解釈に影響を与え得る。トランプ大統領は、「我々は、宇宙活動に関係する時代遅れの規制を近代化している。……我々はアメリカの創意工夫の力を発揮するために、もう一歩踏み出す」と語っている。米国の経済発展のために商業分野に力を入れるのは、まさに「トランプ的」な政策であるが、宇宙開発分野に限って言えば、そのような政権にとって重要な政策が成功する鍵は、国際規範の形成や国家間の協力・連携にある。トランプ大統領自身、必ずしもそれを否定していないところをみると、TPPやパリ協定、イラン核合意といった国際協定や、ユネスコといった国際機関からの離脱というような「トランプ的」な手段を選ばず、国際主義を重視する「非トランプ的」な政策を実施しようという構えがあるのかもしれない。
Ⅵ.商業宇宙活動の未来
(1)政府と民間企業の関係性
すでに国家宇宙評議会は、商務省を米国の商業利益の推進のための主導機関に指定し、ロス長官に対し、免許制度やその他の規制見直しのために、「宇宙商取引のためのワンストップショップ(a one-stop shop)」を創設するよう命じている。ロス長官によれば、商務省は「新しい信念」を持ち、民間企業の「過失」を見抜くだけでなく、「洞察力と先見性」をもって商業活動の促進にも取り組むものとしている*37 。既存の規制機関としての立場から、民間企業の活動をサポートする立場へと変化することになるであろう。
*37:President Trump wants my department to keep space safe. We’re ready., Washington post(6 19 2018),
https://www.washingtonpost.com/opinions/president-trump-wants-my-department-to-keep-space-safe-were-ready/2018/06/19/a3aa96f6-73f8-11e8-9780-b1dd6a09b549_story.html?noredirect=on&utm_term=.14d4773d32a0
ロス長官のこれまでの発言*38 を追っていくと、米国の今後の商業宇宙活動の在り方が垣間見えてくる。ロス長官は、今後の商業宇宙活動の行方は、宇宙交通を管理し、正確かつ利用可能なSSAデータへの民間企業のアクセスの可否に依存すると述べている。また、トランプ大統領の宇宙政策は、米国の産業を解放するための規制改革を優先させているとも述べている*39 。「現在の規制の枠組みは25年も経過しており、もはや宇宙市場の急速なニーズを満たしていない」ので、業界のニーズに合わせて仲立ちをする機関を創設し、官民協力(public-private collaboration)の価値を重視し、商務省は民間企業にとって「賢明なファシリテーター」になろうとしている。
*38:Remarks by Secretary Wilbur L. Ross at the National Space Symposium 2018, Commerce.Gov(4 17 2018),
https://www.commerce.gov/news/secretary-speeches/2018/04/remarks-secretary-wilbur-l-ross-national-space-symposium-2018
*39:The White House is calling for Space Traffic Control, Popular Science(6 18 2018), https://www.popsci.com/national-space-council-directive-space-debris
(2)デブリの管理強化と国際的連携
デブリの分布状況に関するデータの充実性が、宇宙活動商業化の成功の鍵となる。デブリの管理が、より強化されることが求められる。SPD-3の主眼は、米国国内の宇宙産業の促進のために、宇宙環境を保全したいということにあると考えられる。ただし、今回の規制改革の方針では、デブリの低減に結びつかないおそれもあるので、実際の規制改革の内容を注視したい。
また、STMの構築や低減措置の規制基準については、国際的な連携が必要となってくる。宇宙活動の商業化を推進するならば、否応なしに、国際法を含む規範の望ましいあり方を模索しなければならなくなる。
(3)宇宙商業時代の秩序の在り方
ロス長官は、STMの構築について、「今行動しなければ、他の誰かがそれを構築しようとするだろう」*40 と述べている。宇宙空間の覇権争いの状況になるおそれがあるということ意味しているのだろう。しかしその一方で、宇宙空間を軍事的な領域にするのではなく、SPD-3によって商業宇宙活動が活性化し、民間のアクター、ひいては全人類が活躍する場にしようとしているようでもある。詳細は別稿に譲るが、商業宇宙活動の安全のためにも、宇宙軍の創設が必要とされているのかもしれない。
*40:America Wants to Protect the World From Space Junk, Bloomberg(4 18 2018), https://www.bloomberg.com/news/articles/2018-04-17/america-wants-to-be-earth-s-space-traffic-cop
商業化される宇宙空間には、新しい秩序の形成が必要とされるのではないだろうか。「宇宙商業時代」における宇宙環境の保護のための規制措置、国際法規範の在り方を模索することが強く求められよう。
執筆: この記事は松田芳和さんのブログ『梟録』からご寄稿いただきました。
寄稿いただいた記事は2019年6月25日時点のものです。
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