期待の倒叙ミステリー短篇集『偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理』
ああ、またひとり追いかけたいキャラクターが増えてしまった(とはいえ、シリーズ化されるかどうかもわからないんですが。いや、ぜひとも続編をお願いいたします、降田先生。刮目してお待ちしておりますので!)。サブタイトルにもあるように、本書は「神倉駅前交番」に勤務する警官「狩野雷太」がさまざまな謎を解いていく連作短編集。
収録された5編の語り手はすべて、敵方の登場人物たち。いわゆる倒叙ミステリーというくくりで考えてよいかと思う。個人的に倒叙ものというジャンルが大好物で、ぱっと思い付くだけでも、コロンボ、古畑任三郎、福家警部補などすべて好きである。なぜ倒叙ものの主人公に魅力的を感じるかというのはたびたび私の心を占める問題で、”倒叙ものというのは、著者(脚本家)に自信がなければ書けない作品ではないかと思う。となれば、その著者(脚本家)が満を持して世に送り出すキャラクターに魅力がないはずがない”というのが現時点での結論だ。作品そのものについても、一般的なミステリーにおいては最重要事項といっても過言ではない”犯人は誰か”が先に明かされてしまうというハンディがある中で、そのうえでいかに読者の興味をひきつけるかを追求した産物なのだからおもしろくないわけがない。第一話「鎖された赤」の語り手である宮園尊による狩野の第一印象は、「にこにこ、というよりへらへら」「表情にも口調にも締まりがなく」「そこそこ顔立ちが整っているせいもあってか、どこか軽薄な印象」とのこと。そう、警察官や探偵役が第一印象で相手に警戒心を抱かせないタイプであることも、倒叙もののあるあるだ。その人物がいざ推理となると、鋭い冴えをみせるなんてたまらないといえよう(ギャップ萌えってこういうこと?)。
さて一方の語り手たちだが、「刑事コロンボ」などでは”コロンボ刑事以上に犯人が魅力的”というのもよく言われることだ。本書の語り手たちに関してもそれぞれの事情が丁寧に書かれているため、共感とまでは言い切れないものの情状酌量の余地はあるかなという気がする。特に印象に残った語り手は、表題作で第71回日本推理作家協会賞(短編部門)受賞作品でもある「偽りの春」の水野光代。彼女をリーダー的存在に据えた5人の詐欺グループのうち、2人の男女が金をもって逃げた。残ったメンバーである和枝や雪子と違って、光代は借金もなく犯罪行為から足を洗うことも可能だ。そんな光代をこの土地に引き留めるのは、安アパートの隣に住む若い母親・香苗とその息子・波瑠斗の存在。若い頃結婚するつもりだった同僚の男に貢ぐため勤務先である郵便局の顧客の金に手を付けて以来、土地と職を転々としてきた光代が唯一心を開くことのできた相手だった。生活力に欠ける親に育てられたり不実な男に利用されたりした人間が必ずしも犯罪に手を染めるわけではないという事実からも、光代のしてきたことは擁護に値するのものではない。それでも自分ひとりを頼みとして生きてきた者がふとした拍子に他人に心を許してしまったことには納得できるし、胸が締めつけられる思いがする。物語は苦い結末にはなってしまったが、心に残る幕切れだった。波瑠斗たちと過ごすことで少しでも幸せを感じられる瞬間があったのであれば、光代にとってはせめてもの救いだったと思いたい。
降田天というのは、プロット担当の萩野瑛さんと執筆担当の鮎川颯さんによるユニット。他に鮎川はぎの(少女小説)、高瀬ゆのか(少女漫画・映画版のノベライズ)名義でも著書がある。2014年に「女王はかえらない」で第13回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞し、一般文芸の分野でも活躍されるように。これまでに何度かおふたりのインタビュー記事を読ませていただいたが、とても息の合ったコンビだということが伝わってきて微笑ましく感じた。狩野さんはもちろんなんですが、同僚の若手警官であるみっちゃんのスピンオフもご検討お願いします!
(松井ゆかり)
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