観ていて辛いエピソードの先に胸を打つ感動が待っている 深い余韻を残す映画『荒野にて』

少年がひとり、馬を連れて荒野をわたる - そう聞いたらあなたはどんな物語を想像しますか? 夢と魔法が待ち受けるファンタジー? それとも行く先々で敵と戦う冒険もの? 現在公開中の映画『荒野にて』は、そのどちらでもないのです。魔法使いも出てこないし、選ばれし者が世界を救うわけでもありません。なのに、観ている間ずっと心をゆさぶられ、終わったあとに感動がじっくりと心に沁みわたるような深い余韻を残す作品です。

主人公のチャーリーは15歳。幼い頃に母親が家を出て以来、父親は彼を連れて気の向くまま土地を転々としています。そんな生活で友人もできないチャーリーは、引っ越し先の家の近くに競馬場を見つけ、生活費を稼ぐためにそこで働き始めます。

父親は息子を愛していますが、自分の楽しみを優先し、保護者としての責任から逃げています。チャーリーはそんな親を恨むことなく限りない愛情と信頼をよせますが、本音を出せる相手は年老いた競走馬のピートだけ。しかしある日突然運命はチャーリーを突き放し、厳しい現実が次々と彼の前に立ちはだかります。ついにピートまでが危機に陥ったとき、チャーリーはピートを連れて旅立つ決心をするのです。

正直、観ていて辛いエピソードがたくさんあります。チャーリーはどうしてこんな目にあわなきゃならないんだろうと憤ったり、悔しかったり、自分だったらどうするだろうと不安になったりします。でも映画が終わった時は、胸を打つ感動がきっと待ち受けているはず。そしてなによりもチャーリーの幸せを願いながら劇場をあとにするのではないでしょうか。

原作はアメリカの作家でありミュージシャンのウィリー・ヴローティンが書いた『荒野にて』(北田絵里子訳/早川書房)。エピソードをいくつかまとめたり、登場人物の設定を多少変えたりはしていますが、物語はほぼ原作通りに作られています。小説はチャーリーの一人称で、その日に起きた出来事や出会った人々の印象などが描かれます。映画鑑賞後に読むと、まるでチャーリーの書いた日記を読んでいるような気分になります。

チャーリーを演じるチャーリー・プラマー(『ゲティ家の身代金』)は、この映画でヴェネチア映画祭の新人俳優賞を受賞しました。愛情深く繊細で、決して希望を捨てないキャラクターを、セリフではなく眼だけで語るという見事な演技で表現しています。彼の人生を変えるきっかけを作った老人をスティーヴ・ブシェミ、騎手役でクロエ・セヴィニーなどが脇を固めています。俳優らの演技もさることながら、この映画で忘れてはならないのはスクリーンに広がるアメリカ北西部の雄大な風景です。目を見張るような美しさを見せたと思うと容赦ない厳しさで迫ってくる大自然。撮影前に原作と同じ道筋をたどって旅をしたイギリス人監督のアンドリュー・ヘイは、その光景にひたすら感動したそうです。

最後に、原作を訳した翻訳家の北田さんからいただいたコメントをご紹介しましょう。

「馬の名前リーン・オン・ピートのlean onは「頼りにする」の意。ピートはチャーリーの心の拠り所になり、チャーリーはピートの命をつなごうとする。支え合う関係が自然と成り立っているのが素敵だと思いました」

孤独を抱えながらひたすら荒野をつきすすむ少年チャーリー。果てしない絶望に屈せず立ち向かう彼の希望への旅路を、物語の外から見守ってください。

『荒野にて』
https://gaga.ne.jp/kouya/

(C)The Bureau Film Company Limited, Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2017

【書いた人:♪akira】
翻訳ミステリー・映画ライター。ウェブマガジン「柳下毅一郎の皆殺し映画通信」、翻訳ミステリー大賞シンジケートHP、月刊誌「本の雑誌」、「映画秘宝」等で執筆しています。

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