今なぜ“女王映画”が人気なのか? その魅力と注目点

『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』
◎3月15日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、Bunkamura ル・シネマほか全国にて
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英国は女王の時代に栄える――それほど英国の歴史に詳しくなくても、この言いまわしは耳にしたことがあるだろう。ここで言う女王とはまさしく“ゴールデン・エイジ”を築いたエリザベスI世に、先年まで最長の在位期間を誇ったヴィクトリア女王、そして今なお現役として女王の職務に忠実なエリザベスII世。もっとも、映画界と“英国”女王との関係にまで目を広げると、9日間だけイングランド女王となって、たった15歳で処刑されてしまったジェーン・グレイやスコットランド女王メアリー・スチュアートが挙げられる。

ジェーンは『レディ・ジェーン/愛と運命のふたり』(1986年)でその悲劇が描かれ、メアリーは、あの発明王エジソンがサイレント映画『メアリー女王の処刑』(1895年)を製作したり、ジョン・フォード監督がキャサリン・ヘップバーン主演で『メアリー・オブ・スコットランド』(1936年)を撮ったりした。そして今回『女王陛下のお気に入り』でグレート・ブリテン初代女王のアンが満を持して登場、と常に魅力的な素材であることがわかる。

『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』
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特にメアリー・スチュアートに関しては、ある意味、9歳上の従姉妹エリザベスI世よりも注目度の高いスターだと言える。ドイツのシラーの戯曲『マリア・ストゥアルト』やそれを基にしたダーチャ・マライーニの2人芝居『メアリー・スチュアート』、そしてミヒャエル・ハネケ監督の『ピアニスト』(2001年)の原作者としても知られるノーベル賞作家エルフリーデ・イェリネクが、メアリー・スチュアートとエリザベスI世の関係をドイツ赤軍の女性幹部になぞらえた意欲的な戯曲『ウルリーケ・マリア・スチュアート』を書くなど、常に書き手の想像力を刺激し続けてきた。

以前、映画『エリザベス』(1998年)で高い評価を受けたケイト・ブランシェットにインタビューした際、「日本の歌舞伎役者・坂東玉三郎は“エリザベスI世は男だった”というフランシスコ・オルス作の芝居『エリザベス』で好演した」という話をすると、その1年後の再インタビューで、「あなたが教えてくれたカブキ・アクター、名前何て言ったっけ? 彼と2人で舞台『メアリー・スチュアート』をやりたいのよ!」と言ったものである。あまりにも驚いて、「どっちがどの役をやるつもり?」と聞くのを忘れたのが、くれぐれも悔やまれるが。

ふたりの女王、そして男たちの陰謀

『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』
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そのブランシェットと『ハンナ』(2011年)の時から「そっくり」と言われてきたシアーシャ・ローナンがメアリー・スチュアートを演じる『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』は、エリザベス役のマーゴット・ロビーが醸す先達エリザベス女優たちとはまた異なる独特の存在感といい、メアリーを激しく糾弾するデイヴィッド・テナント扮する長老派教会の創始者ジョン・ノックスのアジ演説「女なんかに国を治められはしないのだ!」といい、まさに昨今の女王映画隆盛の最大の注目点がある。

つまり、女性に王位(皇位)継承すら認めぬどこかの国とは違って、メアリー・スチュアートが生後6日でスコットランド女王になったように、「女王というタイトルはやるが、国を動かすのは我々だ」との男たちの思惑。いや、できればそのタイトルもこっちにもらおうかという陰謀の数々が見えるのだ。もちろん、これまでの映画でもこういった視点はあったが、ライバルのエリザベスに対しても「早く結婚しろ」だの「跡継ぎの男子を産め」だの、#MeToo で揺れた映画界には何とも皮肉な言葉のオン・パレードなのは偶然とばかりも言えまい。しかも『女王陛下のお気に入り』のアン女王を含め、女王たち自らもそうした非人間的な重圧を当然のこととして受けとめるのである。

『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』のジョージ・ルーク監督は、サム・メンデスを輩出した劇場ドンマー・ウェアハウスの芸術監督出身。架空とも言われる2人の女王の対面シーンの緊張感あふれる演出はさすがだが、メアリー自ら馬に乗って行軍の先頭に立つシーンなど映画的技法もなかなかで、「舞台ではやれなかったこと」へ踏み出す視覚表現には、ますますの期待をしてしまう。

ドロドロの底にある“威厳”

『女王陛下のお気に入り』
◎TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開中
(c)2018 Twentieth Century Fox Film Corporation

このルーク監督が舞台から映画へ、の転身だとしたら、『女王陛下のお気に入り』のヨルゴス・ランティモス監督は、ギリシャ映画界から英国歴史物へ、の地殻変動ぶりにまず啞然といったところか。もちろん先例がないわけではない。たとえばインド出身のシェカール・カプール監督は、『エリザベス』のメガホンをとることをオファーされたとき、「英国の歴史など知らないから途方に暮れてしまった」と正直に告白してくれた。では、彼はどのようにアプローチしていったのか?

「インドの古代叙事詩『マハーバーラタ』を思い出したんだ。あの中での勇者アルジュナと彼に助言するクリシュナの関係を、エリザベスと彼女を操ろうとするウォルシンガム(ジェフリー・ラッシュ)との関係になぞらえたら、後はスムーズに転がっていったよ」。同じようなことがランティモス監督にあったかどうか。つまり監督のバックボーンに幾分なりともあるはずのギリシャ悲・喜劇の影響が見て取れるか目をこらしたが、残念ながらその点は不明。むしろ彼のインタビュー記事などを読むと「なるべく歴史の真実にとらわれないように、むしろ現代にも通じる人間ドラマとして楽しめるように」オリヴィア・コールマン扮するアン女王、レディ・サラ(レイチェル・ワイズ)、アビゲイル・ヒル(エマ・ストーン)の3人の関係を描いていったという。

『女王陛下のお気に入り』
(c)2018 Twentieth Century Fox Film Corporation

本作が評判になった昨秋のヴェネチア映画祭以来、日本では「ドロドロさ加減がまるで大奥!」といった惹句もよく目にするし、これまでにない女王や女官たちのあけすけな性描写はまさにそう言えなくもないが、忘れてはならないのは、宮廷物ならではの香気というか威厳のようなものがちゃんと漂っていることである。稀代の名演出家ピーター・ブルックはかつて、「どんなにポップでアナーキーな『ハムレット』であっても、ハムレット役者はアリストクラティック(貴族的)な空気をまとっていなくてはならない」と教えてくれたが、まさに人間臭さの根底に気高さが感じられるゆえの、作品そのものの格調高さと言えるかもしれない。

記事の続きは『キネマ旬報』3月下旬映画業界決算特別号に掲載。今号では「2018年映画業界総決算」と題して、『キネマ旬報』編集部が総力をあげて贈る特集をおこなった。2018年映画業界の分析や検証、問題提起、そして2019年以降の映画界を見据えた内容となっている。

『キネマ旬報 2019年3月下旬映画業界決算特別号』

文=佐藤友紀/制作:キネマ旬報社

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