団地の一室に惣菜屋さん!? 「やまわけキッチン」がつなぐ住民の絆
大阪府堺市・茶山台団地の一室に、イートインもできるお惣菜屋さん「やまわけキッチン」が2018年11月にオープンした。クラウドファンディングを活用し、住民たちがDIYでリノベーションをした部屋へ、にぎわいぶりを取材してきた。
ここが団地の一室? 味わいあるカフェのような惣菜とランチのお店
「やまわけキッチン」は大阪府堺市、泉北ニュータウンの一角にある茶山台団地21棟1階の角部屋に2018年11月5日オープンしたばかり。オープン初日には約100名の来場があるなど、にぎわいをみせているそうだ。その人気の秘密を探るべく、12月の土曜日にお店を訪ねてみた。(左)南側のベランダ面と(右)北側の玄関面にある立て看板が目印(写真撮影:井村幸治)
丘陵地にある団地のなかでも見晴らしの良い場所に建つ21棟に着くと、「やまわけキッチン」の看板が目に入ってくる。数段の階段を上り玄関ドアを開けると「本日のお惣菜」のメニューボード。その奥にはお総菜や調理パン、そして野菜などが展示販売されている。南側のバルコニーに面した明るいスペースにはキッチンとテーブル席とレジ、北側には座卓の客席スペースがある。 ベランダに面したところにあるキッチンとテーブル席(写真撮影:井村幸治) 玄関を開けると本日のメニューがある(写真撮影:井村幸治)その横にはお惣菜と野菜類(写真撮影:井村幸治)
さっそくランチをいただくことに。選んだのは「やまわけ盛り定食」700円。週替わり献立で、この日はひじきの煮物、チキンのトマト煮、五目豆、かき揚げのおかずとご飯、お味噌汁。お惣菜を単品で追加もできるし、うどんも別メニューである。「やまわけ盛り定食」700円は野菜中心の健康的なメニューで“おふくろの味”(写真撮影:井村幸治)
優しくて、ちょっと懐かしい味を美味しくいただいたころ、続々とお客さんが増え始める。
老人会の役員を務めている男性、その知り合いの人々、小学生の子ども、そして家族連れの親子……。団地の一室なので、それほど広くない空間はいつのまにか、満席の状態に。確かに、なかなかのにぎわいぶりだ!お昼時にはお客さんで満席に。写真は北側の客席(写真撮影:井村幸治)
買い物難民の解消、コミュニティの再創生をめざして住民が立ち上がる
茶山台団地は大阪府住宅供給公社が管理する総戸数936戸の賃貸住宅。昭和40年代から開発が進み、当初は多くのファミリー世帯が暮らす団地であったが、現在は約800戸の入居世帯のうち4割以上は名義人が65歳以上の世帯、65歳以上の単身世帯も70戸を超えるなど(2018年12月現在)、高齢化が進んでいる。
なぜ、団地の一室にこんなお店をつくったのか? 「やまわけキッチン」が登場した経緯を大阪府住宅供給公社の笹井純氏にお聞きした。
「団地近くにはスーパーや飲食店がなく、また団地は丘陵地に位置しており、移動手段をもたない高齢者にとっては、最寄駅となる泉ヶ丘駅の商業施設やコンビニなどへは徒歩で20分以上かかるため、買い物支援が課題となっていました。近隣スーパーが閉店して食料品やお総菜を買う場所もなくなったという単身居住者の声もお聞きし、何か良い方法はないかと思案していたところでした」と笹井氏。毎週土曜日に行われている「ちゃやマルシェ」(写真撮影:井村幸治)
一方、茶山台団地では集会所を活用したコミュニティ支援事業の拠点として「茶山台としょかん」が2015年11月に開館し、2016年5月からは野菜などの移動販売「ちゃやマルシェ」がスタートするなどコミュニティづくりの仕掛けがすでに動き始めていた。またDIYリノベーションスクールの開催やDIYリノベーション住戸の賃貸募集、2住戸を合体させた「ニコイチ」の募集など、さまざまな団地再生プロジェクトが活発に動いている土壌もあった。 「茶山台としょかん」(写真撮影:井村幸治)月に1回行われる「ゼロ円マーケット」(写真撮影:井村幸治)
DIYにはのべ181人の住民が参加、クラウドファンディングも活用!
公社から委託を受けて「茶山台としょかん」の運営を担ってきたNPO法人SEIN(サイン)代表理事の湯川まゆみさんは語る。
「茶山台としょかんでは、子どもたちが本を読んだり宿題を片付けたりするばかりでなく、衣類や雑貨の交換会「ゼロ円マーケット」なども実施してコミュニティづくりの活動を続けてきました。そのなかでよくお聞きしていたのは、食べ物を買える場所が欲しい、子どもたちが安心して食べられる場所も欲しい……といった住民の声でした。これまでの活動の枠を超えて、食を通じて住民のみなさんが仲良くなれる場所、暮らしが便利になる場所をつくりたいと思い立ったのです」 NPO法人SEIN(サイン)代表理事の湯川まゆみさん(写真撮影:井村幸治)間仕切りや展示棚もすべて住民のみなさんのDIY!(写真撮影:井村幸治)
買い物支援の課題を解決するだけでなく、コミュニティづくりの夢をかなえるために「やまわけキッチン」の設立計画がスタートしたのは2017年11月。改築資金はクラウドファンディングの活用と一般財団法人ハウジングアンドコミュニティ財団の助成金を活用し、公社は2020年3月までは無償で部屋を貸し出すかたちでこのプロジェクトをサポートしている。店舗づくりのリノベーション作業はのべ181人の住民が参加してのDIYで完成させた、手づくり感満載のお店だ!
美味しさの秘密は地元の食材と、味付けの工夫!
「やまわけキッチン」を訪ねてみて、にぎわいの秘密をいくつか発見した。
●魅力その1
みんなに当事者意識が強いこと。
老人会の役員を務める川野さん(78歳)がおっしゃった「みんなでつくったんやから、つぶすわけにはいかへんからな」と言う言葉が耳に残っている。運営するスタッフだけでなく、お客さんである住民にも「自分たちでつくりあげた場」という想いが強いことが、にぎわいを継続させる秘密になるのだと思う。「明日は老人会主催の餅つき大会をやります!」と熱く語ってくれた川野さんは子どもたちの見守り活動にも参加している(写真撮影:井村幸治)
●魅力その2
料理が美味しいこと。
この日のメニューはひじきの煮物、チキンのトマト煮、五目豆、コロッケ、かき揚げなど煮込み料理や揚げ物など家庭料理が中心。家族大勢で暮らしていたころはつくっていた煮込み料理も、1人暮らしになると面倒でつくらなくなったという声をよく聞く。「たくさんつくらないと美味しくないし」という人もいる。だから、あえて家庭の味を思い出させるようなメニューにしている。 (写真撮影:井村幸治)(写真撮影:井村幸治)
ただし、おからサラダにも粒マスタードをいれるなど、味付けにはひと工夫している。そうすることで「この味付け、どうやってるの?」というコミュニケーションが生まれるという。さらに、食材にはできるだけ地元の産品を使っている。お米は近くの上神谷(にわだに)で取れたお米、天ぷらのニンジンは住民が畑で育てて間引きしたもの、といった具合だ。
●魅力その3
居心地がいいこと。
高台に位置するお部屋には暖かな日差しが降りそそぎ、窓からは遠く葛城山を見渡せる景色がひろがる。1階住戸だが空が抜けていて気持ちがいい。心地よいBGMが流れ、対流式ストーブの炎にも癒やされるカフェのような空間だ。
ふらっと訪ねると誰か知り合いがいて世間話が始まりそうな「丘の上の惣菜屋さん」、それが「やまわけキッチン」の魅力だ。団地の斜面で栽培されているレモン。泉北の季候はレモン栽培に向いているそうで、特産品化を目指している!(写真撮影:井村幸治)
喜びや楽しみを「やまわけ」できる場所へ
出足好調な「やまわけキッチン」だが、にぎわいを継続&拡大させていくことがこれからの課題になりそうだ。団地の部屋には鉄の扉がついており、歳を重ねると扉を開けて出かけていくのが億劫になるもの。「やまわけキッチン」に興味はあるのだけど、扉を開けて中に入るのはちょっと勇気がない……、という人もまだいるようだ。老人会の川野さんも「知り合いを誘って、少しずつ仲間を増やしている。週に一度でも通ってくれる人が増えるとうれしい」とおっしゃる。
「やまわけキッチンには、もっと多くの方に通っていただきたいと思っています。ここで感じたうれしい気持ちを、住民のみなさんとわたしたちで“やまわけ”できる場にしていきたいです」とNPO法人SEINの湯川さんは語る。
子どもから高齢者まで、団地の住民みんなが喜びや楽しみをシェアできる場所として「やまわけキッチン」がにぎわい続けることを願いたい!●店舗情報
丘の上の惣菜屋さん「やまわけキッチン」
堺市南区茶山台2丁1番 茶山台団地21棟1階302号室
営業時間:月・火・金・土 11:00~15:00
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