新入社員の離職が激減した実例も─プロの俳優が実施する企業研修「シアターラーニング」とは?
「シアターラーニング」という企業研修が評判を集めている。
これは「ミュージカル」と「研修」という、一見かかわりがなさそうな2つを組み合わせた、プロの俳優陣による体感型の人財育成プログラムのこと。
この研修を運営しているのは、ミュージカルカンパニーの「音楽座ミュージカル」。公演さながら、皆で声を出し、歌を歌い、体を動かす中で、チームビルディングやリーダーシップの醸成、新人育成、意識改革などが実現できるという、今までにないスタイルの企業研修を提供している。
ミュージカルカンパニーが、なぜこのような研修を展開するようになったのか。「シアターラーニング」のプロデューサーであり、音楽座ミュージカルの主力俳優でもある藤田将範さんに伺った。
株式会社サマデイ プロデューサー 藤田将範さん
日本大学芸術学部演劇学科在学中に、劇団四季に入団。退団後、2004年から音楽座ミュージカルに参加。数々のオリジナルミュージカルに俳優として出演する傍ら、「シアターラーニング」のプロデューサーおよびファシリテーターとして活躍している。
育成、団結、退社防止…企業のニーズに合わせて一から研修を組み立てる
「シアターラーニング」では、歌や演技、表現などを通した研修を行っている。
プログラム内容は多岐にわたる。ペアやグループに分かれて、相手の行動に反応して動いたり、声を出し合ったりするものから、ビジネスシーンにおける危機を乗り越えるケーススタディを演じたりすることも。
▲ペアになって相手の行動に反応して動いたり、声を出し合う
▲プロの俳優を相手にビジネスにおけるトラブルシーンでどう対応すべきか学ぶ
ファシリテーターであるプロの俳優陣が先頭に立つことで、ミュージカルに無縁の人もどんどん巻き込まれ、いつのまにか自分自身の殻を破っていく。
参加者全員で1つのミュージカルシーンを作り上げるというワークもある。一人ひとりが主体的に動かないと作業は前に進まないし、周りとの協業も必須だ。その過程で、フラットな関係が醸成され、相手を受容する場が生まれていく。
「研修内容は、企業によってバラバラ。1社1社のニーズを伺い、プログラムを一から考えています。その結果、『新入社員の退職率が大幅に減少した』『社員の帰属意識が高まり、組織の団結力が強くなった』などさまざまな効果が出ており、ありがたいことに口コミで評判が広がっています」(藤田さん)
ファンイベントで行ったワークショップが事業のきっかけに
このような研修事業に乗り出すきっかけになったのは、2007年に行ったファンイベントだ。
劇団の多くは、プロデューサーや演出家がいて、俳優や他のスタッフはトップの指示通りに動くという「ピラミッド型」を取っているが、音楽座ミュージカルのあり方は、あらゆる立場の人が年齢に関係なく率直に意見を言い合い、皆で一つの作品を作り上げるという「プロジェクト型」。「特定のリーダーの指示に従うのではなく、全員が自分事として作品をとらえ、主体的に作品が関わることが、最良の成果につながる」という価値観を大事にしているからだ。
「それまでも、ファンの方をお招きしてのお茶会など、ファンとの交流には力を入れてきましたが、こういう我々の姿勢をファンの方にもぜひ体感していただきたくて、新たにワークショップに挑戦してみたのです。一つのテーマに向かって皆で協力するゲームのようなものでしたが、カンパニーメンバーとファンだけでなく、ファン同士の仲も深まり、一気に距離が縮まりました」
すると後日、その話を聞きつけたある学習塾の関係者から、「退塾防止のため、高校生相手にそのワークショップをやってくれないか」と依頼を受けた。
塾を辞めてしまう理由の多くは、友人がいない、恥ずかしくて質問ができない、などコミュニケーションの課題によるもの。出席率が落ち、まさに退塾寸前の状態にあっても、学生同士が仲良くなり一体感が持てれば、状況が変わるのではないか…という、塾側の藁にもすがる申し出だった。
「ミュージカルカンパニーのワークショップといっても誰も来ないだろうから、“脳を鍛えるガイダンス”などとそれらしいタイトルをつけ、学生同士が自然にコミュニケーションを取れるような内容にブラッシュアップしました。
そして約400人の退塾希望の学生を相手にワークショップを行ったところ、なんと86.6%もの学生が辞めずに翌年も継続したのです。放置していたら、全員退塾していたかもしれない中でのこの成果に、学習塾からは大いに感謝されました。そして、これがさらに評判を呼び、依頼が舞い込むようになったのです」
ある女子大からは、「入学から5月までの初期退学を食い止めたい」という要望があり、ある教育機関からは全国の教職員向けのリーダー研修を任せたいという依頼があった。企業からも少しずつ、問い合わせが入るようになったという。
研修を担当すると、俳優としても成長できる
音楽座ミュージカルの研修は、プロの俳優がファシリテーターとして先頭に立ち、またトレーナーとして参加者の中に入り込み巻き込むことで一体感を醸成し、一人ひとりの主体性を引き出す点が特徴だ。
当初は、藤田さんを含め4~5名という、カンパニーの中でもごく一部のメンバーで対応していたが、ニーズが増えれば、当然ながら研修に関わるメンバーも増やす必要がある。しかし、メンバーの反応はイマイチ。「舞台に立つために入ったのに、研修なんてやりたくない」という声がほとんどだったという。
「ただ、研修に関わっているメンバーの舞台での活躍ぶりを見て、『この研修は俳優修業になる』ということに、皆が少しずつ気づき始めていきました。研修で目指しているのは主に、参加者が主体的になること、自分の殻を破って率直にやり取りするようになることですが、これは我々の作品の作り方と全く同じ。
私自身、研修の回を重ねるにつれ、舞台上でも自分をさらけ出し、流れに身をゆだねられるようになり、どんな場面でも役になり切り自在に振る舞えるようになりました。俳優として一皮むけたと感じています」
実際、「研修を誰よりも嫌がっていた」ある俳優から、こんな意見が聞かれた。 ――今までは台本通りに、決まった段取りの中で芝居をしていたけれど、研修を経験してから変わった。研修は、大枠は決まっていても相手のやり取りでどんどん進行が変わるから、事前に目的を十分理解し、思考を深めておく必要がある。芝居でも、台本を超えた“その瞬間”に備えなければならないのに、深堀りが全然足りていなかったと気付かされた…。
「研修経験を積んだメンバーは、俳優としても力を発揮できるし、主役も張れる。研修の評判が口コミで広がり、件数が増えるにつれ、舞台の仕事との相乗効果がどんどん現れ、カンパニーとしても大いに成長できたと感じています」
研修が自分をさらけ出し、殻を破るきっかけに
現在では口コミで評判が広がり、年間200回以上の研修を実施するまでに、導入企業数は延べ71社に上る。「私たちの研修は、一度体験してもらわないとなかなか理解してもらえない」と藤田さん。半信半疑で体験会に参加した企業の担当者が、一気に心をつかまれ導入を決めるケースが多い。
研修の対象者は新入社員からリーダー、マネージャー、経営層と幅広いが、「ミュージカルカンパニーの研修」に対してはじめは皆一様に及び腰だ。藤田さんが冒頭で必ず聞く「今、帰りたい人!」という質問、ほとんどの人が手を挙げる。しかし、いつの間にか目が輝き出し、表情がイキイキし始め、最後には全員で手をつなぎ、輪になって音楽座ミュージカルの楽曲「アストラル・ジャーニー」を大声で歌い上げるという。
あるコールセンターでは、クレーム対応がメイン業務のため、せっかく入社したスタッフがすぐ辞めてしまうという悩みを抱えていた。そこでチームに分かれてミュージカル仕立てのCMを作るという研修で横のつながり、一体感を高めることに注力。「周りに心を開けるようになった」「何かあったとき一人で抱え込むのではなく、報告、相談ができるようになった」との声が上がり、離職者がぐんと減った。
あるエンタテイメント会社では、クルー向け研修として「シアターラーニング」を導入。初めは現場の反発があったというが、皆で歌って踊りながら、サービス提供者としての自覚とホスピタリティ向上を促すというプログラムを作成。現場の士気が向上したことで来場者満足度も上がり、マネージャー層や経営層相手の研修なども広く担当するようになった。
「どんな人にも無限の可能性がある、というのが我々の基本的な考え。参加者の可能性を信じ、手を変え品を変え、殻を破るきっかけを提供しています。中には、『成果が出せていない社員を対象に、変わるか辞めるかの決意をさせたい』というシビアなオーダーもありましたが、考え方は同じ。研修を機に仕事への臨み方が変わった、イキイキ働けるようになったとの声が多く上がり、嬉しく思いましたね」
実は現在までの間に、「音楽座ミュージカル」としていくつかの苦難に直面した。2009年には国からの助成金がカットされ、2014年には収益源だった事業がM&Aで別会社に譲渡され、経営が傾きかけた。その間も、「シアターラーニング」の評判はうなぎ登りで、今ではカンパニーの屋台骨を支えている。
「やりたくない」研修への対峙を通して、仕事への向き合い方を学ぶ
最近、企業から「新入社員、若手社員がすぐに辞めてしまうのを食い止めたい」という要望をよく聞くようになった。希望していない部署に配属されたのが不満で辞める、仕事で失敗したから、自分にはきっと向いていないので辞める、などと安易に退職を選ぶ人が多いのだという。
「望まないことに直面した時、ちゃんと対峙せず、逃げることでやり過ごす人が増えているのではないかと感じます。でも仕事なんて、うまく行かないこと、理不尽なことばかり。『逃げずに何とかしよう』と思えば、必ず解決の糸口は見つかるものだし、その繰り返しで人は成長するものです。
その点、我々が行っているミュージカル仕立ての研修なんて、ある意味とても理不尽(笑)。いきなり『一緒に歌って踊れ』『みんなでミュージカルを作れ』なんて、無謀すぎますよね?でも、実はこれが本質を突いていたりするんです」
一見仕事とは関係ないように思えるミュージカルに対峙する中で、仕事に絶対に必要な「当事者意識を持つ」「自分事として捉える」習慣が身につけられるという。
「やったことがない、やりたいことでもないミュージカルにひたすら対峙し、周りと協働して一つのものを作り上げる過程で、希望に沿わない仕事に向き合う姿勢がつかめるようになります。研修の最後には、あんなに嫌だったはずのミュージカルを完成させ、誰もが大きな達成感を得ますが、その経験を通じて『何事も、やってみなければわからない』という気づきも得られるはず。シアターラーニングが、社会人として一つの壁を超えるための一助が担えたら、こんなに嬉しいことはありませんね」
取材・文:伊藤理子 撮影:刑部友康 研修風景写真提供:株式会社サマデイ関連記事リンク(外部サイト)
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