不吉な想像力を膨らませる語りの妙
作者ホワイトは、ポオとゆかりの深いボルティモアで教職のかたわら執筆をおこなった兼業作家。本格的に活躍したのは1910年代半ばからの二十年弱で、作品量でみれば歴史小説が多い。にもかかわらず、怪奇小説愛好家のあいだでその名が知られているのは、ひとえに「ルクンドオ」のおかげだ。アフリカ奥地に踏みこみ、人面疽の呪いにかかってしまった探検家の物語である。執筆されたのは1907年だが、ながらく日の目をみず、1925年になってようやく怪奇小説専門誌〈ウィアード・テールズ〉に掲載された。27年には短篇集の表題作となり(その短篇集を邦訳したのが本書だ)、以来、数多くのアンソロジーに再録されている。
凄惨なる人面疽の描写、探検家の苦悶がショッキングで、一度読んだら忘れたくても忘れられない。探検家の行動に沿って物語が進むのではなく、伝聞のスタイルで語りはじめるため、呪いの経緯がはっきりとわからず、よけいに読者側が不吉な想像力を膨らませてしまう。この構成が非常に巧みだ。
この短篇集に収録されたほかのいくつかの作品も、ストレートに怪異を語るのではなく、ひとたび伝聞や別な視点を経由することで効果をあげている。いってみれば「余白」の妙である。
十篇のなかで、ぼくが「ルクンドオ」以上に気に入ったのが、「ピクチャーパズル」と「アルファンデガ通り四十九A」だ。
「ピクチャーパズル」は、愛娘エイミーが行方不明になって悲嘆にくれる夫婦が、少しでも気持ちを紛らわそうとジグソーパズルをはじめる。それが功を奏し、夫婦はしだいに前向きになっていった。それにともないパズルにも熱が入り、絵柄の難しいもの、さらにはパズルを裏返して解く高度な遊びかたをするようになる。
あるとき妻がおかしなことを言いだす。通りすがりの奇妙な青年から買ったパズルを組みたてると、そこにあらわれた絵柄は、白髭をはやしたおじいさんの手を引く、赤いスカートを穿いた小さな女の子の姿。「この女の子はエイミーにそっくりよ」。
しかし、夫の目には一面の薄紅色しか見えない。「きみはパズルを裏側にして組んでいる」。
夫がパズルを一度くずして、妻とは逆の(つまり夫にとっては表側に見える)、絵柄のあるほうでパズルを組み直す。そこにあらわれたのは、屋敷正面の煉瓦造りの壁と扉の一部、玄関先の階段の光景だ。しかし、妻の目には一面の緑色しか見えない。「こちらがパズルの裏面よ」。
主観のすれ違い。夫婦のあいだの不和。物語は一挙に緊張を孕むが、夫婦がそれぞれに見たパズルの絵柄はひとつの予兆だったのである。そこから先は、読んでのお楽しみ。夫婦の不安定な気持ちの揺らぎと、ジグソーパズルの裏表というわかりやすいギミック—-このコントラストが、鮮やかな結末へつながっていく。
「アルファンデガ通り四十九A」は、違った視点から語りはじめ、思わぬ本題がたちあがっていくホワイトの語りの妙がよくあらわれた作品。まず、ヒバート一家が営む「榛の木舎」の追想が綴られる。語り手はかつて「榛の木舎」に下宿していた私。ヒバート一家のきょうだいの生き生きとした様子、下宿人たちとの楽しく活発な関わり日々、それは良き時代の青春グラフィティだ。
そして歳月は流れ十数年、私は駅でヒバート家の三男レックスと偶然に再会。さらに一週間もしないうちに、ヒバート家の長女スージーとも出逢う。それがきっかけとなって、私は久しぶりに「榛の木舎」を訪れる。ヒバート家のきょうだいが勢揃いするなか、ただひとり次男のペイグだけがいない。彼はいまリオデジャネイロにいて、今日も彼からの手紙が届いた。ひとしきりペイグについての噂話に花が咲く。女たらしの彼は、誰かの恋人を横取りしたせいでナイフを突きたてられているんじゃないか、ほら、ポルトガル系は血の気が多いから。
座のなかにひとりリオデジャネイロの事情に詳しいトム・ブランディジという男がいて(おそらく「榛の木舎」の下宿人)、「リオは平和な町だが、ただひとりオロドフ・ギマランイスという遊び人だけは気をつけなければならない」と話す。遠く離れたリオの話をしているのだが、ペイグからの手紙で断片的に伝えられる事情、ギマランイスの良くない評判、それらが共振して皆の不安が募っていく。漠然とした不安は、やがて袋小路に追いこまれるように悪い予感へと収斂する。
切り落とすような結末が印象的だが、その一閃のショック以上に、冒頭の楽しい追想をかくも激しく転調させてしまうのかという驚きが大きい。
(牧眞司)
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