「秋の気配に心が動かされましたが、それ以上のものはありません」 一周忌……親友の未亡人への同情からの恋心 ~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~

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はや一周忌…それぞれに尽きぬ悲しみと後悔

柏木を惜しむ声が尽きないまま、あっという間に一周忌がやってきました。夕霧はじめ、多くの人々が心をこめた供養をします。

源氏もことあるごとに柏木を思い出しては、薫を心から可愛く思って育ててきたこの一年でした。日に日に父の面影を濃くする我が子を見ても不憫でならず、供養とはまた別に黄金百両を密かに差し出します。

事情を知らない頭の中将は大変恐縮し、「これほどまでに息子が愛されていたとは。返す返すも残念でならない」。いや~、別立てで百両というのがぽんと出てくるのもすごいですね。

一方、朱雀院は我が娘たちのことを不憫に思っていました。未亡人になった女二の宮と、出家した女三の宮。幸せに暮らしてほしいと願った娘たちが、それぞれ不幸な身の上に……。しかし自身も僧侶の身、おおっぴらに世俗の悲しみを嘆くのもはばかられます。

それならせめて、同じお経を読んでいる三の宮へと、お寺の近くで採れた筍や山芋などの山の幸を送ります。宮の出家以降、父娘は以前よりも頻繁に連絡し合うようになっていました。

「世を別れ入りなむ道は後るとも 同じところを君も尋ねよ」。後から仏門に入ったあなたも、私と同じ極楽浄土を目指して励みなさいね。とても難しいことですが……。

三の宮が涙ながらに父の手紙を読んでいると、源氏が入ってきました。兄が相変わらず宮を心配しているのが気の毒やら、自分が不甲斐ないと思われているのが残念やら、です。

三の宮の返事は「憂き世にはあらぬところのゆかしくて 背く山路に思ひこそ入れ」。もうこんな嫌なところに住みたくありません、私もお父様と同じお山に行きたい。

出家後、彼女はますます源氏と顔を合わせようとしなくなりました。しかし、逆に源氏は美しい宮の横顔を見る度に「どうしてこの人を出家させてしまったのか。惜しいことをした」と、後悔の念が押し寄せるのです。

逃がした魚は大きい……。それもこれも、自分が宮を責めすぎたせいでもあるのですが、彼はここでまた取り返しのつかない後悔を味わっていました。

親バカ発揮も……元気な赤ちゃんの姿に思う無念

薫は乳母の所で寝ていましたが、パパが来たので目を覚まして、ハイハイで出てきました。薫ももう1歳になります。

目元の感じは柏木に似ていますが、彼はここまでの美貌ではなかった。お母さん似でもなく、不思議な気品をたたえた様子は「なるほど、自分の子といってもおかしくはないな」と早くも親バカぶりを発揮です。

薫はあちこち這いずり回り、贈り物の筍を目ざとく見つけると、手当たり次第に掴んで口へ持っていきます。激しい動きに着物ははだけ、背中の方で丸まっています。元気な赤ちゃんの姿が目に見えるようです。

「こらこら、お行儀が悪いよ。これはもう片付けなさい。食べ物に意地汚い子だって、口の悪い女房が言いふらすかも知れないから」

源氏が膝に抱っこしても、薫はよだれを垂らしながら掴んだ筍をアムアム。「変わった色好みだねえ」。嫌なことは忘れられないが、やはりこの子は可愛くて捨てられない。一度はダークサイドに堕ちた源氏の心も、薫の可愛さで救われているようですね。

薫は何のことかわからず、パパの顔を見てニコニコ。そしてまた源氏の膝を降りて、忙しくハイハイして行きます。

晩年にこの子が正妻の不義の子として生まれたこと、そして彼女が出家したこと。我が子でない子を可愛がる運命こそが、自分にとっての因果応報……。薫が可愛いと思うたび、彼が生まれるきっかけとなった過ちが、今も心から消えません。

同情から恋へ、親友の未亡人を見舞う下心

一方、夕霧はあれ以来、しげしげと女二の宮のもとを訪れていました。気の毒な親友の奥さんに同情を寄せるうち、彼の心には次第に「どんな方なのか、お声を聞きたい、お顔が見たい」という想いが湧き上がり始めています。可愛そうな気持ちが恋に変わるケース、あるあるですね。

それに感づいた女房たちは密かに「夕霧さまと再婚なさればいいのに」と期待。逆に、宮の母・一条御息所は夕霧の訪問をおおむね好意的に受け止めているものの、再婚については保守的な考えから「宮はみだりに近寄ってよい方ではございません」と、鋭い牽制球を投げています。

とはいえ真面目な夕霧のこと、源氏のようにスマートに言い寄るすべも知らず、基本的には紳士的な対応を通しています。季節は秋、物悲しい夕暮れに夕霧が邸を訪れると、珍しく楽の音が聞こえてきました。

いつも通り、御息所が出てきて話し相手をします。虫の音が響く静かな秋の庭。主を失って荒れてきた所に秋の草花が乱れる様子がまた寂しく、哀愁を誘います。

雲居雁と暮らす三条邸では、いつも小さな子どもたちが飛び跳ねていて、とてもしんみりした秋の風情を感じるゆとりはありません。貴人の住まう大人の空間の趣を随所に感じながら、夕霧は出しっぱなしになっていた和琴に手を触れました。

秋の月夜に誘われて……片思いの相手とついにセッション!

和琴は、柏木が得意としていた楽器でした。源氏も彼の腕前には一目置いていたものです。(こんな風流な女所帯にナンパな男が来て、演奏ついでに口説いたりして、浮き名を流すこともあるんだろうな)

まるで誰かのお父さんのことのようですが、実際に源氏は末摘花、源典侍(恋愛マスターのレジェンドおばあちゃん)、明石などと音楽をきっかけに関係を持っています。

そんなことを思いつつ、夕霧は一曲、二曲を軽く弾き「同じ曲でも、彼の素晴らしい音色はやっぱり出せませんね……。ご夫婦ですから、宮さまにはその手筋が伝わっていますでしょう。ぜひお伺いしたいものです」

「宮は、柏木さまが亡くなられてから楽器に手を触れようともなさいません。まだ幼い頃、お父上(朱雀院)にも音楽の才能がお有りだと褒めていただいたこともありますのに……。毎日ぼんやりと物思いに耽っていらっしゃいます」。

それももっともなことだと思いながらも、なお和琴を御簾の奥へ押しやって、宮の音色をせがむ夕霧。すっかり夜も更け、月が上っていきます。空を渡る雁の声、肌寒い風。宮もさすがにもののあはれを感じたのか、かすかに箏の琴をかき鳴らします。

夕霧はそれを聞き逃しませんでした。女房に琵琶を出してもらって奏でるのは『想夫恋』。タイトル通り、夫を想う妻の曲です。

「何だかお心の内を見透かすようで恐縮ですが、この曲なら合わせて下さると思いまして」。そんな事言われても……。宮は困惑して、秋の夜にふさわしい物悲しい調べに耳を澄ましています。

「言葉に出しておっしゃらない分、それ以上の深いお気持ちがあるのですね」と夕霧が言った時、彼女はようやく曲の終わりのところだけを一緒に引いてくれました。おっとりした奥ゆかしい音色が響き渡ります。

意中の女性の優雅な音色……夕霧がもっと聞きたい!と思った所で宮は演奏を止めてしまいます。そして「切ない秋の気配に心が動かされましたが、それ以上のものはありません」ときっぱり。セッションしたからって、あなたとどうこうという気持ちはありませんよ、と言い切ります。

夕霧もそこは真面目です。あれこれ弾き散らかした詫びをいい、今日はこれでと挨拶。でも最後に「どうか琴の絃の調子を変えないでくださいね。何が起こるかわからない人生ですから」と念押し。他の男とはこんなことをしないでくれと、自分の好意をほのめかします。

御息所も「今宵は秋の風流ということで、問題にはなりませんでしょう。久しぶりの楽の音、もっとお聞きしとうございました」と言いながら、ある物を差し出します。

簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/

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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか

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