スタンフォード大学でも紹介。「世代」に左右されない“若手育成のポイント”とは?――株式会社玉子屋・菅原社長

スタンフォード大学でも紹介。「世代」に左右されない“若手育成のポイント”とは?――株式会社玉子屋・菅原社長

都内のオフィス街で「玉子屋」と書いた黄色い配達カーをよく見かけます。450円のこだわり弁当が人気で、1日7万食を製造販売する、事業所向け・仕出し弁当業界のリーディングカンパニーです。

実は、人材育成にも定評があり、事情があって長期間一定の会社で働いたことがないアルバイターやパートタイマーを積極的に雇用、さらに離職率も押さえています。その取組は「玉子屋再生工場」とも呼ばれ、スタンフォード大学の講義でも取り上げられました。2代目の菅原社長に、紆余曲折ありながら引き継ぎ、売り上げアップの秘訣、実践されている若い人材の育て方までうかがいました。

プロフィール

菅原勇一郎(すがはら・ゆういちろう)氏

株式会社玉子屋 代表取締役社長

昭和44年生まれ。父の勇継氏が昭和47年にとんかつ割烹を始め、50年に仕出し弁当「玉子屋」を設立。立教大学 経済学部経営学科を卒業後、富士銀行(現・みずほ銀行)、流通マーケティング会社を経て、平成9年(株)玉子屋に常務取締役として入社。平成16年に代表取締役社長に就任。引き継ぎ時の年商は16億円だったが、現在は90億円まで成長させている。

野球や前職を通して「帝王学」を学んだ

子どものころは「弁当屋の息子」と言われるのが嫌で、恥ずかしかったんです。なので、友達には「給食センターをやっている」と言っていました。継ぐことは全く考えていませんでしたね。

小学校2年生から野球をはじめ、プロ野球選手に憧れました。高校時代は甲子園にも行き、立教大学に入ってからも野球を続けました。しかし、神宮球場でプロ選手のバッティング練習を目の当たりにして、自分とのレベルの違いを痛感し挫折。これがきっかけで完全にあきらめました(笑)

しかし、ここでもまだ、弁当屋を継ごうとは一切考えていませんでした。みんなと同じように就職活動し、富士銀行(現・みずほ銀行)に入社。銀行に入ったのは、家系にサラリーマンがおらず、いつか自分も会社を立ち上げようと思っていたからです。その一助になればと漠然と考えていました。

1年目で法人営業(一部、個人も担当)として大きい会社から小さい会社まで担当し、あらゆる会社を見ました。学生のときは、有名で従業員が多い会社が良い会社だと思っていましたが、大きい会社でも従業員が喜んで仕事していなかったり、逆に小さい会社でも従業員がイキイキしていて、給料も良かったり。ここでの気づきによって、私が大切にしている「三方よし」【売り手よし、買い手よし、世間よし~お客様に喜ばれ、従業員がやりがいのある、健全経営の会社】の概念が培われていきました。

銀行時代に、自分の中で (1)「良い会社とは」という定義を見つけたことに加えて、 (2)数字に強くなり決算書が読めるようになったことが、今の経営者としても大きな強みとなっています。

銀行に3年間勤めた後、ベンチャーの流通マーケティング会社に転職しました。突然、社員3人の小さい会社に転職したので、周りには驚かれましたが、なにより「全国の商店街を活性化させよう」という熱い理念に惹かれたんです。日本の大企業の割合は1%も満たない、0.3%です。日本の大部分を担う99.7%の中小企業が復活すれば、日本も復活するだろうと。その手伝いをしたい!

商店街に必ずあるのは、酒屋と米屋です。その中でも食を支える米屋が大切。80店舗のお米屋さんをコンサルしました。利益が少ない会社だったので「僕の給料分も出すのは大変だろう」と、最初の1年半は給料をもらわず、休みもあまり取らず、1日17時間くらい働く日も珍しくなかったです。それでも続けられたのは「地方を活性化させたい」という想いがあったからです。ここでは営業の話力も鍛えられました。

また、当時コンサルティングとして勤めていた会社には、父のはからいでオフィスに玉子屋のお弁当を届けてくれ、毎日食べました。これも今となっては偶然ですが、このとき「玉子屋のお客様」の立場をすることによって、客観視することができたんです。事業承継では、通常は同業他社で修業する人が多いんですが、気づきを得るには十分な経験でしたね。

例えば、配達員について。私たちにお弁当を届けに来てくれていたのは4人の配送員でした。2人は感じ良いが、あとの2人は感じが悪い。接客の良し悪しで、お弁当の美味しさまで違ってくるんです。感じが悪い方にあたってしまうと、なにかあるとすぐにクレームを言いたくなってしまう。配達している「人」が大事ということを痛感しました。お客様の真理を学んだんですね。

また、弁当の配達と容器の回収で1日2回×週5日の計10回。企業に出入り通行券を1週間に10回もいただいてるんですね。ずっと営業をやってきたのでわかるのですが、普通、お客様のところに出入りすると言っても週に1回か2回程度。こんな営業マンを持ってる会社はすごいポテンシャルの高さだなと思ったんです。

玉子屋の改善点や企業としてのポテンシャルの高さが見えて、継ぎたい気持ちが芽生えてきました。決め手は、玉子屋の決算書。あらためて見ると、魅力的でやりがいがあったんです。実家の食卓で、父に「継ぐ」と言うと、「待ってました」と(笑)

玉子屋に入って行った3つの改革

入社してから、朝は一番に会社に来て、夜は50人の社員、一人ひとりと毎日飲みに行って、社員との距離を縮めました。とにかくまずは現状を把握し「僕がこの会社でしたいこと」について腹を割って話す機会を設けるようにしたんです。

最初は大変でしたが、2年かけてやっとみんなに理解してもらいました。

現場で行った改革は3つです。

1.配送員の教育

ありとあらゆる運送会社の中でナンバーワンの配送を目指し、正確で感じの良い配達を目指しました。あいさつ、笑顔の徹底です。できるようになったら「いい笑顔になったね」と褒めることも大切です。

2.メニューを女性が喜ぶものに変更

まだ90年代でしたが、これからは「女性が活躍するの時代」だと直感しました。なぜなら、女性は感覚も優れているし、感じもいい、負けず嫌いで根性があり、頑張るからです。そこで、もっと女性が喜ぶメニューを取り入れました。昔はお弁当に入れるパスタと言えば、ナポリタンとミートソースだけ。女性が好きなパスタのメニューを増やしました。また、お米(ごはん)にも徹底的にこだわり、美味しくする工夫を行いました。これは、前職での仕事がだいぶ活きましたね。

3.「飲みニケーション」の実施

毎週金曜日に懇親会を行い、いわゆる「飲みニケーション」を大事にしました。お酒が入らないと話せないこともありますよね。最初の30分~1時間未満は仕事の話。その後は仕事の話は一切ナシ。

最後は「楽しい飲み会だった。仕事頑張ろう」となってくれるような話で締めています。例えば、フットサルをやってる子なら、「フットサル応援しにいくよ。週末楽しくやるためにも仕事頑張ろう」という話をします。相手が喜ぶ内容を選び、仕事につなげて話すと仕事へのモチベーションになるんです。

会社としても、懇親会に参加しやすい環境を作っています。参加費用は、社員は千円だけ出して、残りは会社持ちにしてるんですよ。その千円も「2次会に使いなさい」と返しますけどね(笑)

また、人が多くいるところでは飲むのが苦手な社員もいる。そういう社員に対しては、チームのリーダーに声をかけ、少人数でもいいから誘い出すように促すこともしています。

社員の最高齢は“79歳”。リーダーに権限移譲し、現場主義を実現

現在、ウチの事務の最高齢は78歳、盛りつけは79歳。定年の規定はありますが嘱託契約するなど、人によって、さまざまな条件で継続雇用しています。

仕事中はやりがいを持ってイキイキと輝いている時間です。仕事が終わると普通のおばあちゃんに戻りますが(笑)

そして配達チームは、赤坂・お台場など、21の エリア(班)にわかれています。

例えば、2,000食配達しているエリアだと年間2億5,000万の売り上げになるんですね。班員の管理は班長に権限移譲していて、採用や給料やボーナスもすべて決めてもらっています。社員間のドラフト制度もあるので社員をトレードしたり、班合同の飲み会も行って、欲しい社員の目星をつけたりと、チームの新陳代謝を図ってるんですよ。

お金に対しても、積極的に希望を言ってもらいます。「もっとほしい。何で上がらないんですか?」という社員に対しては、例えば「あいさつが足りない」など、なぜ上がらないのか?についても伝え、お互い納得の上、決めるようにしています。

若い人の教育は時代背景をとらえながら、タイプ別に指導

僕が玉子屋に入社した当時は、性格に多少クセがあっても、仕事ができれば部下から尊敬されました。しかし今は「人間性」が最優先される時代になりました。尊敬できない人の前で働くのは苦痛なんですね。

また、人のタイプには、ドMがいたりドSがいたり(笑)、叱咤激励したほうがいいタイプ、「飴飴飴」で甘くしたほうがいいタイプ…、さまざまです。

例えば、野球やサッカーをやってきた体育会系の子は、上司が見てないところではさぼり癖があったりします。逆に、音楽をやっている子は時間にはルーズなところもあるが、さぼらない。彼らのプライベートにまで目を向け、タイプを見極めて指導する。

今は、自分さけ良ければいい、という人は少なく、個よりもチームで一緒に、仲良く仕事することを求められていると思います。東日本大震災やリーマンショックなどを見てきたので、「そこそこでいい」と満足する世代です。

しかし、もっと夢や向上心を持ってほしい。「新規に弁当注文200食取ろう」など個々の目標も持って貪欲に頑張ってほしいと思っています。

そんな中でいつの時代も、私が教育で意識しているのは以下の3つです。 1. 素直な心

注意されても反発せず、まずは「そうかな」という気持ちを持つ。

2. 感謝する気持ち

成功したのは自分以外にも頑張ってくれた人がいたから。育ててくれた父や母にも感謝を。

3. 人のせいにしない

他責ではなく、自責の念を持つこと。

社員を見てても、これらを持てるようになれば、いくらでも変わることができています。

これからは、「俺についてこい」という時代ではないので、上の立場になればなるほど「俳優を演じなさい」と伝えています。部下がやる気が出るように、喜ぶように常に自分を変えながらリーダーを演じなさいと。

そのためには、週一回は本屋に行って仕事に必要な本を読むなどして、努力をしないと成長しない。ただ会社と家の往復だけだと置いていかれますね。

当社では、土曜日の午後、月4回、リーダーシップ研修や営業研修など、自分のスキルを上げる研修を行っていますが、来てる人はやっぱり伸びていますよ。

今後は「華麗なる中小企業」を目指して

最後に、私の座右の銘は「信は力なり」。

責任を持つということです。周りに喜んでもらいたい、これは自分の楽しみでもあります。

そして「継続は力なり」。

父が使って私も素晴らしいなと思っているのが「華麗なる中小企業」という言葉です。イタリアの企業のように、規模や大きさを求めるのではなく、小さくても自分ブランドに誇りを持って、永く生き抜く工夫をする。

これからも「三方よし」の理念で、すべての人々がイキイキと光り輝く経営を目指していきたと思っています。

インタビュー・文:倉島 麻帆 撮影:刑部 友康

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