専業主婦から少年マガジンの漫画家に!天才棋士「渡辺明」の妻の転機は一通のメールからはじまった

専業主婦から少年マガジンの漫画家に!天才棋士「渡辺明」の妻の転機は一通のメールからはじまった

棋界の8大タイトルの1つ「棋王」の称号を持つ天才棋士、渡辺明さんの奥様は、漫画家の伊奈めぐみさんです。現在、別冊少年マガジンで『将棋の渡辺くん』を連載しています。漫画は全てノンフィクション。棋界きっての理論派である渡辺棋王が、実はぬいぐるみと一緒に寝ていたり、棋界の有名人がかわいいキャラクターになって登場したり。棋界に生きる人の風代わりな日常をコミカルに描き、将棋ファンはもちろん、それ以外の層からも人気を集めています。

天才棋士とその妻の日常とは、一体どのようなものなのでしょうか? 伊奈さんに制作秘話を聞くと、「こうあるべき」という思い込みを軽やかに変えてくれる、自分に素直な生き方が見えてきました。

プロフィール

伊奈めぐみ

漫画家、主婦。神奈川県出身。夫は将棋棋士の渡辺明棋王、中学生の息子がいる。実兄は将棋棋士の伊奈祐介六段、義姉は囲碁棋士の佃亜紀子五段。別冊少年マガジンで『将棋の渡辺くん』を連載中。

趣味がないから息抜きもしない

――天才棋士の妻、漫画家、中学生の母という三役を日々こなしている伊奈さん。普段はどんなスケジュールで過ごしているんですか?

伊奈:毎日、洗濯・掃除・買い物などの家事をして、その合間に仕事をしています。一日のスケジュールは、こんな感じ。

【午前】

06:30……起床

07:00……家事・朝食©伊奈めぐみ

12:00……昼食

【午後】

13:00……マンガを描く

17:00……家事

19:00……夕食・入浴

22:00……マンガを描く

24:00……就寝

――ストレスがたまることもあると思いますが、普段どのように息抜きをしていますか?

伊奈:たしかにストレスを感じることもありますが、息抜きは特にしないですね。趣味もありません。夫は将棋の合間に野球観戦やフットサルに行っていますが、私は家にいるのが好きなのでいつも「いってらっしゃい」と見送るだけ。お酒も飲まないし、コーヒーも朝の一杯を飲むくらい。

ストレス解消には息抜きが必要なのかもしれませんが、「小さな悩み」は息抜きをしなくてもきっとそのうち何とかなるだろうし、「大きな悩み」は息抜きとかではなく、問題そのものを根本から解決しなくてはならないと思うんですよ。もし解決できなければ時が経つのをじっと待つだけです。

 

――なるほど。「趣味がない」「うまく気分転換ができない」と悩んでいるという話をよく聞きますが、伊奈さんのように趣味を無理に探そうとしない、という選択もありますね。

伊奈:私の場合、趣味を見つけようとしたり、無理に飲み会に行こうとしたりすると、逆にストレスが溜まってしまいます。家事や仕事をして、せかせかと動いていたほうが気分的には落ち着きますね。

 

――でも、棋士である渡辺明さんが家にいるときには「もう少し手伝ってくれたら」と思うことはありませんか?

伊奈:結婚した頃は全く手伝ってくれなかったので、そういう気持ちもありました。けれど最近は料理教室で覚えた料理をたまに作ってくれますし、お皿もよく洗ってくれます。この状態がベストですね。むしろこれ以上自分の縄張りに入られたら嫌(笑)

ちなみに今日は私の帰りが遅くなるので、「ハンバーグを作る」と言ってくれました。変にガツガツ手伝われるよりサラッとやってくれたほうがいいので嬉しいですが、3カ月ぶりの料理で……。包丁で怪我をしそうで不安です(笑)

連載は「だまされてる?」という疑惑から始まった

――共働きでも無理に家事を分担するのではなく、伊奈さんと渡辺さんのように「自分がやりたいと思うこと」を優先するのが一番なのかもしれませんね。伊奈さんの現在の職業「漫画家」も、もともとやりたいことだったのでしょうか?

伊奈:いえ、漫画家になりたいと思ったことはあリませんでした。中学卒業後は高校に進学せずアルバイトをし、23歳で結婚。その前後で通信制の高校と大学に通いました。家から近いという理由で美術大学を選び、油絵を描いていたのですが、基本的なデッサンが苦手で。卒業後は全く絵を描かなくなりました。

一方、子どものころ作文を書くのが好きだったので、卒業後は家庭の話を中心にブログを書いていました。「本にしませんか?」と出版社の方から連絡がくることもありましたが、一般人が書いたブログを本にしても売れないと思って話を進めたことはありませんでした。

 

――ではなぜ、マガジン編集部からの依頼を受けることになったのでしょうか?

伊奈:「もしかして私、だまされてる?」と疑ったからです(笑)突然「ブログを漫画にして連載しませんか?」というメールが届いたのですが、漫画を描いたことは一度もなかったので、「これ、本物のメールアドレスかな?」と疑って確認のために返信をしたんですよ。そうしたら本物の編集者さんで、実際にお会いすることになりました。

でも編集者さんにも、大きな勘違いがあって。美大卒ならすぐ漫画が描けるだろうと思っていたらしいんです。ところが会ってみたら全然描けない。今度は編集さんが混乱して固まっていました。

そんな状態だったので、最初の打合せは「漫画とはどういうものか」という説明でしたね。「まず、マガジンという雑誌があって、そこに載っている漫画はこういう紙に描かれています。ペンはこれを使って、コマ割りはこういうふうに考えて……」と。

 

――それからすぐに連載が始まったんですか?

伊奈:スタートしたのは、それから10カ月後です。息子が小学2年生で、私はPTAをやっていたので、連載物を描く余裕がなくて。月に一度マガジン編集部に通って、ネームを見せるのが精一杯でした。

ネームというのは下書きの前段階のもので、セリフやコマ割りが描いてあるんです。最初の打ち合わせではそれを30ページ以上出したんですが、「これなら使える」と言われたのはたった1ページ。そんなレベルだったんですよ。

でも家で漫画を描くのは、一人で通信制の学校の勉強をするのに似ていました。だから私にとっては、好きで続けられる作業だったんです。

 

天才棋士の秘密を書き溜めた「3つのネタ帳」

 

――『将棋の渡辺くん』には、天才棋士の意外な一面が描かれていますが、どうやってネタを集めているのですか?

伊奈:パソコンの中にネタ帳があるんです。「日常」「将棋」「ぬいぐるみ」の3つ。何か思いついたら数行にまとめて書き留めています。夫の変なセリフとか、行動とか。ブログを書いていたころからネタ帳を作っていたので、ストックは大量にあるんです。その中からいくつかを組み合わせて漫画にしています。

 

――ということは、渡辺さんのセリフはすべて実際にあった言葉なんですね。ぬいぐるみとの会話も……。

伊奈:はい、巨大なぬいぐるみを抱きしめて、ぬいぐるみ同士で会話していますよ(笑)ただ、漫画では一日の出来事のように描いていても実際には数日空いていたりすることもあります。ときには数年空いていることも。……というのも、「寝かせる」という工程を大事にしているからです。思いついたらすぐ漫画にするのではなくて、しばらく置いておいて、「これは面白いネタか」「恥ずかしいものではないか」と吟味してから描く。時事ネタなど藤井聡太くんが昇級したときは急いで出しましたが(笑)

 

――だから、シンプルでもクスっと笑える要素のある漫画に仕上がっているんですね。©伊奈めぐみ

伊奈:でもいまだに「私の絵をマガジンに載せていいのだろうか」っていう不安はあります。元フリーターで就職した経験のない私が、こんなふうに取材を受けたり、漫画を描いたりして大丈夫なのかと。ただ、私がこの漫画を描くことによって将棋に興味を持って「将棋をやりたい」っていう方が増えたらと思っています。

 

 

 

プロ棋士「渡辺明」棋王の記事はこちら

取材・文:華井由利奈 PHOTO:刑部友康

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