楽しく元気が出る一冊、銷夏に最適のポストうなぎSF短篇集

楽しく元気が出る一冊、銷夏に最適のポストうなぎSF短篇集

 うなぎづくしのSF短篇集。題材は「うなぎ絶滅」だが、五篇それぞれに調理法も味つけも違っていて、つぎはどんなものが出てくるかと楽しみに読んでいくと、お腹いっぱいになる。みごとなフルコースだ。

 冒頭の「うなぎばか」は、廃業したうなぎ屋の跡取り正路と、ちょっとファナティックな〈うなぎ文化保存会〉とが、正路の父が残した秘伝のたれをめぐって騒動を繰り広げる。SF色は濃くないが、うなぎ絶滅後のうなぎ文化継承の切り札(?)として細胞培養による人工うなぎなるアイデアが出てくる。生粋の職人だった父はなぜかベジタリアンに転向しているのに、生まれながらのうなぎ好きの正路(綽名はウナギ)は天然でも人工でもうなぎはうなぎだからイイのでは考えているあたり、親子のギャップがある。ちょっと人情噺っぽいが、軽いユーモアタッチでまとめられていて、前菜にはぴったりの一品。

「うなぎロボ、海をゆく」は、野性のニホンウナギ全滅から十年、水産資源を守るためにつくられた監視用うなぎ型ロボットの一人称で綴られる。うなぎロボは、遠隔でサポートしている人間のサササカさんとやりとりしながら、パトロールをしている。密漁をしている蟹ロボから魚群を逃がすが、おたがいロボなので怒りや攻撃欲などはなく、たんたんと交戦がおこなわれ、むしろほのぼのとした情景にさえ思えるほどだ。しかし、ロボに感情が皆無というわけではなく、仕事がうまくいくと内蔵コンピュータの〈マジックナンバー〉が加点される。これが人間の喜びに相当する。逆に減点は意気消沈である。

 ロボットにはロボットなりの感情があるのが面白く、途中までは良質なジュヴナイルのような読み心地だ。しかし、人間の密漁者に遭遇し、やりとりするなかで小さな疑問にぶつかる。

 漁師さんは、わたしにたずねました。
「あんたは、自分のやっていることに納得してるのかい」
「わたしは、海が好きです」
 漁師さんは、笑った顔にはなりませんでしたけど、うなずきました。
「そうかい。それは、いいことだね。あんたが、海が好きなのに、地面の下にもぐるような作業をさせられてたら、きっとうんざりしただろ」
「もしそうなったら、海で仕事をさせてください、とお願いしようと思います」
「そんな自由が、あんたにあるの?」
 わたしは、ちょっと考えてしまいました。
「そうですね。それは、わかりません」

 物語が進むうちに、密漁とその監視をめぐる問題には、うなぎロボに感知しようのない政治や産業の事情が絡んでいることもわかってくる。

「山うなぎ」も読み味は軽いが、政治や産業、生命倫理などのテーマが絡んでくる。絶滅したうなぎに優るとも劣らない美味「山うなぎ」が、南米奥地で飼育されているという。日本の水産会社に持ちこまれたサンプルを実食してみると、たしかに美味い。さっそく水産会社で閑職にあった(経営不振のあおりで廃部した女子バレーボール部員)四人が、陽気な山師っぽいガイドのジャコとともに、ジャングルの道なき道を行く。苦労してたどりついた先で見たものは……

「源内にお願い」はタイムトラベルもの。人形型インタフェイスを搭載したタイムマシンを拾った宏と泰造は、その人形と取り引きをして、江戸時代へと遡る。うなぎの絶滅を阻止するため、平賀源内に直談判し「土用の丑の日」喧伝を思いどとまってもらおうというのだ。さすがに源内、頭がまわる御仁で、宏や泰造が語る時間旅行や過去改変のロジックを即座に理解する、しかし、最後に浮かない顔をして「その〈うなぎ〉ってのは、なんなんだい」。しまった! 違った過去へ来てしまった。そこから、宏、泰造に源内を加えたトリオの冒険が……いや、それどころではなく、うなぎが存在する正しい江戸自体に赴いたところ、そこにいた源内と、連れてきた源内が意気投合。ふたりの源内を巻きこんだ、うなぎを救うための時間改変オペレーションがはじまる。

 物語が複雑になるのは、過去だけではなく、未来の問題が発覚してからだ。タイムマシンを捨てた未来人〈ユーザー〉を見つけて話を聞くと、その未来ではうなぎどころか人類が絶滅しているという。〈ユーザー〉は人間ではなく、人間を後継した知的機械であり、機械ばかりになった世界にうんざりして現代にやってきたのだ。ってことは、もう、うなぎどころの問題じゃなく、人類をどうかしないといけないじゃん! しかし、源内は「それ[絶滅]が天命ってもんかもしれんなあ」と涼しい顔だ。

 この作品の面白いところは、歴史は複雑な因果の絡まりのため、思ったように修復できないことと、それに対する宏と泰造の焦燥と二人の源内の突きぬけた諦観のコントラストだ。そこにタイムマシンや〈ユーザー〉のトボケた味が加わる。

「うなぎロボ、海をゆく」のうなぎロボもそうだが、この作品のタイムマシンや〈ユーザー〉も情緒のない機械ではなく、人間よりイノセントな心を持っている。感情的ではないがなんとなく優しくもある。フィリップ・K・ディック『あなたをつくります』に登場する、主人公を助けるシミュラクラを髣髴とさせる(ディック作品の機械は冷たく残酷な存在とばかり受けとられがちだが、親切な機械、優しい機械も登場するのだ)。

 最後に収められている「神様がくれたうなぎ」は、いっぷう変わった青春ファンタジイ。善良な青年、雄高の前に突然出現した神様が、望みを叶えてくれるという。ただし、戦争をなくすなど難度が高いのは無理。雄高には高校の同級生である実和と恋人同士になりたいと願う。神様は「そうか、いいねえ」などと頷いているが、いきなり「それはやめて、うなぎにしない?」と言いだす。なんでも、手違いでうなぎを絶滅させてしまったから、元に戻したいというのだ。神様といえど全能ではなく、勝手にうなぎを復活させられず、人間が願うという手続きが要るらしい。

 しかし、うなぎのことなんて雄高は知っちゃことじゃない。実和をうまく行くよう計らってくれと頼み、神様もしぶしぶ引き受ける。これで安心とばかりに雄高は実和に声をかけて、とりえずデート未満のお出かけにこぎつけるが、彼らの行く先々に、神様がちょくちょくうなぎを挟みこんでくる。うなぎ神社だったり、うなぎ祭だったり。しまいには、研究施設から逃げだしてきた地球最後のうなぎなんてのまであらわれる。さあ、どうする? うなぎか鯉か、じゃなくて恋か!?

 今年も猛暑になるらしい。蒲焼きではなく、この楽しい短篇集を読んで夏バテを乗りきろう。

(牧眞司)

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