第一の壁となった3000件の「用地取得」。限界まで努力したが、涙を飲んで法手続に着手――外環道(千葉区間)開通の裏側に迫る<第1回>
6月2日、いよいよ東京外郭環状道路(通称「外環道」)の千葉区間(三郷南IC~高谷JCT)が開通した。このプロジェクトに費やされた時間は約50年、総費用は約1兆5000億円にものぼる。もちろん、すんなりと開通の日を迎えられたわけではなく、この50年の間にいくつもの高くて分厚い壁がプロジェクトメンバーの前に立ちはだかった。そこで共同で事業を進めてきた国交省と東日本高速道路株式会社(NEXCO東日本)の両現地責任者や現場スタッフに取材。外環道千葉区間開通プロジェクトの知られざる“真実”に迫った。
慢性的な渋滞を減らすだけではない
▲外環道
東京外郭環状道路(以下、外環道)はその名の通り、首都圏の少し外側、半径約15kmのエリアを結ぶ延長約85kmの環状の幹線道路で、3環状9放射ネットワークの一部だ。外環道プロジェクト構想が生まれた背景には、日本の高速道路網の整備の歴史にある。日本はまず、東京から地方へ伸びる高速道路を整備していった。その結果、地方からのあらゆる交通が東京に集中することになり、東京に用事がない車も一旦東京に入ってから目的地へ向かわざるをえない状況が長らく続いた。これにより、ただでさえ交通量が多い都内に、地方から来た車が集中することで慢性的な渋滞が発生。この問題を解決するため、地方から来る車が都心に入る前に、外側で受け流すことを目的として外環道の整備が計画されたというわけだ。
今回開通した外環道千葉区間は松戸市小山から市川市高谷に至る総延長約15.5kmの道路。高速道路だけではなく国道298号線も合わせて整備が進められてきたことが千葉区間ならではの特殊な事情である。国交省の現地責任者として外環千葉区間の事業を統括・指揮する、国土交通省関東地方整備局首都国道事務所所長の甲斐一洋氏は、千葉区間開通による期待される効果を次のように語る。
▲国土交通省関東地方整備局首都国道事務所所長の甲斐一洋氏
「外環千葉県区間は、東京都心の渋滞を緩和することをコンセプトに計画されており、首都圏の車の流れをダイナミックに変える路線です。高速道路ができるといろんなエリアにアクセスしやすくなるという利点があります。外環道によって、例えば、千葉湾岸エリアと東北道がダイレクトに繋がるので、これまでのように、東北道に入るために一度首都高を経由する必要がなくなります。これらのエリアには工業地帯や物流拠点が集まっていますので、物流の大幅な効率化、スピードアップが可能となります。
一方で、沿線となる市川市、松戸市にも、様々なメリットがあります。まず、国道298号は、市川と松戸をつなぐ初めての4車線道路。これが開通することにより、周辺道路から国道298号に交通が転換し、市内、あるいは両地域間の移動が非常にスムーズになります。慢性的に発生している沿線地域の渋滞の緩和に加え、渋滞を避けた車が生活道路へ流入している現状も改善できること、さらに、標準で幅4mの歩道と3mの自転車道も国道の両側に整備されることで、安全で快適な都市空間も創出されます」
外環道は生活利便性の向上に大きく寄与するのだ。
「3000件もの用地取得」が最初の壁だった
この外環道千葉区間の整備計画が動き出したのは、今から約50年前の1969年5月。なぜこれほど開通までに時間がかかったのか。それはひとえに、外環道が高速道、国道ともに市街地のど真ん中を通る道路であるということに尽きる。そこに道路を建設するためには、多くの人々から土地を提供してもらわなければならない。その数約3000件。とてつもない数の用地取得がまず大きな壁となったのだ。東日本高速道路株式会社(NEXCO東日本)の現地責任者として事業を統括・指揮する関東支社千葉工事事務所所長の木曽伸一氏は、用地取得の困難さを以下のように述懐する。
▲2016年7月からNEXCO東日本関東支社千葉工事事務所所長を務めている木曽伸一氏
「1969年にスタートしてからしばらくはなかなか用地取得が進まなかったのですが、1996年に都市計画が変更されてから用地取得が進み、2007年には千葉区間全体の用地の取得率が90%ほどになりました。しかし私が最初に赴任した2008年、市川市菅野地区の用地取得は7割まで。千葉区間の中で一番遅れていて、そこら中家だらけ。菅野地区は江戸時代から豪商などの富裕層や文化人がたくさん住んでいる街で、いまだに豪邸がたくさん建っています。工事長として『外環を整備したいのでご協力してください』と説明とお願いに走り回ったのですが、最後の十数件が外環道の整備計画にご理解いただけなかったり、条件面でなかなか折り合いがつかなかったりして、了承していただけませんでした」(木曽氏)
用地取得は国側でも困難を極めた。
「私が最初にこの現場に課長として赴任したのは2007年なのですが、その時の大きな事業の課題は、なかなか進まなくなっていた用地取得をどう円滑に進めていくか、でした。当時は事業計画を担当していましたが、まずは現状や地権者の思いを知りたいと思い、用地取得専門の職員にくっついて、私自身も用地取得のための説明に地権者のお宅に一緒にうかがったこともあります。国交省にも用地担当の職員がいますが、本当に大変な思いをしているとしみじみ思いましたね。相手の都合に合わせ、毎日、土日であろうが深夜であろうが関係なしにお宅を訪問し、誠心誠意お話をして少しずつご協力いただける関係性を築く努力をしていました。それを眼の前で見たわけです。
このことで用地取得の現状もよくわかりましたし、松戸・市川の両市役所の方にも相談し、協力をいただきながら、できることはすべてやりました。当時、地権者の皆様に、用地職員が総出で、年間で延べ1000回近く、ご説明をさせていただいたと記憶しています。それでも、先が見えない状況は依然としてありました。地元からは早期開通を求めるご要望をいただいていましたし、ましてや90%以上の方々からすでに提供いただいている用地をこのまま放置しておくこともできません。住宅街の中に管理用のフェンスで囲まれた取得済みの事業用地、見た目は空き地ですね、それが広がっている現状に、防犯上の心配をされる声もありました。こうした事情を様々な角度から検証し、議論した末に、これから先の用地取得には、事業認定の手続きを取らせざるをえないとの判断に至ったのです」(甲斐氏)
用地を“法的”に接収するのか……苦渋の決断
事業認定とは、土地収用法に基づく行政処分。公共事業を行うことによって得られる公共の利益と失われる個人の利益を法律に則って比較し、公共の利益が重いと判断されれば、行政が強制的に土地を収用できる権限を付与される。
「でもこれは苦渋の決断でした。誰だって、法の力を使って用地を取得するなんて、本当はしたくないですよね。実は一番、法の活用に抵抗していたのは、用地担当の職員でした。彼らはこれまで同じ地権者の元に何度も通って断られ続けてつらい思いをしているはずなのに、最後まで任意交渉でやらせてくれと訴えました。地権者のご事情やお気持ちもちゃんと受け止めながら、全力で交渉に取り組んでいたからこそ、言える言葉だと思います」(甲斐氏)
しかし、そうはいっても本格的に用地取得が始まって10年ほど経過する中で、他の地区では用地取得の進捗が進み、どんどん更地が増えていった。すでに土地を譲ってくれて、道路の完成を楽しみに待ってる人も大勢いる。社会的責任として、これだけの街で手付かずの土地をこれ以上寝かしておくわけにもいかない。
「だから用地取得担当の職員たちとも散々議論したのですが、ここで決断が遅れると事業自体がどんどん遅れるからもうこれ以上は待てない。この事業を前に進めるためにここは歯を食いしばるしかないと、断腸の思いで手続きを進めることにしたのです」(甲斐氏)
これ以降、事業認定の手続きを取りつつ、並行して地権者に説明することで、土地の取得が進んだ。最終的に法律上の天秤にかけられたのが10件。それも行政代執行までは至らずに、地権者は国交省とNEXCO東日本が提示する価格で土地を提供した。かくして、2014年、用地取得率はついに100%に達した。事業認定申請から5年、都市計画変更からは18年、プロジェクトスタートからは実に45年もの年月が経っていた。これは通常の道路事業の2~3倍だという。用地取得にかかった費用は約6000億円。
「外環道の歴史は用地取得の歴史だと言っても過言ではありません。工事自体もかなり難易度が高かったのですが、その前段階の下地を作るまでにかなりの苦労があったんです。言うまでもなく一番頑張ったのが用地取得担当の職員たち。工事は自分たちが頑張れば何とかなりますが、用地取得は人との関係性が最重要なのでより難しい。それで50年もかかったわけです。ここでは語り切れないほどのいろんなドラマがありました」(甲斐氏)
次回は現代日本土木技術の粋が投入された“すごい”工事について紹介します。乞うご期待! 文・撮影:山下久猛 図版:国交省、NEXCO東日本
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