「とりあえず社会人」から不動産業界へキャリアチェンジ ~中村マリアさんから学ぶ、「強みを生かした仕事」の切り開き方~
ふとしたきっかけで不動産業界に興味を抱き、女性ならではの視点を武器に不動産業を展開することで話題となっている中村マリアさん。
「不動産業は人なり、美しく働く」をポリシーとした、全国の女性不動産経営者が参加するコミュニティ「美人エステート」を立ち上げ、女性が不動産業を一生ものにできる働き方「エージェント」を提唱。展開する事業のみならず、その働き方にも注目が集まっています。中村さんの仕事遍歴をたどりながら、女性が不動産業を生業にできる方法をうかがいます。
プロフィール
中村マリア
Tender Living株式会社 代表取締役/amie株式会社 代表取締役/一般社団法人 RE AGENT 理事/株式会社クリエイターボックス取締役。
東京都出身。短大を卒業後、大手メーカーの受付業務を経て、不動産業界へ転職。デザイナーズマンションのデベロッパー、大手財閥系不動産販売会社、エンドユーザー向け地場の不動産会社でキャリアを積み、2011年7月に不動産会社であるTender Living株式会社を設立。全国の女性不動産経営者のコミュニティ、bijin estate(美人エステート)を発起し、ライフスタイルの変化が起こりやすい女性でも不動産業をずっと続けられる働き方である“エージェント”を推奨。当団体を2014年12月に法人化(一般社団法人RE AGENT)し、現在代表理事を務める。世田谷区に本店を置き、都内を中心として地元に根付いた不動産業の傍ら、セミナー講師をこなしつつ、テレビにも多数出演。
起業家としては“遅咲き”ながらも行動力を発揮し、不動産業界でまい進!
―職歴を拝見すると、しっかりとしたキャリアビジョンを持ってお仕事をされてきたように感じられますが、もともとキャリア志向でいらしたのでしょうか?
全然そんなことはないです(笑)。「稼ぎたい」「こういう仕事に就きたい」という意欲は特になく、「短大を卒業したから、とりあえず社会人にならなきゃ」ということで、ご縁のあった大手タイヤメーカー総務部受付の正社員として就職しました。起業までしている今から振り返ると、「遅咲き」ですね、私(笑)。
―それは意外です。でも「とりあえず社会人に」というケースは多いかもしれないですね。実際に社会人になってみて、いかがでしたか?
受付の仕事自体は、プロフェッショナルを極める楽しさがありました。会社の顔として、800名を超す社員ほとんどの名前や部署、さらにはその客先まで覚えていましたし。ただ、狭いところに女性しかいない閉鎖的な環境の中、職場の雰囲気があまり良いとは言えず、出勤前にお腹が痛くなる毎日でした。
また、部署の先輩を見ていると社内結婚して寿退社が王道、そうならない場合は28~29歳で転職しているのです。それで「自分はこの職場でずっと働けるのか? 28~29歳までに手に職をつけなければ」と思うようになりました。ほかにも、「同じ働くなら会社のコア事業、メイン事業の仕事をしたいな」という思いもありました。
―早い時期から転職を意識されていたのですね。不動産業への転職は、もともと興味があったからでしょうか?
不動産業を意識したきっかけは、持ちビルで飲食業を営んでいた父が店をたたむことになり、そのビルをテナントとして貸し出したことです。不動産屋さんがお客さんを連れてきて、高額な賃貸契約をする様子を間近で見ているうちに、「不動産業って面白いかも!」と思うようになりました。社会人3年目のことです。
それで会社帰りに宅地建物取引士(宅建)のスクールに通い始めましたが、かなり難しく、「いっそ現場で働いてしまったほうが、早く習得できるのではないか」と思い、取得する前に転職しちゃいました。2006年8月に転職したのですがちょうど不動産業が盛んな時期だったので、未経験・資格なしでも正社員としてデザイナーズマンションのデベロッパーの仕事に就くことができました。実際に働いてみると宅建の必要性が肌で感じられて勉強にも熱が入り、無事取得できました(笑)。
―勉強しやすい環境に自らを置いたのですね。念願の不動産業、すぐに手ごたえを感じましたか?
1社目のデベロッパーの会社は、グループ会社合わせて従業員が30名弱で、業界に慣れすぎた人材を避けるため、会社方針として未経験者を積極的に採用していました。だから同僚みんなが不慣れだったのですが、業界の景気が良かった時期ですから、会社帰りに遊ぶ暇もないくらい忙しくも充実した日々を送っていました。
ところが、リーマンショックが起こり負のスパイラルに陥りました。土地が仕入れられない、銀行が貸付を渋り建物を建てられない、外資系企業が借り上げ社宅として使っていたマンションが解約されるなどで会社の業績も悪化、結局3年で退職しました。
―リーマンショックの影響はそれほど大きかったのですね。次に、大手不動産販売会社へ転職されていますが、会社の規模が違うと仕事への変化はありましたか?
2社目の大手不動産販売会社は知り合いから紹介されました。さすが大手でリーマンショックの影響はほとんどなく、会社規模による違いを痛感しました。ただ、職種が営業事務で、仕事内容に物足らなさを感じて…。「私は営業のアシスタントよりも、物件を売りたい人、買いたい人との間に入って、互いがベストな条件になるように交渉折衝する仕事のほうが好きだ」と改めて気付きました。
そこで、ちょうど結婚が決まったのと同時に退職し、不動産販売会社の路面店舗の営業に転職しました。営業最前線に戻れて「さあ、これから」という時に、夫の名古屋への転勤が決まったのです。
「男性社会&近寄りがたい」イメージの不動産業界に新風を起こす!
地元世田谷に根差した活動を広げるため、2018年4月に出店した自由が丘店舗前にて―後の起業は、その名古屋への転勤がきっかけだったのでしょうか?
名古屋で不動産業への転職も考えたのですが、土地勘の全然ない名古屋で不動産業をやるのは無理だし、就職できたとしても夫が転勤族である以上、また転職しなければならない事態が起こりうる。よくよく考えた結果「よし、東京で自分の不動産会社を興そう!」と決めました。これが今の「Tender Living株式会社」です。
土地を扱うならば、地の利のない地方よりも東京のほうがいい。夫のいる名古屋と東京の行き来になりますが、自分の会社ならば自分の裁量で動けるので会社に迷惑がかからないので“通い婚”にしました。事業内容も名古屋と東京を行き来するのだから、名古屋の女子学生向けに営業し、東京の不動産を紹介する形にしました。
―不動産会社は数多くありますが、ご自身の会社にはどのような特色づけを意識されたのでしょう?
他社との差別化ですね。会社のコンセプトを「女性向け」「女性スタッフによる不動産サポート」にしました。取り扱う物件は、自分自身が実体験した女子学生向けや新婚夫婦向けの賃貸物件に特化しました。土地売買も仕事上は経験がありましたが、自分が社長として、プロとして責任を持ってお客さまに最適な紹介をするには心もとないと判断したのです。また、ホームページに当時は珍しかった女性らしいタッチのイラストや、配色を採り入れました。
―女性という強みを前面に押し出したのですね。勝算はあったのでしょうか?
「女性だから安心感がある」ということで友人知人に利用してもらったり、ほかの不動産屋さんに来た女性のお客さんをこちらに紹介してもらったりと、「女性が紹介する不動産」という肩書のおかげで東京だけでビジネスが成り立ちました。そこで名古屋の営業は止めて、東京だけで仕事をするようになりました。その後離婚し、いよいよ事業化に本腰を入れていくと、ありがたいことに自分一人では仕事がさばききれなくなり、営業のスタッフを雇うようになりました。
―性別のほかに地域も年齢もターゲットを絞り、様子を見て事業方針を決めていったのですね。雇われた営業スタッフも女性ですか?
そうです。実は、不動産業って女性が働きやすいのです。
不動産会社の女性経営者の中でも「子育ても仕事も1人でやらなければならない状況で、一番働きやすかったのが不動産の社長だった」という人が多いのですよ。
横のつながりを持つために、全国の女性経営者のコミュニティ「美人エステート」を発足させて「不動産は人なり、美しく働く」をポリシーに、女性ならではの気配りと感性を活かし、質の高い情報を提供しています。
残念ながら、不動産業界には、情報の不透明さや売り上げ第一主義な会社がないとは言えません。だからこそ、私たち「美人エステート」では顧客目線に立った公平な取引を心がけています。それも髪振り乱しながら男勝りに働き倒すのではなく、常に笑顔を忘れずにプロフェッショナルであることを追及して“美しく”働くことを目指しています。
同時に、女性が不動産業を一生モノの仕事にするための働き方である「エージェント(個人事業)」の人材発掘と育成にもチャレンジしています。
千差万別のライフスタイルを反映できる「不動産エージェント」という仕事
自由が丘の新店舗では猫の看板が出迎えてくれる、女性が気軽に入れる雰囲気―不動産業界は男社会のイメージでしたが、女性にとっても働きやすい業界なのですね。「エージェント」とは、具体的にどのような働き方なのでしょうか?
不動産会社と業務委託契約を結んだ営業職です。自分で顧客を見つけてきてもいいし、希望があれば会社から客先を紹介します。どちらのルートかによって会社とエージェントの取り分が決まります。当然、自分で顧客を見つけるほうがエージェントの取り分が多くなります。でも、会社が紹介した客先から新たなお客さんを紹介された場合は「エージェントが自分で得た客先」と見なしますので良心的ですよ(笑)。
会社から営業目標は一切求めません。ただ、自分の目標額だけ共有してもらいます。「今月は50万円目指します」「今月は30万円だけど、来月は100万円」といったように。会社はエージェントの目標額に合わせて営業のやり方について相談に乗ったり、客先を紹介したりします。
―自分で目標額を決められるのは、変にプレッシャーを負わなくていいですね。
それに働き方も自由です。
女性はライフステージの変化で仕事をするのが難しいことがありますよね。実際、私も結婚してからの転職活動に苦戦しました。私自身の資質のほかに、夫の意思や夫の転勤の有無まで聞かれてうまくいかないということも、実際にはありました。仕事をしていても、出産や子育て、介護などの事情で仕事を休まなければならない時もあります。組織にいると仕事を休むとなると周囲に気を遣うこともあるかもしれませんが、エージェントならば、例えば「ハワイに行きたいから今月は働きません」「介護で半年間仕事をセーブします」でもOKなのです。
―それは働きやすいですね! でも、不動産の営業活動はハードルが高いように感じますが…。
「住まい」は生活の基本要件の一つですから、実はすごく身近な商売なのですよ。私の感覚ですが、常に5人に1人は不動産関係で困っています(笑)。「そろそろ更新時期なんだ」とか、自分自身でなくても、親や親せきが大家さんで入居者を探している、空き家になりそうな物件がある、といった情報が入ってくるんです。だからこそ「エージェント」という働き方が成り立つ。保険屋さんと同じくらい身近な仕事だと思います。
そうは言っても、初めはなかなか自分で営業をかけるのは難しいですから、会社から客先を紹介します。新米エージェントには「とにかく自分が不動産をやっていることを発信しなさい」と伝えています。発信し続けていれば、友人知人の口コミで広がっていき、「そういえば〇〇さんの友達が不動産業をやってるらしいよ」とお客さんを紹介してくれますから。女性一人でも不動産を契約する時代になったので、むしろ女性の営業のほうが相談しやすいと思ってもらえるし。
―なるほど。「女性でも」働けるというより、「女性だからこそ」有利になることもあるのですね。エージェントはとても自由度が高く魅力的な働き方ですが、その分収入は不安定になりませんか?
完全歩合制なので休んでしまえば収入がなくなってしまうのですが、「仲介業を数年こなすことで経験や知識を増やして人脈を築き、いずれは自分で物件を持って賃貸収入で暮らせるようになる」という目標を持ってもらっています。そうなればプライベートで働けない状況になっても収入は得られます。1日のうち2時間くらい持ち物件のことをみて、月末に賃料の入金確認をすればいいだけですから。その意味でも物件オーナーはとても女性に合っていると言えます。実際、女性の物件オーナーはどんどん増えています。それにエージェントで経験を積んで「不動産経営者になりたい!」と思ったら、ぜひなってもらいたいですね。
―エージェントに向く人、向かない人というのはあるのでしょうか?
もうこれは「性格」ですね。エージェント希望で相談に来られた方とはとことん話し合い、適性をみます。勢いはあったほうがいいですが、ただ勢いだけでは駄目。物怖じせずに行動し、定型業務よりは新しいことが好きな人。あとは大きなお金を稼ぐことに魅力を感じるタイプですね(笑)。
「美人エステート」というキャッチーなネーミングをコミュニティ名につけたことから、業界内外で賛否両論、ご意見を頂戴しますが(苦笑)、周りからの批判を受けたとしてもブレずに、「私の働き方は美しい、私は“美人エステート”と名乗って良い!」と思える自己肯定感の強い女性が向いていると思います(笑)!
私個人的にも「強く優しく美しく」がモットーです。
固定観念にとらわれず、興味を持った業界に全能力を駆使して美しく優雅にアタックをかける中村さんの“生き様”は「業界に敷居はない」と感じさせてくれます。
不動産営業のように、かつて女性にはとっつきにくそうに思えていた職種でも、潜在ニーズに気付くことでこれからの働き方のヒントになっていくのですね。 文:Loco共感編集部 小田るみ子
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