皇国の欺瞞、ナチスの残虐、アメリカの矛盾

皇国の欺瞞、ナチスの残虐、アメリカの矛盾

 第二次世界大戦で枢軸側が勝利し、アメリカが太平洋側の日本合衆国(USJ)と大西洋側のナチス領の分割され、両者のあいだで武力衝突を含む緊張が続いている。さらにアメリカ独立を目ざす抵抗勢力もテロ活動を展開し、三つ巴の硬直状態だ。この世界を舞台にした『ユナイティド・ステイツ・オブ・ジャパン』は、フィリップ・K・ディック『高い城の男』を霊感源としながら、電卓と呼ばれるウェブ端末(高機能スマホですね)が日常的に使われる世界で、メカ(巨大ロボット)が戦闘兵器として用いられるという、日本製アニメやゲームのような感覚が話題になった。

 本書『メカ・サムライ・エンパイア』はその続篇だ。主人公の不二本(ふじもと)誠は、亡き両親の跡を継いで戦士をなると決めている少年。しかし、高校での成績はふるわず、学力だけではUSJ最高峰のバークリー陸軍士官学校(BEMA)に入学することは難しい。模擬戦闘試験に賭けるしかないのだが、それも試験教官の僻見によって阻まれてしまう。

 民間のメカ警備会社RAMDETに加入した誠は、訓練キャンプで苛烈なシゴキを受ける。宿舎の環境はきわめて劣悪、精神をたたきつぶす理不尽な規律と命令に、同期生は次々に脱落していく。訓練期間を終えてすぐ、アメリカ国民革命組織(NARA)との戦闘に駆り出され、そこで驚くべきものに遭遇してしまう。金属骨格に生物由来の皮膜をまとい、全身が流体のように脈動するバイオメカ。ナチスが開発した兵器だ。NARAはナチスの協力を得ているのか。

 USJを倒すためにテロリストを支援するナチスの卑劣さ。しかし、皇国とて清廉な国家などではない。誠が高校時代に仲が良かったドイツからの交換留学生グリゼルダは、皇国もナチスも同様、アメリカ人の命など捨て駒としてしか見ていないと指弾する。彼女の立場はきわめて不安定だ。父親は反ナチス的の烙印を押されてドイツ本国から追われた映画監督。グリゼルダはドイツへの愛着を持ちながら、独裁的なナチスはいずれ倒れるべきと考えている。

 誠もさまざまなひととのやりとりのなか、また敵との戦いのなかで、皇国やUSJの支配システムや差別構造に気づきはじめる。「皇国を守る」という大義名分はしだいに薄れて、虚しく命を落とした両親や友人の無念を晴らし、自分と仲間が生き延びるための戦いへと変わっていく。

 そうしたグリゼルダや誠の葛藤が物語を牽引するいっぽう、物語のはしばしに歴史の節目にかかわるだろう大きな動きが垣間見えるのが、この作品の面白さだ。

 誠はNARAとの戦いで九死に一生を得る。彼自身は大した戦果をあげておらず内心忸怩たるものがあるのだが、生き残ったことが認められ、特別指名学生としてBEMAへの推薦を受ける。その手配をしてくれた山崗大佐は、こう言う。

「時代はこれから困難になる。優秀な将兵を多く集めておきたいのだ。(略)組織内に問題があるのも事実だ。BEMAはいま新型メカの試作機を開発中だ。当然ながらドイツは強い関心を持っている。そこできみにわたしの目となり、耳になってほしい」

 皇軍に山崗大佐がいるように、ナチスには”元帥”と呼ばれるカリスマがいるという。第三帝国の改革をもくろみ、ナチスの最高指令部を動揺させている。山崗大佐と”元帥”は敵同士だが、それぞれに次の時代のビジョンを抱いているのだろう。いまの皇国やナチスの支配による秩序ではなく、また戦争前のアメリカのような秩序でもない、まったく新しい世界秩序を。ただし、そのための戦いが、グリゼルダや誠にとって正当なものだという保証はない。これ以降の展開が非常に気になるところだ。いま構想中のシリーズ第三編に盛りこまれることを期待したい。

 さて、もうひとつこの作品で特筆すべきは、個性的なキャラクター造型だ。誠については、天涯孤独の身の上、学力ではなく実戦能力に頼っての立身、挫折を繰り返しての成長—-と、王道の主人公属性。グリゼルダは上でふれたように、敵側と味方側のはざまで宙づりにされたヒロイン。これ以外にも、誠の高校時代の同級生で、なにをやらせてもトップクラスの実力を持つ(誠も彼女には勝てない)名家のお嬢様、橘範子。RAMDETでの誠の同輩で、タフで猪突猛進型の千衛子。たたき上げのベテラン兵士だったが、あらためてBEMAに入学した、誠にとっては先輩にあたるカズ。ハミ出し者ながらメカパイロットとして天性の素質を持つ久地樂(くじら)。彼は『ユナイティド・ステイツ・オブ・ジャパン』に登場する同名キャラの息子である。

 BEMAでは学生同士のメカバトル順位戦があって、まったくアニメ的というかラノベ的というかありがちの展開なのだけど、そこを狙って上滑りしないのが、さすがピーター・トライアス。プロフェッショナルである。ちなみに、カズが得意とする武器は電磁ヨーヨー。なんとなんと!

 中原尚哉さんの翻訳がまたノリノリなのだ。久地樂は母親ゆずりのコテコテの大阪弁で、「犬の肉がはいっとらんのにホットドッグいうんはなんでやろ。だれか知らんか?」という調子。範子は「いまは試験どころではありません。その敵を止めないと本当に負傷しますわ」と、鉄板のお嬢様オーラ。

 誠、久地樂、範子、千衛子、カズはBEMAで、ナチスのバイオメカに対抗できる新型リバイアサン級のメカのパイロット候補生として訓練を受けていたが、メカの調整・テストがじゅうぶんにおこなわれる前に、バイオメカ部隊の急襲を受ける。敵の目的はナチスからUSJへと亡命してきた研究者ギュンター博士の確保だが、その過程でいくら民間人を巻き添えにしようとも意に介さない。はたして誠たちは、ぶっつけ本番で敵を退けられるか?

(牧眞司)

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