ガンバ大阪&仕事を辞めてでも米NFLへ!──チアリーダー和氣聡美さん (2)
これまで社会人アメフトリーグのチームやガンバ大阪のチアリーダーとして活躍、日本のトップチアリーダーの1人にまで上り詰めた和氣聡美さん。この春、全世界のチアリーダーの憧れの舞台、NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)に、挑戦します。日本トップクラスのチアリーダーの1人となったにもかかわらず、なぜ彼女は日本を離れ、仕事も辞めてまで、単身NFLを目指すのか。後編はNFLチア挑戦への意気込みを中心に語っていただきました。
和氣聡美(わけ・さとみ)
1991年、兵庫県生まれ。大学時代にチアを始め、卒業後 3 年間、信用金庫で勤務しつつ、日本のアメリカンフットボールの最高峰リーグである Xリーグのチアリーダーとして活動。2016 年には X リーグのオールスターチアリーダーに選出。2017 年からはガンバ大阪のチアダンスチームに所属。約4万人収容のスタジアムでのパフォーマンスや、ホームタウンでのイベントに出演。2018年2月まで障害者スポーツ支援協会で勤務しつつ、障害者スポーツとチアを繋ぐ活動にも尽力。2018年3月にNFLチアを目指し、渡米。
チアは現代女性像のロールモデルであり憧れ
──現在、チアとしてどのような活動をしているのですか?
2017年12月からJ1のガンバ大阪の専属プロチアリーダーとして試合やイベントなどで踊っています。仕事は兵庫県障害者スポーツ協会の嘱託社員として経理を担当していたのですが、3月にNFLチアに挑戦するため2月初旬に退職しました。(※前編参照)
──そもそもNFLのチアリーダーとはどのような存在なのでしょうか。
NFLは30年以上、アメリカで最も人気のあるプロスポーツの座に君臨し続けているアメリカンフットボールのプロリーグです。全米各地に32チームがあり、地域密着型で、試合には毎回5、6万人のファンが押し寄せます。そのスタジアムで、選手と観客を繋ぐのがチアリーダーの役目。試合中、サイドラインで華やかに踊る各チーム専属のチアリーダーは「12番目の選手たち」と称されるほどです。NFLチアリーダーは「心身共に優れ、知的かつ自立心を持ち合わせた女性」を理想に掲げ、ダンスの技術・能力はもちろん、理想的な現代女性像として女性たちのロールモデルと呼ばれています。病院訪問、学校訪問などの慈善活動も多く、年間約300件以上の地域貢献活動に参加しているんです。
だからNFLチアはチア界の最高峰とされ、全世界のチアリーダーの憧れの存在。NFLはまさに夢の舞台なんです。これまでもたくさんの日本人が挑戦し、歴代のチアは数十人、現役の日本人チアも数名しかいません。
わずかな報酬でもNFLチアに挑戦する理由
──NFLチアは十分な報酬をもらえるのですか?
いえ、日本円に換算すると年収数十万円程度です。地域貢献活動は報酬が出ないボランティアですし。しかもビザの関係で、基本的に所属するチームからの出演費以外でお金を受け取ってはならないと法律で定められているんです。つまり、チア以外の仕事はできないんです。
──え! そうなんですか? 年収数十万円じゃとても生活していけませんよね。どうするんですか?
これまで貯めた貯金で何とかするしかないですね。私は2016年にもNFLチアに挑戦しているのですが、帰国してから最初に始めたのが貯金でした(笑)。
そもそもNFLのチアは名誉職で、NFLのチアであるというだけで多くの人が尊敬し、憧れる存在なので、チアを生活の糧とするという発想自体がないんですね。仕事とチアを両立してこそ女性のロールモデルと考えられているので、アメリカ人は学生か別に仕事をもっている人がチアをしています。そういう意味では日本国内のチア事情と同じです。ただ、NFLチアの場合、アメリカ人はそれができるのですが、日本人はビザの関係でできないんです。だから日本人含め、外国人が何年にも渡って続けるのは難しいんですよね。もし今回合格しても2年が限界だと思っています。
NFLのチアになるための道のり
──NFLのチアになるためにはどのようなハードルを超えなければならないのですか?
毎年3~5月にNFLの各チームが行うオーディションを受けて合格しなければなりません。毎年世界中から400人以上のトップレベルのチアリーダーが殺到し、しかも、前年度のチームメンバーも全員オーディションを受け直さなければならないんです。1チームだいたい40人前後なのですが、ベテランのメンバーの方が合格する可能性は高いので、ルーキーの合格は毎年数名程度。合格率10倍以上の狭き門なんです。
──オーディションのスケジュールは?
チームによって違います。前回の挑戦の時に受けたチームは、初日にダンスのテストが2回あって、それに合格すると、英語での筆記テストや面接があります。これに合格すると観客が入っている会場でもう一度ダンスのテストがあります。本番に近い環境でどのくらい踊れるか、どれだけお客さんを沸かせられるかを見られます。これが最終テストで、合格すると晴れてNFLチアになれるんです。テスト期間もチームによってかなり違っていて、2日に全部終わるチームもあれば1ヶ月かかるチームもあります。
今回は3月20日前後にアメリカに渡り、1、2チームを受ける予定です。オーディションを受けるチームはまだ最終的には決まっていませんが、ダンススタイルや、メンバーのビジュアル、チームの雰囲気などを見て、そのチームで自分が踊っているところがリアルに想像できるチームにしたいと思っています。どのチームを受けるにしても合格するために、今はトレーニングや準備に専念しています。
前回はまさかの不合格
──2016年に挑戦した時は?
NFLの名門チームの1つ、サンフランシスコ・49ersのオーディションを受けたのですが周りのチアを見ても、自分が劣っているとは感じず、十分通用すると思いました。雰囲気に呑まれたり、萎縮したり、緊張したりはしなかったですね。でもそれが逆によくなかったんです。
──どういうことですか?
楽しくなりすぎて地に足がつかなくなってしまったんです。1回目のダンステストの時に審査員の反応がよくて「これは行けるぞ!」と手応えを感じました。それで2回目のテストの時、異常に気持ちが高ぶってしまい、感情だけで踊ってしまいました。そのせいで踊ってる最中に振り付けが頭から飛んでしまい、立ち尽くしてしまったんです。振り付けが飛んでしまうことはベテランのチアでもよくあることなのですが、そうなった時に瞬時に頭を切り替えて、全然違う振り付けでも踊るべきなんです。一番最悪なのは止まってしまうことですから。
悔しさで眠れなかった
──不合格になった時の気持ちは?
テスト後、全員部屋に集められて、合格者は番号が読み上げられていくのですが、私の番号が飛ばされた時、ショックで涙がこぼれました。その日の夜は悔しくて悔しくて、一晩中眠れませんでした。こんなことはそれまでの人生で初めてで。ベッドの中で目をつぶっていても、浮かんでくるのはオーディションのことばかり。どうしてあそこで止まっちゃんだろう、どうしてあの時すぐに踊り始めなかったんだろう、踊りきれたら絶対に受かっていたのに……という悔しさと後悔の念でいっぱいでした。
その夜、落ち込むだけ落ち込んだ後、ここで絶対あきらめない、次も絶対受けようと心に固く誓ったんです。そして、オーディションの応募者に配られた、各自の番号を書かれた紙の裏面にその時感じた悔しさや次はこうするという対策、そして「絶対にこの日を忘れない」と書きました。その気持を忘れないよう、その日以来、いつも肌身離さず、ずっと持ち歩いているんです。
帰国後は社会人フットボールチームに復帰して、2016年12月には、社会人アメフトリーグの170人以上のチアリーダーの中から15人しか入れないオールスターチアのメンバーに入り、社会人日本一を決めるジャパンエックスボウルで東京ドームの舞台で踊りました。でもこの時、日本のトップレベルのチアたちと踊ったことで、自分の実力不足を痛感しました。本当は2017年にもNFLチアに挑戦しようと思っていたのですが、こんなレベルではとてもまだNFLチアの世界には行けない、もう1年しっかり準備したいと思ったんです。それ以来、レベルアップのため、より一層トレーニングに打ち込んできました。
──具体的には?
年間40~50回ほどスタジアムやイベント会場で踊り、その他の時間は休日や仕事後に筋トレ、ランニング、水泳、ダンスの練習などに費やしてきました。2017年シーズンからはサッカーのJ1のガンバ大阪の専属プロチアリーダーになり、最後には一番技術レベルが高く、華がある人しかなれないセンターで踊ることができました。また、2017年にアメリカに行って初めて生でNFLの試合を見てきました。自分が飛び込もうとしているNFLがどういう世界なのか、実際に自分の目で見たいと思ったからです。NFLチアは莫大なお金と時間がかかる夢なので、それだけのものを犠牲にして、自分の人生を賭けてまで、本当にその夢を叶えたいのを確かめるために行ったんです。6万人の大観衆を沸かせる彼女たちのパフォーマンスを観て、私も絶対あの舞台に立ちたいと、より挑戦へのモチベーションが上がりました。
アメリカで活動するには、ビザの問題と言葉の壁が大きい
──特に日本人が挑戦する上で難しい点は?
アメリカでチアとして活動するには、「o-1(オーワン)ビザ」という特殊なビザが必要なのですが、このビザは科学・教育・芸術・ビジネス・スポーツの分野で国際的に卓越した能力をもつと認められた人にしか発行されないので取得がものすごく難しいんです。私が日本でトップレベルのパフォーマーだということを証明するために、メディアの出演歴、掲載歴と、チア関係者の直筆サイン入りの推薦状が必要で、さらにスポンサーも必要なんです。
しかも、これらo-1ビザ取得の条件をすべてそろえて申請したとしても、発行までに最低でも1ヶ月もかかるんです。そうするとそれだけチーム練習への合流が遅れるので、それを嫌って日本人を採用しないというチームもあるんです。実際、これを理由に断られた人もいます。このようにo-1ビザがものすごく大きな壁で、チームによって対応が違うので、よく調べてから行かないと、オーディションに合格してもチームに入れないという最悪の事態を招きかねないんです。そのためにアメリカの国際弁護士に依頼して準備を進めています。
日本人がNFLチアに挑戦する場合、もう1つ大きいのが、言葉の壁です。NFLは地域密着型のプロスポーツなので、イベントが多いんですね。その時チアも参加して、踊ったり地域のサポーターと交流したりします。その時に、他のネイティブのチームメイトと遜色なくコミュニケーションできる能力が求められるので、オーディションでは英会話力も重視されるんです。そのために週2でアメリカ人の講師に英会話の個人レッスンも受けています。
このようにダンスの技術レベル以前に、いろんな準備が必要で、これが日本人の挑戦者にとって大きな壁になっているんです。チームによって条件が全然違うので、事前によく調べて、自分がやりたいことができるチーム、自分に合うチームを探す必要があるんです。
──日本にいればトップクラスのチアリーダーとして活躍できるし、やりがいのある仕事をしていたわけですよね。それらを全部捨てて、合格したとしても生活のリスクを背負ってまで、なぜNFLチアを目指すのですか?
やっぱりやるからには世界最高峰を目指したいというのが大きいですね。それと前回のオーディションに落ちた時、次受ける時は絶対合格すると自分に固く誓いました。もしNFLチアへの夢をあきらめたら、間違いなく私の人生の中で最大の後悔になるんです。これまでも人生のターニングポイントに立った時は後悔しない方を選んできました。そうするとだいたい大きな壁にぶつかるから大変なのですが、一度決めたことはやりきらないと気がすまない性格なので、しょうがないんです(笑)。
決してあきらめない
──今回のNFLチアオーディションへの意気込みを聞かせてください。
前回の時のように上滑りしないように、しっかり目標を見据えて落ち着いて挑戦したいと思っています。前回より、私のチアとしてのレベルも上がっていると思うし、アメフトオールスター選出やガンバ大阪のプロチアリーダーとして数万人のお客さんの前でパフォーマンスを披露するという経験を積むことで、自信や度胸を得ることができました。だから今回のオーディションでは地に足をつけた状態で踊れると思います。とにかく精神面のコントロールが重要ですね。
技術面ではいかに苦手な部分を隠して、いいところを最大限に出せるかがポイントになると思います。審査員に好印象をもってもらえるようにより、自分のパフォーマンスをアピールできるような踊り方をしたいです。それができれば十分合格できると思います。障害者とチアを繋げるというもう1つの夢のために必ず合格したい、いや、しなければならないんです。
文:山下久猛 撮影:山本仁志(フォトスタジオヒラオカ)
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