『Ingress』は永続させる存在である:Niantic Spatialがめざす自社IPの未来と新技術の在りかたを聞いてみた

2025年3月12日、Nianticは『ポケモンGO』『ピクミン ブルーム』『モンスターハンターNow』を含むゲーム事業をアメリカのモバイルゲームメーカーでありサウジアラビアの“Savvy Games Group”を親会社に持つScopely(スコープリー)に売却。
新たに設立されたNiantic Spatialのもと『Ingress』と『Peridot』は運営が継続されるとが発表された。
そして2025年5月30日(土)に売却が完了。
Niantic Spatialとして独立し地理空間AIの構築を目指すことが改めて告げられた。
価値のある地理空間を世界へ
本記事ではNiantic Spatialがめざす未来、そして開発と運営の継続が決まった『Ingress』の行方をディレクターのブライアン・ローズ氏にインタビュー。
9月下旬にちょっとした試みがあるようなので、エージェントのみんなはぜひチェックしてもらいたい。

Spatialとして新たな世界を構築
当インタビューは2025年5月上旬から調整を行い約2ヵ月を経てメールを介して実現。
Niantic Spatialとして独立する前後の難しい時期に『Ingress』のディレクターを務めるブライアン・ローズ氏が対応してくれた。
新たな環境で『Ingress』はもちろん『Peridot』がどうなっていくのか。
前半でNiantic Spatialという組織と自社IPの関わりについて。
後半に『Ingress』に関することをまとめているのでぜひ最後まで読んでもらいたい。
――新たなプラットフォーム・Niantic Spatial、特に期待が高まっている“大規模地理空間モデル(LGM)”について。どのような技術でかつ『Ingress』や『Peridot』といったタイトルで応用されていくのか教えて下さい。
ブライアン・ローズ(以下、ブライアン):我々が持つ技術のひとつ、“Visual Positioning System(VPS)”を構築する一環として、実世界の公共ロケーションを『Ingress』に組み込まれている機能“ポータルスキャン”を使って多くのエージェントから共有していただきました。そのおかげで5,000万以上のニューラルネットワークを訓練することを達成。これらポータル周辺のローカルネットワークが“大規模地理空間モデル(LGM)の構成要素となり、完全にスキャンされていない場所も含めた地理情報をも理解するグローバルモデルを実現しました。
【VPSとは公式サイト】

▲アプリケーションを介してユーザーのデバイスを現実世界のロケーションにローカライズ可能とするクラウドサービス。この機能を使って永続的なARコンテンツとインタラクトし新しい没入体験が得られるというもの。『Ingress』にはスポット(ポータル)をスキャンする機能があり、その蓄積データがここに活かされているというわけだ。
――『Ingress』エージェントが見てきたスキャナ(スマホ画面)にも近い将来新しい体験が組み込まれる?
ブライアン:そうですね。将来的には『Ingress』エージェントをキーポータルへナビゲートしたり周囲情報に関する質問に答えるなど、パーソナライズされたおすすめを提供するといったことが可能になるかもしれません。
【最新の研究について:公式サイト】

――Niantic Spatialが有するツールが米国の政府機関や民間企業に対して物流やマッピング用途で提供されるという話題がありますが、具体的にどのように活用されるのでしょうか?
ブライアン:Niantic Spatial Platformでは物流、リモートコラボレーション、没入型エンターテインメントなど幅広い用途を想定しています。あらゆるAIの利用と同様に重要な問いが発生することは避けられませんが、私たちはそれに対して責任を持ち慎重に対応していきます。
――ジョン・ハンケCEOが“軍事利用の可能性はあるが兵器システムの開発には関与しない”と述べていた点にも注目が集まっています。
ブライアン:先述した物流や倉庫管理といった用途のほか、災害対応など多岐にわたる活用が見込まれています。どんな用途なのかに関して個別にしっかり評価する必要がある。こちらに関しても責任と配慮をもって取り組まなければならない重要なポイントですね。
――『Ingress』や『Peridot』の開発と運営を継続しようと決断した理由は?
ブライアン:『Ingress』と『Peridot』は私たち自身のIP(知的財産)であり、新しいスタートアップ設立にあたってこれらを持ち込むことは重要でした。開発チームはNiantic Spatial Platformの構築に役立つ貴重なフィードバックとインサイトを共有してくれています。『Ingress』のエージェントコミュニティは12年以上に渡って我々を支えてくれており、私たちは『Ingress』を“永続するゲーム”として今後も開発を続けていくことを約束します。また、『Peridot』はNiantic Spatialにおけるもうひとつの重点領域である“AI”において欠かせない役割を果たすと考えています。スマートフォン版『Peridot』はすでに“大規模言語モデル(LLM)”を活用して現実世界を認識し、それに応じて行動を変化させています。
――最近ではARグラスを介して触れ合える『Peridot』も話題になっていましたよね。
ブライアン:そうですね。“Snap Spectacles”や“Quest 3”、“Apple Vision Pro”といったARグラスが登場するなか、『Peridot』は世界初のARペットとして位置づけられている。AIエージェントが登場し始めているいま、『Peridot』は現実世界とデジタル世界を橋渡しする独自の存在としてそのポジションを確立できる可能性を秘めているというわけです。最新のAWEカンファレンス(ロングビーチ)では、AIとVPSを活用し『Peridot』のdot(ペット)が会場外を案内し周囲の歴史や文脈を説明するデモンストレーションを実施するなど、新しい第1歩を踏み出していると考えています。
【Peridot and VPS:公式動画】
『Ingress』を継続するための心構え
――まずは事業面から、『Ingress』チームの縮小と現在の開発体制について教えてください。
ブライアン:少人数のチームから始まった『Ingress』当時のようにNiantic Spatialでは再びコンパクトで俊敏なチームへと立ち戻っています。この規模はチームの財政的な負担を軽減し“永続するゲーム”として『Ingress』を持続可能にするための重要なステップだと考えています。40人規模のゲーム開発チームが大型の貨物船のような存在だとすれば、『Ingress』はジェットスキーのようなイメージ。うまくいっていることに基づいてすばやく新しいことに挑戦できるようにしたいと思っています。
――エージェントコミュニティ面はどうでしょうか?
ブライアン:小規模チームで実現できることには制限もありますが、『Ingress』エージェントコミュニティのために開発を続けるというチームの姿勢は変わっていません。エージェント一人ひとりにとって『Ingress』がどれほど大切な存在であるかを理解しているからこそ私たちは開発を続けています。プレイヤーとのつながりを維持するため、AMA(Ask Me Anything)など双方向コミュニケーションの改善にも取り組んでいきたいと考えています。
――新規ユーザーの獲得が重要な課題ですが、既存のコミュニティだけでは限界がある。広告展開や新しい試みは検討されていますか?
ブライアン:私たちは『Ingress』コミュニティを維持・拡大するために多くの方法を検討しています。いっぽうで広告展開は慎重であるべき課題です。それは、登録後に継続的に遊んでくれるユーザーであることが重要だからです。有料広告に本格的に取り組むまえに、新規プレイヤーに『Ingress』をどのように紹介するかを検討し、より多くの新規エージェントに長くプレイしてもらえる方法を考えています。エージェントのみなさんにできるもっとも効果的な支援のひとつは、Google PlayやApp Storeでのポジティブなレビューの投稿やSNSでの体験シェアです。友人が説明してくれる、導いてくれるという“口コミ”がいまもなお『Ingress』における最良の紹介手段だと思うので、みなさんにはぜひ引続き日々の体験をX(旧Twitter)など拡散していただけるとうれしいですね。
【Ingress:Google / iOS】
【2025年6月のスタンプラリーリポート】

▲“何がたのしくて続けているのか”、どういった要素を推したいのかを個々が発信することも重要だというブライン氏。筆者の場合はスタンプラリー感覚でたのしめるミッションをたくさんのひとに伝える記事を多く展開。みんなもぜひ『Ingress』の推しポイントを拡散していこう。
――ここからはエージェント目線の質問です。7月から9月までのオペレーションスケジュールが発表されましたが、国内アノマリーが予定されておらず、多くのエージェントが残念に感じています。今回日本が開催地から外れた理由を教えていただけますか?
ブライアン:私たちは日本での開催を計画しており、きちんと準備を整えて実現したいと考えています。日本でのアノマリー開催は他国と異なり、おもに東京チーム(Niantic Japan)の貢献に支えられてきました。そうした面からもNiantic Spatialとして初めて日本でアノマリーを実施するにはもう少し時間が必要です。それまでにできることとして現在、ローカルミートアップやクロスファクションイベントを企画する予定です。ちなみmasa(川島優志氏:Niantic Spatial副社長)と私は9月下旬に東京を訪れる予定で、現地のエージェントのみなさんと再会できるのをたのしみにしています。

▲昨年は明治神宮を舞台にブラインがミートアップを企画。突然の呼びかけにも関わらず多くのエージェントが集まった。9月下旬の件はどこになるのか、できるだけはやく告知してほしいね。
――アノマリー以外でのミッションデイは現在一時停止中とのことですが、再開の目処があれば教えてください。
ブライアン:ミッションディイベントは新たな運用モデルを見つけるまで一時的に停止しています。再開に向けて取り組んでいますが、現時点では具体的なスケジュールはお伝えできません。
――毎週火曜日に行われていたAP2倍ボーナスが土曜日に移行されましたが、その理由を教えていただけますか?
ブライアン:AP2倍のボーナス期間中(Level 8 WeekやAnniversary Weekなど)には、エージェントの活動量が大きく増加する傾向があります。平日の短時間でより多くのプレイを促すため試験的に導入しましたが今回、多くのエージェントにとっては最適なタイミングではなかったと判断。毎月最初の土曜日にボーナスを移すことでより多くのエージェントに活用されると期待しています。

▲現在は毎月最初の土曜日、ファーストサタデーに合わせてAP2倍ボーナスが発生。みんなとの交流を楽しみつつAPも稼げる点は魅力的かな。さらにAPの獲得量が増えるアイテム“Apex”を使うのも醍醐味だ。
――+Thetaメダルの仕様(トークン制)について。現地参加の価値が下がったという声や任務とアノマリー(現地)など役割のバランスに関するフィードバックもあります。
ブライアン:毎日プレイしているエージェントもいれば、週に数回またはもっとカジュアルにプレイする方も多くいます。どんなプレイスタイルでも歓迎されるべきですが、より多くのエージェントが長くプレイし続けてくれることで、地域コミュニティやグローバルなファクションとのつながりが深まり、『Ingress』のユニークさをより多くのひとに伝えられると確信しています。そこで今期のシーズンバトルでは全世界の誰もが自身のファクションを支援できる新たな仕組みとして、このポイント制を試してみたいと考えました。
――いろいろ試していくと?
ブライアン:そのとおりです。現在、シーズントークンのバランス調整を進めており、アノマリーやライブイベントに現地参加したエージェントが報われる一方で、参加できない方にも貢献感やファクション支援の理由が得られるように設計していきます。

▲質問状を提出したのが+Thetaシーズン中だった。そして現在、+Deltaシーズンにかわってトークンのバランスも変化している。
――ポータル申請が再開されたとアナウンスがありました。『Ingress』からWayfarerが切り離されたことで、環境はどのように変化したのでしょうか? また、近年の課題や今後の対応(エージェントの心構え)についてもお聞かせください。
ブライアン:Wayfarerコミュニティはエージェントとトレーナーが混在しており、ポータルやウェイスポットの質に対する見解が異なるなかで、膨大な申請とレビューに圧倒されることもありました。今後は“Operation Portal Recon”として、ポータルの申請と編集に特化した新たなエージェントコミュニティが形成されます。この変化によってどのようなダイナミクスが生まれるのか私たちも注目しています。現在チームはウェブサイトの立ち上げに全力で取り組んでいます。仕組みを理解しエージェントがもっとも興味を持っている点を把握したうえで、“Recon”を『Ingress』に適した形にしていきたいと考えています。
――Reconメダルの復活に続き、Seerメダルも再開の可能性はありますか?
ブライアン:最適化(min-maxing)に長けたエージェントが多く、特定の活動を促すためにメダルの設計には慎重さが求められます。Reconの仕組みをつうじてポータルネットワークに新規ポータルを追加することがもっとも望ましいかどうかはまだ判断できません。それよりも質の低いポータルを削除し、高品質なもののスペースを確保するようなネットワーク全体の質を改善する方向に注力する方がよいかもしれません。もちろんメダルの存在やブロンズからオニキスまで段階的に獲得できる仕組みは魅力的なものなのでどうあるべきかを慎重に検討していきます。
――最後にすべてのエージェントへメッセージをお願いします。
ブライアン:Niantic Spatialへのスピンアウトに際し私たちは小規模なチーム体制への移行を含む多くの難しい決断を下さなければなりませんでした。しかし、チーム全体として『Ingress』を継続させていく意思は変わっておらず、より多くのひとに“世界を新たな目で見る”感覚を味わってもらいたいと考えています。私たちが現在進めている“大規模地理空間モデル(LGM)”などの新技術への投資は、長期的に見て『Ingress』をより良いものへと進化させると信じています。『Ingress』はNianticの原点であり、この10年以上にわたりみなさんと共に築き上げてきたことを誇りに思います。『Ingress』を特別な存在にしているのはまさにエージェントであるみなさんです。いまこそみなさんの声と支援を心よりお待ちしています。

▲ブラインや代表取締役社長の村井説人氏らが『Ingress』エージェントの名刺ともいえるBioカードをまえに記念撮影。Niantic Spatialのロゴがついたバルーンが改めて体制の変化を実感させる。
P.N.深津庵(企画・編集協力)
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