「他人のせい」にすれば、問題からは逃げられる。でもそれじゃ、一生成長できないよ――「肉おじさん」こと格之進・千葉社長の仕事論

「他人のせい」にすれば、問題からは逃げられる。でもそれじゃ、一生成長できないよ――「肉おじさん」こと格之進・千葉社長の仕事論

ブームが始まる前から「熟成肉」に注目、研究を続け、今や屈指の人気店となった格之進グループ。首都圏に13店舗、本社のある岩手県に3店舗を構え(2018年3月現在)、順調に拡大を続けている。

格之進を率いるのは「肉おじさん」として親しまれている千葉祐士社長。彼はどのようにして時代の先を読み、熟成肉ブームを牽引するに至ったのか、その背景や考え方の源泉について語っていただいた。

【プロフィール】

千葉 祐士(ちば ますお)

1971年生まれ。岩手県一関市出身。牛の目利きを生業とする家に生まれる。27歳で「一関と東京を食でつなぐ」ことをビジョンに掲げ、1999年4月岩手県一関市にて「焼肉屋 五代格之進」を創業。“お肉”のユニクロを実現するために2008年10月に株式会社門崎を創設。 6次産業という言葉が誕生する前から、生産、加工、流通の相乗効果に重きをおき、お客様に「日本の食の未来を消費者と生産者と共にデザインする」を実現できるよう尽力。

肉でダイレクトマーケティングだ!

今や熟成肉ブームの先駆者として多忙を極める千葉社長だが、起業前は上場企業で働く営業マンだった。

同期の中でもかなり頑張って結果を出したつもりだったが、賞与が同期より少なかったことにショックを受けたという。

「新卒の頃は会社から給料をもらいながら研修を受けたり、仕事を教わったりしますよね。私は自分の中で粗利を計算していて、研修などで受けた分は返し終えたと思っています。4年弱いましたが、利益を出して会社にも貢献したところまでは頑張ったつもりです」

自分が思っているほど会社からの評価は高くない。それなら自分でやるしかないと考えた千葉さんは、27歳で独立を果たした。

若手ビジネスパーソンの中で、自分の「粗利」を考えている人は決して多くない。なぜ千葉さんはこの考えを持っていたのかというと、大学生の頃に塾講師のアルバイトをやっていたことに起因する。アルバイトながら塾長もやっていたため、自分で営業し契約を取って集金し、店舗としての収支を見ていた千葉さんは、入ってくるお金と自分の給料を含めた人件費も計算していたため、会社にいくら利益を出しているのか把握していたという。

「収支の考え方は非常に重要です。収支が分かったうえで、ちゃんと会社に返しているかどうかは、とても大切なことだと思うんです」

では、なぜ転職ではなく起業を選んだのだろうか。

それは、千葉さんが当時から「ダイレクトマーケティングの時代が来る」と確信していたからだ。商社や代理店を否定するわけではない。しかし、消費者とダイレクトにつながることによって、得られる情報もスピードも速くなるだろうと予測していたというから驚きだ。

当時はまだダイレクトマーケティングに取り組む会社は少なく、たとえ転職したとしても年収の大幅アップは見込めない。それなら、自分が納得するようにやって、その結果を受け入れるしかないと考えた千葉さん。

「自分の家は牛飼いだったから、牛を使ったダイレクトマーケティングを考えました。ユニクロの垂直統合経営と一緒だと思って、焼肉屋をやろうと考えました。“肉でユニクロだ!”ってね(笑)」

ピンチ=普通ではない状態=チャンスがある

焼肉屋を始める場合、他の店舗で一定期間修行をする人が多いが、千葉さんは修行も何もせず「なんとかなる!」と独立。飲食店は店頭に「営業中」の札を掲げているが、外に営業に行くわけではない。千葉さんは「営業マンだったし、お客さんが来なかったら外に営業に行けばいい」と思っていた。

開店したばかりの焼肉屋では、部分肉で仕入れるのが常識。しかし修行を経ていない千葉さんは、自分の家で牛を飼っているから牛1頭届くのが当たり前だと思っていた。

その結果、客がほとんど来ないのに肉が大量に余るという事態に。だが、このことが結果として千葉さんが熟成肉の魅力に気づくキッカケになった。

「お客さんが本当に全然来なくて、仕方ないから自分で捌いた牛を自分で食べていたんです。でも1頭分あるから、なかなか食べきれない。そうするうちに、肉が勝手に熟成しちゃったんだよね(笑)。それで『肉は置いたほうが美味しい!』って気づいたんです」

今でこそ笑いながら語ってくれる千葉さんは、「ピンチをピンチと思うかチャンスだと捉えるか。そこから何を学ぶかが大切」という。「大変だ」というのは誰でも言えるけど、大変=普通ではないということ。普通ではないところにはチャンスがある。そう思えるかどうか。

千葉さんがこのような考えに至ったのは、『生きがいの創造(PHP研究所)』という本を読んだのがキッカケ。19歳、24歳、27歳と人生のステージが変わるようなタイミングで3回読んだという。

本を読み、思考を深めた結果「全ての物事は人間の作り上げた“概念”でしかない、それなら新たな概念を作れば新たな価値が生まれる」と考えた千葉さんは、「自分の土俵」を作ろうと決意した。

「自分の土俵をつくる」といっても、会社員にはなかなか難しいように思えるが、そんなことはない。会社員は「リスクが少ない」という優位性を持っていると千葉さんは言う。会社員は自社の方向性に同意して入社している。つまり、自分の決断の結果、その会社にいるのだ。

「今その会社にいることに文句を言っているのは、自分自身に文句を言っているのと同じ。今の自分は過去の自分の決断の積み重ねでしかないので、今を否定的に考えるのは、自己否定しているのと同じなんです。だから、過去の自分も含め自分自身を認めることから始めないと、思い通りにいきません」

千葉さん自身、過去に「こんな風になりたい」という理想を描いて、それを実現するためにどうすればいいかを徹底的に考え、実践してきたから今の自分があると考えている。自社の新入社員にも、「起こった問題を他人のせいにすれば、一瞬でその問題から解放される。でも、それでは一生成長できない」と伝えている千葉さん。

「『こんなはずじゃなかった』と言う人がいますが、それ自体が勘違い。『そんなはず』だったんですよ(笑)」

他人や会社のせいにしない考え方を持つと、自分が成長するしかなくなる。会社が成長するのは、社員の成長があってこそ。会社が成長するから社員が成長するということはない。だから、社員の成長を促すような仕組みができていない会社は成長できないと千葉さんは考えている。

しかし、ずっと他責だった人が、いきなり「自分に原因がある」と考えられるようにはならないだろう。千葉さんも「正直なところ、全社員がそう考えられているかといったら、まだまだな部分はある」としながらも、大切なのは「トップが言い続けること」だと断言する。

「私自身が一番の見本として、この考え方が浸透しきっていないのは、会社の仕組みができていないからだと伝えています。社員のせいにするのではなく、その仕組みをみんなで一緒に作っていこう。そういった姿を見せること、伝え続けることが、私の役割だと思うんです」

また、仕組みができていないということを、まずはマネジメント層が認識することも非常に重要だと千葉さんは言う。たとえば「部下の○○は仕事できないな」と言うマネジメント層がいるとする。しかし、その部下を採用したのは会社だ。会社の判断に従えないのであれば、自分が辞めればいい。マネジメントする立場の人間が、そんな言葉を使っても何もいいことはないというのが千葉さんの考えだ。

真似されたときに差別化できるブルーオーシャン戦略

地元である岩手県一関に1店舗目となる「丑舎 格之進」をオープンしたのは1999年。夫婦で働いて、給料を取れるようになったのは2001年頃から。貯金100万円を残して全て店をオープンするのに使ってしまったため、約2年間はその100万円を切り崩しながら生活していた千葉さん。

「米と肉だけはあったから、生活費は月5万円以下。もちろん、貯金はどんどん減っていくし、お客さんは来ないし、怖かったですよ。とにかく必死でした」

どうすればいいかを徹底的に考えて、一度来てくれたお客さんに一生懸命尽すことに決めたという。なぜなら、リピーターが増えるようなことをしっかりやれば、客は増えていくと気づいたからだ。

今いるお客さんに、これ以上ないくらい満足してもらうためには何をすればいいのかを必死で考え、徐々にリピーターが増え始めた。特に東京から出張できた客からの評判が非常に高かったという。もともと東京に出店したいと思っていた千葉さんは、2007年、ついに東京1号店となる「格之進TOKYO」を練馬区桜台にオープン。

今の熟成方法にたどり着いたのも、ちょうど同じ頃だ。客が少ないため余った肉がいつの間にか熟成され、「すぐに食べるのではなく、熟成させると何で美味しいんだろう?」と意識し始めたのが2002年。当時はまだ設備的に1ヶ月熟成はできなかったため、今のスタイルである「枯らし熟成」を1週間〜10日、真空パックによる追い熟成を3週間でやっていた。その比率をどんどん変えて、最適化するまで約5年、熟成肉ブームのずっと前から、千葉さんは熟成肉について研究をしていたことになる。

「本来であれば肉は5〜10kgずつ仕入れたほうがいいんですよね。1頭300kgも仕入れたら肉は減りません。でも、そのデメリットをメリットに切り替えようと思ったんです。『じゃあ、どうすればいいんだ?』と徹底的に考え抜きました」

熟成肉というのは、そもそも熟成させることで自己消化酵素がタンパク質を分解し、柔らかくなって旨味が増えるのが特徴だ。もちろん、熟成香もついてくるが、あくまでオマケ。大切なのは柔らかさと甘みだと千葉さんは語る。

枯らし熟成とドライエイジングの違いは、「自由水」の比率。自由水というのは、細胞を出たり入ったりする水分のことを指す。ドライエイジングはこの比率が低いため凝縮感がある。

「ドライエイジングがダメだとは全く思っていませんが、部位を選びます。本場ニューヨークでは、『ロイン系』と呼ばれるヒレ・リブロースサーロインを骨に付いている状態のままドライエイジングするのが一般的。いわゆるTボーンやLボーンステーキですね」

東京1号店オープン当時に提供していたのが、赤身の厚切り肉。当時どこの店もやっていなかった厚い肉を出すことにした理由は、他の店ではできないと考えたからだという。

「他の店は熟成させておらず、肉が柔らかくなっていません。それをカットすると固くなってしまうんです。もし他の店が真似したら、絶対に違いが出ると確信したから始めたんです」

実際に赤身の厚切り肉は他店で真似されたが、結果的に「格之進の味と全然違う」という声が聴こえてくるようになった。まさに作戦通りだ。一般的に焼肉屋では、肉の筋を切って柔らかくするため「ジャガード」という器具を使うことが多いが、ジャガードを使うとドリップ(肉汁)が出てしまう。しかし格之進の熟成肉はジャガードを使う必要がないくらい柔らかいため、食べるまで肉汁が外に逃げないため、ジューシーになる。

名物の「塊焼き」を真似している店舗も多いが、格之進の味は出ない。塊肉の形状は、あくまで格之進の熟成方法を最大に活かすためのものなので、熟成させていない肉で真似をしても、水っぽくて全然美味しくないのだという。熟成手法も違うため、ドライエイジングした熟成肉で同じことをやっても、やはり格之進のような味を出すことはできない。

千葉さんは『ブルーオーシャン戦略』という本が出版された当時から、ずっとその手法を勉強してきた。飲食店であれば形は絶対に真似されてしまう。それならば、真似されたときに差が出る方法は何か? と考えてきたのだ。

「どうやったら違いが出るか? どうやったら格之進独自のものができるか? を考え、お客さんに喜んでもらうため、視覚的にインパクトのあるサイズにしたのが赤身の厚切りや塊肉。逆算して組み立てているので、たまたまラッキーで当たったわけではありません。常に“食べたときに、他と比べて違いが出るか”を意識してやっているんです」

仕入れ額10億円を目標に、ハンバーグ工場をオープンへ

格之進は2017年11月に「格之進肉学校 六本木分校」を、2018年3月に「格之進ハンバーグ」をオープンし、出店を加速させている。

2018年4月からは本格的に本社を移転し、ハンバーグ工場も稼働を始める。ハンバーグ工場ができることによって生産量が増えるのはもちろんだが、焼成ハンバーグを提供できるようになるのが大きいという。

これまで格之進では生のハンバーグのみを販売していたが、実は生(冷凍)ハンバーグと焼成ハンバーグの市場規模は、約100倍も違うと言われている。実際、スーパーに行くと生のハンバーグはほとんど置いておらず、焼成ハンバーグのほうが圧倒的に多く棚に並んでいる。

これらの背景には、格之進が売上目標ではなく「仕入れ目標」を置いていることがある。格之進は今、2020年までに年商30億円を目指している。岩手から10億円の仕入れをしたいからだ。店舗や卸先を増やすのは、その分たくさんの生産物をダイレクトにサポートできるからだという。仕入れ目標10億円を目指すためには、30億円の売上が必要。あくまで「仕入れ目標」が先にある。

ハンバーグ工場と連動して、「格之進ハンバーグ」の出店を加速させ、50店舗を目指したいと目を輝かせて語る千葉さん。

「例えば、1店舗で1日平均200食出るとなると、200食×50店舗=1万個。1万個×365日=365万個のハンバーグが必要になります。だからハンバーグ工場を作ったんです。

強めに見て1店舗の年間売上が1億円だとすると、50店舗になれば『格之進ハンバーグ』だけで50億円の売上が立ちます。他の店舗と合わせて100億円の売上ができれば、岩手から30億円の仕入れができるようになるんです」

生産者を支援しつつ、もちろん客によるファンマーケティングを非常に大切にしている千葉さん。「格之進は食材が美味しい」「格之進のハンバーグが好き」と言ってくれる人に、岩手の本社となる「格之進肉学校 本校」を訪れてほしいのだという。

「岩手の素晴らしさを伝え、みなさんが食べてくれたおかげで生産者たちが喜んで、頑張って作ります。だから、みなさんの子どもや孫の世代まで、この食べ物を残すことができます。そうして、お客さんも生産者も一緒に“日本の食と農の未来をデザインする”というのが、私たちのコンセプトなんです」

生産者の一方的な押し付けではなく、消費者と交流することで消費者が最高に喜んでくれることと、生産者が作りたいものが上手く交わるのが理想だ。

千葉さんをはじめ格之進の社員みんなが、単に値段を安く仕入れて、他よりも高く売るという考え方ではなく、「Community Supported Agriculture(CSA)」というコミュニティがサポートする農業を、格之進の客と共にやっていきたいと考えている。

その考えが浸透しているからか、格之進では他の店より客との交流が深い印象を受ける。「1回来てくれたらOK」ではなく、ファンになってもらい一緒に食と農の未来を作っていきたい――「肉おじさん」は今日もトレードマークの丸縁メガネをかけ、ニコニコとした笑顔で理想を描き、その実現のために国内外を飛び回っている。 文・筒井智子 写真・まるいくにお

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