「どうして私が産んだ子ではないんだろう」8年ぶりの母娘の再会と2人の母親の間で語られたこと ~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~
子どもたちの人生に思う、長い年月と後悔
春が過ぎ、今年も葵祭がやってきました。源氏は紫の上とともに祭りに参加。花散里や明石の上も誘ったのですが、彼女たちは紫の上のオマケ程度になるだけだと思って同行を避けています。
祭りの花形、勅使を務めるのは柏木です。いつかの自分もああやって威儀を正して行進したが、その時に正妻側が愛人の車をぶち壊す修羅場が繰り広げられていたとはつゆ知らず。忘れがたい事件だけに、源氏の話はどうしてもそちらへ向かいます。
「思い上がりが招いた辛い事件だった。結局、葵上は六条御息所の恨みを受けたように亡くなった。……しかし今はどうだろう。
かの六条の御娘、秋好中宮は国母となり、葵上の産んだ夕霧は何とか一人前になった程度。子どもたちの人生は全く逆転してしまった。本当に、人生とはわからないものだね。
私ももう39だ。生きている限りは思うように過ごしたいものだが、この世は無常。私もいつまでも元気ではないだろうし、もしものことがあったらと気がかりだよ……」。
事件の残した傷は深く、今も生々しく思い出されますが、彼も来年は40歳。「人生は予測できないもの」という実感とともに、老後や死後の心配が悩みごとの中心に変わろうとしています。
新婚さんなのに?忘れられないあの娘にアプローチ!
今日の葵祭には、惟光の娘の藤典侍も使者として選ばれていました。五節の舞姫に選ばれた時、夕霧が覗き見して思わず声をかけたあの娘です。彼女も今は優秀な女官として活躍中です。
その後、2人の関係は密かに続いていたのですが、身分を考えると正式な結婚相手にはなれません。仕方ないこととは言え、彼女は雲居雁との結婚には内心穏やかではいられませんでした。そりゃそうだ。
雲居雁が少女漫画のヒロインなら、藤典侍はヒロインのハッピーエンドを聞いて陰で密かにガッカリしてる健気な美少女ってところでしょうか。同情票でファンが付きそうな感じ。
藤典侍が牛車に乗り込んで出発しようとしていた時、夕霧からの手紙が届きます。葵の葉が添えてあり「この葉は何という名だったか、すっかり思い出せなくなってしまった」。“葵=逢う日”で、最後にあったのはいつだっけね、と。
自分の事を思い出してくれたは嬉しいけど、とにかく今はタイミングが悪い! それでも彼女は返してくれ、夕霧も「これきりで終わるのはもったいないな」と……。「彼女との関係は今後も続いていくだろう」と語られています。……君、新婚さんだろ?
ヒロインと結ばれつつもサブの美少女もキープしておくのが一夫多妻制。父親世代のハーレムライフに比べると、当時としては「真面目」「一途」と言われる夕霧ですが、現代だったらこれだけでもゲスいって言われそうです。
「ぜひこの機会に」8年ぶりの母娘の再会、実現へ
葵祭が終わった後は、いよいよちい姫の後宮入り。入内の際は母親が付き添うのが慣例です。「この機会に、明石の上を付き添わせようか」と、源氏は考えています。
実は紫の上も全く同じ考えで、自分から源氏に切り出します。「ぜひこの機会に明石の上を。姫の女房たちは若くて気が利かないし、乳母も限度があるでしょう。私の代わりにあの方が側に居てくださったら安心です」。
紫の上も「母娘を再会させてあげなくては。長い間辛い思いをしてきただろうし、姫ももう子供じゃない。私が2人の障害になり続けるのはつらい」と、育ての親としての責任を感じていました。
源氏は紫の上の英断に感謝し、早速明石の上に打ち明けます。母娘が別れて約8年。ついに念願叶う日が来たのです。立場上はあくまでも女房の一人として、姫に接することになりますが……。それでも明石の上は嬉しくて嬉しくてスイッチが入っていまい、気合を入れてあれこれ準備を始めます。
それを見て祖母の明石の尼君は不満そう。「自分だってちい姫がどんなに大きくなったか、ひと目見たいとずっと思っているのに!いつかお目にかかれるかしら」と嘆いています。うーん、気持ちはわかるけど、おばあちゃんまで宮中について行ったらダメでしょう。さすがに。
2人の母親の初顔合わせ!そこで語られたのは…
初日はまず、紫の上が姫に同伴します。大内裏では牛車はNGのため、高貴な方は許可を頂いて輦車(れんしゃ/てぐるま)という人力で引く車で移動しますが、身分の低い明石の上は女房として徒歩で従います。「歩くのはちっとも構わないけれど、私のような生母がいると姫の負い目になりはしないか」。本当は堂々と付き添いたいでしょうが、辛いです。
紫の上は手塩にかけて育てた姫が本当に可愛くてたまりません。一方で、やはり生母の手に返すのは寂しく「どうして私が産んだ子ではないんだろう」とも。源氏や夕霧も「本当に紫の上の実子でないのだけが惜しい」。それぞれ胸の内は複雑です。
こうしてちい姫は皇太子の後宮に入り、『明石女御』を呼ばれるようになります。紫の上は3日間を宮中で過ごした後、六条院へ帰ることに。入れ替わりに明石の上と初めて顔を合わせました。
まず口火を切ったのは紫の上。「姫がこうして成長した年月を思えば、私達にはよそよそしい挨拶などは必要ありませんね」と優しく言います。
初めて会う明石の上に、紫の上は目を見張る思いです。源氏が彼女の名前を出すたび、平静ではいられなかったけれど「なるほど、殿が特別扱いなさるはずだ」と納得がいきます。百聞は一見にしかずとはよく言ったものです。
明石の上も紫の上の存在感に圧倒されていました。「なんと魅力的で美しい方なのだろう。殿がこの方を誰よりも大切になさるのは当然だわ。こんな方と張り合ってきた自分は大健闘だった!」と。
「やるじゃん、自分!」と自負する一方、行きも帰りも輦車で移動する紫の上を見ると、徒歩でしか付き添えない自分の身分の低さが身にしみます。こればっかりは、やるせない。
この対面がきっかけとなり、2人には不思議な友情が生まれます。見知らぬうちは妄想も手伝って、良くも悪くも思い込みがちだったのが、顔を合わせたことで「なるほどあっぱれ」と、互いを認め合う関係に変化。現代に負けず劣らず情報先行の当時ですが、改めてフェイス・トゥ・フェイスの効果のほどを感じます。
礼儀と感謝を忘れない…理想的な女の友情
お人形さんのように可愛く、源氏と紫の上の英才教育のおかげで中身も完璧な明石女御は、見事に皇太子のハートをゲット。既に入宮していたライバルの妃たちを差し置いて、彼女を特別扱いします。
このことをよく思わなかった人たちからは「身分の低い生母が付き添っているんですってよ」とけなすような発言も聞かれましたが、そこは明石の上。つまらぬ発言には動じず、女御の周辺を洗練されたサロンに仕立てあげていきます。
才能のある美しい女房たちに惹きつけられ、殿上人が集い、皇太子殿下も女御の元に来る……明石の上の仕事はこのサイクルを回していくための総合プロデューサーというところ。もともとセンスの良い人でしたが、ここでリーダーシップも発揮し、一気にその才能が日の目を見た感ありです。出来る人はなんでも出来るんだなあ。
紫の上も用のある時は顔を出し、明石の上との仲を深めていきます。それでも明石の上は馴れ馴れしい態度をとるようなことはなく、紫の上も彼女を軽視するような所は一つもありません。お互いに礼儀と感謝を忘れない、もう、文句なしに理想的ないい関係。
それもこれも、この2人が賢く理解力のある、カッコイイ女性たちだったから実現できたことでしょう。なんだか一流アスリート同士のリスペクトと友情を見たときのような爽やかさで、濃くてドロドロしがちな物語の中でも強く印象に残ります。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか
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