星に囲まれた静寂のなかで、捨ててきたはずの人生を思う
広く冷たく索莫とした世界に残された小さな生の物語。
終末はあっけなく訪れた。どうやらこの地球に生きている者はほかにいないらしい。しかし、確実なことはなにもわからない。
なにしろ、主人公たちはもともと孤立していたからだ。外部とは通信でつながるだけだったが、その通信が途切れてしまった。
舞台となるのは極北の地と宇宙空間で、それぞれ一人の主人公の目を通してストーリーが進む。
ひとりめは、北極圏の天文台で隠者のように、ひたすら宇宙を観察して生きる老天文学者オーガスティン。もともとこの施設では何人もが働いていたのだが、彼を残して全員が引きあげた。戦争の噂がささやかれるなか、軍の輸送機が迎えにきたのだ。オーガスティンだけが自分の意志でここに残った。もう帰れなくなるだろうと警告されたのだが、それでいいと覚悟をして。彼は研究で成果をあげることだけを望んで、これまで世界各地の研究施設を転々としてきた。人間関係にはまったく興味がない。恋した女性はいたが、それは遠い過去のことだ。もう、ここで最期を迎えても悔いはない。
しかし、ほかに誰もいないはずの天文台に、幼い少女アイリスがあらわれる。誰かの家族で、引き上げのときに手違いで取り残されてしまったのだろうか? しかし、オーガスティンが何を訊ねても、アイリスから答は返ってこない。知恵が足りないわけではない。アイリスは身のまわりのことは支障なくでき、オーガスティンが熱を出して寝込んだときは看病をしてくれたのだ。
アイリスという存在の謎は、この作品を貫いて響きつづける。
もうひとりの主人公は、人類初の木星探査船〈アイテル〉の乗組員サリー。彼女は、この宇宙計画に参加するために大きな犠牲を払っていた。夫と幼い娘との生活を捨てたのだ。地球にぶじ帰還できたとしても、もう家族の絆は結び直せないだろう。しかし、やましさは感じなかった。もう一度あのときに戻ったとしても、同じ選択をしたに決まっている。〈アイテル〉は、地球の全周をカバーする三つの通信施設からなる深宇宙通信網とつながっているが、どの施設とも交信できない状態がつづいていた。
〈アイテル〉にはサリーも含めて六人のメンバーが乗っており、そのあいだで議論をしても地球に何が起こったのか、納得できる仮説が立たない。核戦争や小惑星の衝突ならば〈アイテル〉に居てもわかったはずだし、世界規模の伝染病の流行だとしても、ある日いきなり全人類が死に絶えるなんてことはありえない。彼らは地球へ帰還する途につくが、しだいに不安と無力感が募り、乗員同士の関係もぎくしゃくしていく。
天文台のオーガスティン、宇宙船のサリー。どちらも沈黙してしまった地球に対して、何ができるわけでもない。物語もしばらくのあいだ、大きな動きはない。彼らはもっぱら自分の来しかたを振り返る。宇宙を夢見るようになった幼いころの経緯。家族のなかでの疎外感や、周囲との違和感。望むキャリアを進むうえので努力と摩擦、それにともなう人間関係の煩わしさ。憧れを実現させるために孤独を選んだ分岐点。ありえたかもしれない、別な人生……。
物語の中盤で、大きな動きがある。
オーガスティンは天文台を後にして、アイリスとふたりで、強力な通信装置のある場所まで旅をしようと決心する。より感度の高い装置ならば地球のどこかに残っている生存者とコンタクトが取れるかも知れない。しかし、スノーモービルがあるといっても、踏破できる保証のない、賭けのような旅になる。
サリーの乗った〈アイテル〉は、乗員の不注意でアンテナを失ってしまう。船内にある部品を組み合わせて新しいアンテナはつくれそうだ。しかし、取りつけるには船外作業が必要となり、リスクは避けられない。
オーガスティンはもともと天文台を終(つい)の住処にするつもりだった。サリーは木星探査で命を落としてもかまわない覚悟があった。しかし、地球が終末を迎えたいま、彼らはどうにか生きつづけ、ほかの生存者を見つけようとする。あるいは、生存者はいないかもしれない。それでも、誰もいなくなった地球を、わが目で見届けたい。彼らはそう望んでいるのだろう。
オーガスティンもサリーも、いわば宇宙に魅せられた者たちだ。それがこうして地球のことを考えている。いや、宇宙に魅せられた彼らだからこそ、だろうか。そして、あとに捨ててきたはずの日常的な人生、もう取り戻しようもない時間に思いを馳せるのもまた、遠く離れたところから地球を眺めるのと同じ、不思議な心の動きなのかもしれない。
(牧眞司)
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