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永遠のロングセラーはどう生まれたか。みすず書房と『夜と霧』の60年

「言語を絶する感動」と謳われる本がある。

その本は、第二次世界大戦が終わって間もない1946年にオーストリアのウィーンで出版され、日本では1956年に日本語翻訳版が出版された。

原題は“Ein Psychologe erlebt das Konzentrationslager”。

――直訳すると「一人の心理学者が強制収容所を体験する」。

その本は、2012年の時点で、世界で1000万部を超えるベストセラーとなっている。

日本語翻訳版のタイトルは『夜と霧』

出版元は人文・哲学書を中心に扱う、みすず書房だ。

1956年の刊行以来、60年以上にわたり読み継がれてきた『夜と霧』は、2002年に新訳版が出版され、リニューアルが加えられた。また、2017年にはオーディオブック版が「FeBe!」にて配信開始している。

みすず書房と『夜と霧』をめぐる60年という時間は、どのようなものだったのか。

新版の発行に深く関わった、みすず書房代表取締役社長の守田省吾氏は、この作品について次のように語る。

「『夜と霧』は非常に不思議な本なんです。というのも普通、どんなにロングセラーと言われても、出版されてからしばらくすれば売れなくなっていきます。本にはやはり賞味期限というものがあります。

でも、『夜と霧』はコンスタントに読まれ続けている。テレビやマスコミで取り上げられたりもするので、その影響もあるのでしょうけど、むしろ最近は読者が増えています。必ず時代の節目で話題になって、読者が広まるんです。

このような本は珍しい。みすず書房でも例外です。目を覆いたくなるような資料がついた旧版も、新訳で出版した新版も、両方合わせてみすず書房を支えてきたといえます」


(写真=みすず書房・守田省吾氏 提供・みすず書房)

なぜ、『夜と霧』は日本人の心に深く刺さり、私たちに勇気を与え続けてきたのだろうか。

それには本書の成り立ちから説明する必要があるだろう。

■1956年、センセーショナルな広告とともに日本語版刊行

『夜と霧』の原書は前述の通り1946年、オーストリアのウィーンで出版された。

著者はヴィクトール・フランクルというユダヤ人精神科医で、1942年から1945年までドイツ軍によって強制収容所に収容されていた。

その際の経験をもとに書かれたのがこの本である。

「一心理学者の強制収容所体験」というタイトルに少しその雰囲気を漂わせているが、フランクル自体は本書をあくまで「一心理学者」の体験として出版したいと考えていたようだ。

実際、1946年に出版された原書初版の表紙には、著者名が書かれていない。表紙をめくり、その次のページにフランクルの名前が登場する。

また、出版後の注目度は高くなかった。

『夜と霧』を追いかけた河原理子氏のノンフィクション『フランクル「夜と霧」への旅』(朝日文庫)によれば、売れずに2刷で絶版扱いになっていたという。

世界的ベストセラーの第一歩は実は「日本でのヒット」である。

1956年、みすず書房から『夜と霧』というタイトルで出版された本書は、新聞の書評などを中心に絶賛を浴びた。また、みすず書房のセンセーショナルな文句による書籍広告も功を奏したと、守田氏は語る。

「当時の資料を見ると、遠藤周作なんかは『フランクルの意図と本の作りが違うのではないか』というまっとうな指摘をしていますが(笑)、多くの書評においてこの本は受け入れられました。

みすず書房が出した新聞広告を見ると、『ナチの強制収容所に一家ひとくるみ囚えられ、両親妻子ことごとくガスかまどで殺されつつ…』とセンセーショナルに書かれているんだけど、当時彼に子どもはいなかったし、両親がガス室で…というのも嘘でね。当時はこういう衝撃的な文句で広告を出していたんです」

しかし、どうしてオーストリアで絶版になっていた本が、出版から約10年後に日本で発行されることになったのだろうか。

そこに尽力したのが旧版の翻訳者であった臨床心理学者の霜山徳爾氏であった。

『フランクル「夜と霧」への旅』によれば、霜山氏は西ドイツ留学中の1953年にこの本をたまたま見つけ、深い感銘を受けてウィーンのフランクルを訪ねた、とある。

そして河原氏は「霜山は、単に『夜と霧』の最初の翻訳者というより、彼こそが、この本をみつけて日本に伝えた人なのだ」(『フランクル「夜と霧」への旅』p.41より引用)とつづっている。

当時は「アウシュヴィッツ」も「ホロコースト」も一部の人間しか知らないような時代であったが、霜山氏は帰国後、翻訳書をみすず書房に持ち込むと、当時の編集長だった小尾俊人氏が衝撃を受け、「この事実を世に送り出そう」ということから出版に至ったという。

旧版『夜と霧』の冒頭にある「出版者の序」には次のように書かれている。

我々がこの編集に当って痛切だったのは、かかる悲惨を知る必要があるのだろうか? という問いである。しかし事態の客観的理解への要請が、これに答えた。自己反省を持つ人にあたっては「知ることは超えることである」ということを信じたい。そして、ふたたびかかる悲劇への道を、我々の日常の政治的決意の表現によって、閉ざさねばならないと思う。 (『夜と霧』p.2-3より引用)

■『夜と霧』は告発する本ではない。「読者が正しく読み、イメージを変えていった」

「出版者の序」に書かれている「知ることは超えることである」という言葉は、『夜と霧』という本が、強制収容所やホロコーストを「告発する」側面を持っていることを暗に示している。

しかし、そうした出版社の意図とは裏腹に、『夜と霧』は思わぬ読まれ方をされることになる。

守田氏は次のように話す。

「みすず書房は1000万人を虐殺した大殺人工場の実態というようなセンセーショナルな広告で出したし、最初はそういう形で受け止められたようです。でも、今はまったく違う、人生論の本として読まれているように思います。それは読者自身が本のイメージを変えていったのです」

読者が本のイメージを変えていった――。

そのヒントが『フランクル「夜と霧」への旅』の中にある。

河原氏は本の中で、詩人・石原吉郎氏の「告発しない」という言葉をあげている。石原氏自身はシベリア拘留を経験しており、フランクルの『夜と霧』が自身の体験を問いなおしていくのに大きな影響を受けたようだ。

この「告発しない」という言葉に対して守田氏はこう解釈する。

「石原吉郎さんは『告発しない』と評されていますが、ナチスがどれほど酷いことをしたかということは、この本の主題ではありません。『人間とは何か』『生きる意味とは何か』というフランクルの主題を読者が自分なりに受け止め、『夜と霧』の正しい姿を広げてきたと思うのです」

実際、フランクルも『夜と霧』が現代史のドキュメントとして読まれていることに困っていたようだ。

『フランクル「夜と霧」への旅』には1990年代にフランクル側から「アウシュヴィッツ告発本のようなつくりは、著者の言いたいことと違う」という意向が伝えられていたとつづられている。

1977年にはフランクル自身が改訂を行った原書の新版が母国で出版されたが、『新版 夜と霧』の翻訳者・池田香代子氏のあとがきによれば、かなりの旧版と新版でかなり異同があったようだ。

時代が進むことで変化することもある。

「アウシュヴィッツ」や「ホロコースト」の事実が広く知れ渡った時代だからこそ、変えるべき表現が存在していた。

ちなみに、日本語翻訳版の『新版 夜と霧』が出版されたのは、フランクルの改訂から25年後の2002年だった。守田氏はその中心人物であったが、当時を振り返り「旧版から新版へのバトンタッチ」を考えていたという。

「21世紀になり、新版へのバトンタッチは考えていました。でも、(旧版の翻訳者である)霜山さんのところに新版の翻訳を持っていく直前に、『旧版、新版の両軸で行こう』と考え直したのです」

現在、書店に並ぶのは新版がメインとなってはいるものの、解説や資料がついている旧版の方が好きという読者もいるという。

でも、旧版と新版いずれも、フランクルの普遍的なメッセージを受け取ることができるはずだ。

■『夜と霧』ベストセラーの原点はタイトルにあり?

最後に書籍タイトルについて触れておきたい。

守田氏が明かしたタイトルの「秘密」から本書がベストセラーとなった道筋が見えてくるからだ。

「世界的なベストセラーといわれていますが、実はメインで売れているのは日本とアメリカです。ドイツでもある程度読まれているけれど、やはり日本語版と英語版。そして共通しているのがタイトルです」

英語版のタイトルははじめ、“From Death-Camp to Existentialism”、直訳すると「死のキャンプから実存主義へ」というものだった。しかしさっぱり売れなかったようだと守田氏は語る。

「そこから“Man’s Search For Meaning”(生きる意味を探す)というタイトルに変わったところ、アメリカでベストセラーになった。フランス語版はこの英語版のタイトルをフランス語に訳して付けています。

日本語訳の『夜と霧』も、フランクルが付けたタイトルとは違います。しかし、これが非常に売れた」

もちろん、「ベストセラーになったのはタイトルを変えたから」という単純な話ではないが、その要素もおそらく一つ入っているのではないだろうか。

ちなみに日本語版タイトルの『夜と霧』の由来は、1955年にフランス人映画監督アラン・レネが撮影した同名の短編ドキュメンタリー映画にある。

この映画は、ナチスによるアウシュヴィッツ強制収容所におけるホロコーストを記録するドキュメンタリー映画で、フランクルの本とは全く内容が異なる。しかし、残虐なシーンを含むこの映画は当時、日本において「輸入禁止」扱いされ、話題になっていた。

「みすず書房は、その話題に乗じてタイトルを“拝借した”ということです」と語るのは守田氏だ。

「もし、当時の編集長が『夜と霧』というタイトルをつけず、そして解説も資料も載せない作りにしていたら…今のみすず書房はどうなっていたか分からない。そのくらい影響力の大きな本です」

そんな『夜と霧』が日本で出版され、60年余り。新版への“リニューアル”やオーディオブック化を経て、多くの読者の心に、フランクルの言葉が刺さり続けている。

「『夜と霧』の読者カードの特徴は、感想をびっしりと書いてくる人が多いということです。おそらく、書かせる力があるのでしょう。それも老若男女もれなく、です。幅広い層の読者が返事をくれる。親子三世代で読んでくれている人もいます。この本をきっかけに、強固な家族関係を築いているという方々もいるかもしれませんね(笑)」

取材・文:金井元貴(新刊JP編集部)

【参考文献/資料】

『夜と霧――ドイツ強制収容所の体験記録』(V.E.フランクル著、霜山徳爾訳、みすず書房)

『夜と霧 新版』(V.E.フランクル著、池田香代子訳、みすず書房)

『フランクル『夜と霧』への旅』(河原理子著、朝日新聞出版)

『NHK「100分de名著」ブックス フランクル 夜と霧』(諸富祥彦著、NHK出版)

『それでも人生にイエスと言う』(V.E. フランクル著、山田邦男・松田美佳訳、春秋社)

(映画/Blu-ray)『夜と霧』アラン・レネ監督、IVC,Ltd.

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