執筆に26年かかった小説

執筆に26年かかった小説

出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』!

 第41回の今回は、26年間続いた連載小説『大帝の剣』(エンターブレイン/刊)を完結した夢枕獏さんです。

 時代小説でありSFでありアドベンチャーでもある本作は、おもしろいなら何でもアリのエンターテイメントの超大作。

 この物語がどのように立ちあがり、書き上げられたのか。

 夢枕さんにお話をうかがいました。今回は中編をお送りします。

■『西遊記』のような物語を目指して

―宮本武蔵や佐々木小次郎、天草四郎など、実在した人物と創作したキャラクターが共存しているのもこの作品の特徴です。実在していた人物の造形などはどのようにして行いましたか?

夢枕「宮本武蔵に関していえば、坂口安吾の『日本文化私観』という本に書かれた武蔵と、梶原一騎の『斬殺者』の武蔵、吉川英治の『宮本武蔵』の中の武蔵、あとは僕のなかの“こういう人間であってほしい”という願望もあります。この4つの武蔵が合体したのが『大帝の剣』の宮本武蔵ですね」

―宮本武蔵に関してはイメージとぴったりでしたが、天草四郎は私が持っていたイメージとは少し違う印象を受けました。

夢枕「橋幸夫さんの『南海の美少年』という曲に、“天草四郎美少年”っていう歌詞があるんですよ。だから、僕の中では天草四郎っていうと美形で妖しい伴天連の妖術を使うっていうイメージでしたね。天草四郎は山田風太郎の『忍法帖シリーズ』にも出てきますよね」

―本作には魅力的なキャラクターが数多く登場しますが、なんといっても万源九郎の存在感が際立っています。彼の人物造形をした際にイメージした人はいますか?

夢枕「源九郎はね、武蔵のなかの陽気な部分をもっと極端にした感じです。宮本武蔵と万源九郎のキャラクターは少し似ているんですけど、武蔵の方はもっとまじめで堅物。たとえば、梶原一騎が描いた武蔵は女が寄ってこないようにわざと魚の内臓を擦り込んだ臭い服を着て旅をしているんですけど、そういうことをしないのが源九郎ですね」

―この作品は執筆に26年かかったという超大作です。これだけの作品となると執筆中に苦心した点も多いかと思いますが、一番書くのに苦しんだ箇所はどの場面でしたか?

夢枕「苦しんだのは終わらせようと思ってからですね。2005年から『週刊ファミ通』で<天魔望郷編>の連載を始めたのですが、これは基本的には終わらせるための連載だったので、そこからですね。

僕のイメージでは、シルクロードでヒロインである蘭を逃がし、タクラマカン砂漠の真ん中にある宇宙船まで行くという、『西遊記』ばりの話にしようと思っていました。

三蔵法師の代わりに蘭を置いて、それを化け物がつけ狙うのを、孫悟空役の源九郎が倒していくというイメージでいたんですが、これは死ぬまでに終わらないな、と。そう思った時から苦労が始まったんですよね。

終わらせるっていうこと自体この作品にとってどうなのよ!?というのが未だにありますし、どこまでもシルクロードを目指して、僕が死んだら終わりっていうスタイルもありだったのかなとも思います」

―同時に、実に楽しそうに書かれた小説だとも感じました。この作品で最も書きたかった場面はどの場面でしたか?

夢枕「“気”と呼ばれるものって今ではお馴染みの概念なんですけど、この作品を書き始めた当時はあまり使われていなかったんです。

ただ、マンガの中でこれはすごいと思ったのが、小島剛夕の『半蔵の門』のなかで、老人と正体のわからない何者かが戦うシーン。小屋の中にいて、外にいる誰かが動いていく気配だとかが実によくわかるんです。そういうのを書こうとしたのが、源九郎が小屋の中にいる時に外から誰かが迫ってくる場面です。コオロギが鳴き止んだな、とか屋根の上に誰かが乗ったな、という描写があるんですけど、あのあたりはかなり燃えて書きましたね」

―確かに、忍者同士の戦いの場面には、互いの気配の察し合うすばらしい描写がありました。

夢枕「ええ。後半の方でいうと、蟇翁が申を追いかける場面なども燃えました。どういう風に追いかけて、どういう風に逃げるかという描写ですね。

追われているのはわかっているんだけど相手が見えないとか、見えざる敵の気配をどう感じているかというのはかなりしつこく書きました」

―完成した時の感想はどのようなものだったのでしょうか。

夢枕「山を登り終えた時の感じかな。ようやく頂上に立ったという感じですかね。大仕事を終えた満足感はありました。

でも、この前Amazonを見たら星が1つでさ(笑)好き嫌いはあるにしてもそれはないだろって。文句をつけるわけじゃないんですけど、これは作者として“それは違うんじゃないの?”って思うわけですね。星1つっていうのは言ってみれば“0点”っていうことですから。点数は自由につけてもらってもちろんいいんですが、どう考えても星1つというのはねえ。僕は、本当に、この話、おもしろいと思ってますから。

発売されてから割と早い段階でレビューを書いてくれたというわけで、ずっと読んできてくれた読者の方だと思うんですよ。だから、作者としてはそこは感謝しつつも、複雑ですね。仮に、僕は自分で星1個だと思ったら、作者として絶対に本にはしませんから。作者は、どういう話であれ、星5つと思って書いてるわけですから」

第3回「とにかく、結末を見届けてほしい」

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元記事はこちら

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