「読者が楽しんでもらえる小説を書きたい」―池井戸潤さんインタビュー(2)
出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』! 第45回となる今回は、新刊『七つの会議』(日本経済新聞出版社/刊)が好評の池井戸潤さんです。
本作で池井戸さんが描いているのは、よくある大企業の子会社「東京建電」で起きた一件の不祥事に揺れる人間たちの姿。好成績を挙げていた営業課の課長が突然パワハラで社内委員会に訴えられた。一体何が起きたのか? 謎が膨らむ前半と、平社員から親会社の社長まで点が線で結ばれていきながら謎が解けていく後半。全8話から成る本作は、手に汗握る一冊になっています。
では、池井戸さんはこの物語にどのような想いを込めているのでしょうか? インタビューの中編をお送りいたします。
■ 「読者が楽しんでもらえる小説を書きたい」
―この物語の中で少し色が違うなと思ったのが、第3話の「コトブキ退社」でした。これは営業四課の事務である浜本優衣が、付き合っている彼氏との別れ――これもいわくつきの別れですが――それをきっかけに会社を辞めて脱サラをし、ドーナツの無人販売を始めようとするお話です。
池井戸さん(以下敬称略) 「これは、ちょっと変化球を入れてみたという感覚ですね。
この話がないと全体がギスギスしてしまったと思います。あと、実はもう一つ理由があって、ここで優衣が仕掛けたドーナツが、小説の後の方で人を計るバロメーターになるんです。
この手の会社では、事務職の女性社員は往々にして仕事をする目的を失いがちなんじゃないかなという気がしていたので、そういった人たちへのささやかな応援という気持ちで書いているところも大きいですね」
―なるほど。この小説を読み終えたとき、自分はちゃんと自分で正しいと思う働き方ができているかということを問いかけてられているような気になったのですが、池井戸さんがこの物語を通して描きたかったことはなんですか?
池井戸 「過失を隠ぺいする側の人もいれば暴こうとする人もいる。それはそうですが、正しいことをしろと言うつもりはありません。会社というのはいろんな人の集まりであり、自分にとって必ずしもベストな環境を与えてくれない場所ですよね。会社によってもお金のありなし、ポストのありなし、上司の理解力、自分の行動力、いろいろな問題があるわけですが、そうしたベストじゃない環境の中でも生きていかなきゃいけない、生きていこうとしている人たちを描いたつもりです。
特にこの小説に共感する人は、今、働いている職場や仕事の内容にあまり満足していなかったり、少し問題があるなと思っていたりする人だと思います。でも、ベストな環境を外に求めても実は意味はないと思っています。その中で、自分で考えて行動することが求められているわけで、ベストな環境というのは外からもらえるものではないんです。この物語に出てくる主人公たちの中には結果的に不祥事を隠ぺいしようとしたり、出世欲でのし上がろうとしたり、いろいろな人がいるけれど、自分に与えられた環境の中で考えて、なんらかの行動を取っている。それが、サラリーマンにとって必要なんじゃないかなと思います。だから、常に正しいことをしろとは思っていません」
―登場人物の中で、最も池井戸さんご自身が投影されている人物は誰ですか?
池井戸 「えーっとね、優衣ちゃんにアドバイスする女の子。桜子か。肝いりのキャラクターです(笑)。あとはいませんね。
みんな、僕の小説の作り方を誤解していて、自分の経験や自分の主張を込めて書いていると思っている人も多い。あとは、僕が中小企業の味方だと思っている人もたくさんいます。でも、自分の主張を物語に反映させようとは思っていないし、中小企業を応援する気持ちはあるけれど、それが大きなテーマではありません。
僕が書こうとしているのは人です。今作では、この『東京建電』という会社で働いている人たちのことですね。僕としてはこう読んで欲しいという希望は特にありません。
もちろん社会に対する問題意識を小説の大きなテーマにしている作家さんもいらっしゃいますが、僕は純粋なエンターテインメント作家なので、読者が楽しんでもらえる小説を書きたいと思っているだけです。
また、今回は、女性の方々にもぜひ読んで欲しいですね」
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