転職情報サイトの匿名の投稿者情報の開示を認めた高松地裁判決の問題
転職サイトの匿名投稿の発信者情報の開示の判決
今年8月に高松地裁で、転職情報サイトの匿名の投稿者の氏名・住所を開示させる判決があったそうです。その判決は裁判所ホームページ等で公開されておらず、私の方では判決文そのものを確認できていません。
いくつかの報道によると、この判決は、徳島市の会社が高松市のプロバイダに対して、転職情報サイトの「転職会議」の口コミ投稿の欄に「社長はワンマン」「管理職に全く管理能力はない」と投稿した匿名の投稿者の氏名住所を開示するよう求めた訴訟で、高松地裁が開示を命じたものということです。
この判決の前に、徳島市の会社は、「転職会議」の運営会社に対して、投稿者のIPアドレスを開示することを求める仮処分の申立を東京地裁に行って、その申立が認められて、高松市に本社のあるプロバイダを経由して投稿されたことが分かったということです。
高松地裁の判決の影響
この高松地裁の判決が出たことで匿名の投稿者の情報が開示されやすくなって、投稿そのものがしづらくなってしまうのではないかという危惧があるようです。結論としては、この高松地裁の判決は一般化されず、そんなに大きな影響はないように思います。
発信者情報を開示する手続の流れ
今回のように、会社の名誉を毀損するような投稿をされたと主張する場合の対応としては、まずは、投稿がされたサイトの運営者に対して、投稿者のIPアドレスの開示を求めます。
IPアドレスは、プロバイダと契約して割り当てられる識別番号です。サイト運営者は、投稿者の氏名等の情報は保有していなくても、投稿者のIPアドレスは取得しています。デタラメな氏名やメールアドレスを入力して会員登録していても、開示されたIPアドレスから接続プロバイダが分かります。
プロバイダは、インターネットへの接続サービスを提供する事業者です。 投稿者が投稿の際に接続したプロバイダに対して、投稿時にそのIPアドレスで接続していた人物の住所氏名の開示を求めることになります。 投稿者の氏名・住所が分かれば、損害賠償請求などを行います。
発信者情報の開示の要件
プロバイダ責任制限法(特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律)4条1項で、「権利侵害の明白性」と「発信者情報開示の正当理由」の二つが要件とされています。
権利侵害の明白性が要件とされていることから、投稿によって名誉が毀損されたとして発信者情報の開示を請求する人は、「名誉毀損の投稿の存在」と「名誉毀損の免責事由の不存在」の主張立証をすることになります。
名誉毀損とは、社会から受ける客観的評価である名誉を違法に侵害することをいいます。名誉毀損の免責事由は、その表現が、「公共の利害に関わる事実についてのもの(公共性)」であり、「もっぱら公益を図る目的(公益目的)」でされたもので、「表現の中で示された事実が真実だった場合(真実性)」は、違法性を欠くとされています。さらに、真実と証明されなくても「真実であると信じる相当な理由」がある場合は、不法行為の故意過失を欠くとされます。
発信者情報の開示を請求する人は、「真実であると信じる相当理由が無いこと」までは主張立証を求められません。「公共性、公益目的、真実性のどれかを欠くこと」については、開示請求する側で主張立証する必要があります。
高松地裁の判決の2つの問題点
高松地裁の判決は、「社長はワンマン」「管理職に全く管理能力はない」などという投稿について名誉毀損を認め、意見論評の前提となる事実が全く不明として、開示を認めたとのことです。
まず、匿名の投稿において「ワンマン」とか「管理職に管理能力がない」といったことで、その会社についての社会の客観的評価が低下するといえるのか、つまり名誉毀損が成立するような投稿だったのかという点で疑問です。
次に、開示請求する側の徳島市の会社が立証しなければならないはずの「公共性・公益目的・真実性のどれかがないこと」について、高松地裁判決はプロバイダ側に意見論評の前提となる事実の立証責任を負わせたのではないか、立証責任についての法律の解釈を誤ったのではないかという疑いがあります。
したがって、高松地裁判決は、本来であれば控訴審で取り消されるべき判決だったのではないかと思われます。
そうであれば、高松地裁判決は、プロバイダ責任制限法の解釈や運用にはあまり影響はないのではないかと考えられます。むしろ、そのような判決をメディアが切り取って騒ぐようなことになると、その方が投稿を萎縮させてしまうことになるのではないかと思います。
高松地裁で敗訴したプロバイダとしては、費用を掛けてまで控訴する必要はないと判断したのかもしれません。しかし、プロバイダはある程度は自社の契約者を守る立場にあるでしょうし、自由な言論空間を提供する事業に関わっている事業者としては控訴すべきだったのではと残念に思います。
(林 朋寛/弁護士)
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