「足が痛くてもう動けない!」まるで24時間マラソン?八方塞がりの中、徒歩オンリーの願掛け参りで姫が偶然であった相手~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~
頼みの綱がプー太郎、困った時の神頼み
やっとのことで九州を脱出し、念願の京入りを果たした一行。しかし、その後の予定は白紙です。ひとまず、昔の知人を探し当て、九条のあたりに住まいを確保。現在のJR京都駅には八条口がありますから、九条はそれより南側ですね。内裏に近い二条や三条と言った高級住宅街とは違い、九条はいわゆる下町で、物売りの声などが響くごちゃごちゃした界隈でした。
頼みの綱の豊後介は、働きたくても仕事がないプー太郎状態。日が経つにつれ、連れてきた家来たちは1人抜け2人抜け、どんどん離脱していきます。(あの時はそうするしかないと思ったけど、今となっては全く、考えなしに行動したもんだ)。かといって、今更どの面下げて九州へ帰れよう。一行は八方塞がりの日々を過ごします。
困り果てる息子を母の乳母が心配すると、豊後介は「俺のことはどうにでもなるから大丈夫。大夫の監なんかに姫様を渡したら後悔してもしきれなかったよ。それより、これから先どうすればいいか、神様や仏様に導いていただくのはどうだろう?」。
というわけで、一行はまず、九州で参詣していたのと同じ神様を祀る石清水八幡宮(京都府八幡市)へ。更に「次は、初瀬(長谷寺)にお参りしましょう。この観音様の霊験は中国にまで聞こえているとか。姫様は同じ日本の九州に暮らしていたのですから、きっとご利益がありますよ」。
こうして姫一行は、京都~奈良を南下して、長谷寺までの旅に出ることに。約50km超の道のりです。しかも願掛けなので、移動手段なしの徒歩オンリーという縛りつき。下女や警護の侍を含めても約10名ほどの、とてもこじんまりとした旅団でした。
まるで24時間マラソン?「足が痛くて動けない!」
願掛け参りの道のりは、姫にとっては大変な試練です。深窓のお姫様に至っては立って歩くことすら稀だったというこの時代、お姫様が自力で長距離を歩くというのはものすごいことだったに違いありません。物語の他の高貴な女性たちも誰もこんなことはしていないだけに、彼女の運命の数奇さや薄幸さが際立ちますね。
顔もわからぬ母を想いながら、姫は一心不乱に歩き続けました。(お母さま、お母さま。もう亡くなられていて、私のことをかわいそうだと思われるのなら、そちらへ呼んでください。もし生きていらっしゃるのなら、どうかお顔を見せて……)。
ところが旅の4日目、椿市(海石榴市とも。奈良県桜井市金屋付近)という所でついに足が限界に。もう歩くとも言えないような状態でここまできたものの、足の裏が腫れ上がって一歩も動けません。目指すお寺はもう目の前ですが……。なんだか24時間マラソンを見ている気分。
近くの宿に掛け合って、なんとか部屋で休ませてもらっていると、オーナーらしい男が「どうして勝手に客を泊めたんだ!今夜は大事なお客様がいらっしゃるのに。勝手なことをして」と怒っているのが聞こえます。
肩身が狭いが仕方ない……。一行が遠慮しながら部屋を使っていると、相部屋の客らしい一団がやってきました。主人は身分のありそうな女性で、女房から下男下女、イケメンの侍に馬まで連れています。姫一行に比べると相当立派なお客さんです。
オーナーはこの客にペコペコ頭を下げ、相部屋の件を謝りながら「どうかお泊り下さい」と懇願。結局、部屋に幕のようなものを張って、お互いに遠慮しながら過ごすことになりました。
もしかして生き別れたあの人たち?確認を阻む意外な問題
身分のありそうな相部屋の客とは、六条院に仕えるあの右近でした。旅慣れた右近もさすがに足が疲れて横になっていると、ふと、先客の声が聞こえます。
「これを姫様に差し上げて下さい。お膳や食器も揃いませんで、誠に申し訳ありませんが」。それを聞いて、右近はどうやら貴人を連れた一行らしい、とピンときます。注意してみると、給仕をしている顔に見覚えがあるような気が……。でも、男はずいぶん日に焼けて太っていて、すぐには思い出せません。
「三条、お呼びだよ」と男が呼ぶと、これまた太った女房が出ていきます。右近はハッとしました。(この人、知ってるわ!夕顔さまの女房の三条よ!それにきっと、この男は昔、兵藤太(豊後介の京時代の名)といった男だわ!!)
右近は(これって現実なの!?夢じゃないの?)とドキドキ。もし本当にそうなら、部屋の奥深く匿われているのは、行方不明の姫君に違いない。あれこれ迷った末、勇気を出して三条に直接確かめようと声をかけます。
ところが三条は、夢中になってご飯を食べていてなかなか来ない。気の逸る右近は一刻も早く真相を確かめたいのに、そんなことは知らない三条はもりもりご飯を食べている。仕方ないとは言え、なんだかコントみたいな場面です。
ようやく三条が近づいてきました。「人違いじゃありませんか。私はもう20年近くも九州に行っていたので、京に知り合いなどはおりません」。間近に見る三条は太ってダサい衣を来て、いかにも田舎のオバサンといった感じ。九州に行った面々はなぜかもれなく太ってますが、ご飯が美味しかったのかな?
右近も自分の年齢が思いやられますが、恥ずかしがってる場合じゃない。ヌッと顔を突き出し「ほらよく見て。私の顔、見覚えがない?」。三条は手を打って「まあ、あなたは右近さん!右近さんですね!ああ、なんて嬉しいんでしょう。今までどちらにいらしたの。奥様(夕顔)は?」
感激のあまり泣き出す三条をなだめながら、右近は乳母とも再会。部屋を仕切っていた幕も取っ払い、手を取り合って喜びます。そして、今更伝えるのも空しく辛いのですが、右近はようやく夕顔の死を伝えます。喜びの涙は一転、悲しみの涙に。まだまだ話したいことはたくさんあるのですが、そろそろお寺での勤行が始まる時間です。
右近は「ぜひ一緒に」と誘ったのですが、お互いの従者たちが不思議に思うだろうということで、とりあえず別行動を取り、まずは姫一行がお寺に向かいます。その中には、確かにひときわ可憐な後ろ姿が。その人がとても疲れた様子で必死に歩いていくのを、右近は切ない気持ちで見守りました。
長谷寺までは山坂を登らなければなりません。右近は楽々と坂を登り、お寺にたどり着きましたが、足の痛む姫にはまさに最後の難関。従者たちに励まされながら頑張って坂を登っていく様子、さながら24時間テレビの終了間際のようです。それでも何とか、姫もゴール!…しかしゴール後に待ち受けているのは会場の拍手や『サライ』ではなく、参詣客でぎゅうぎゅうに混み合ったお堂でした。
やっぱりスゴイ!太政大臣のコネに浴する右近
今のような多様な娯楽がなかった当時、霊験あらたかなお寺の勤行に参加するのは、人気イベントに出かけるような感じでしょうか。でも人気イベントには席取りがつきもの。右近は仏前に近い良い部屋をリザーブしていたのですが、ギリギリで入ってきた姫一行はそういった伝手もなく、一般客に混じって端っこの方にいます。
右近は気の毒に思って姫と女房と招きました。「私は一介の女房ですけど、今は源氏の大臣にお仕えしているので、誰も悪いようにはしないんです。地方では権威筋じゃないとわかると、タチの悪い輩が失礼な振る舞いをしたりもしますから」。やっぱりエライ人の女房だとこういう良いことがあるんですね。宿でも上客扱いされていたし、太政大臣のコネってスゴイなあ。
話を続けようとするとお坊さんの読経が始まります。右近は心のなかで拝みました。(観音様、長年の願いを叶えてくださり、本当にありがとうございました!今後は、源氏の大臣のもとで姫様がお幸せになりますように…)。
一方、三条は参詣者の中に大和守(奈良県)の奥方を見て、その派手な様子に感激。「観音様、どうか姫様を太宰大弐(大宰府の長官)の奥様に!そうでなければ、大和守の奥様に!それが実現しました暁には、篤く御礼申し上げます」。
右近は呆れて「まあ、本当に田舎者になってしまったのね!頭の中将様は今や内大臣なんですよ。その姫君が格下の、地方長官の奥様になってどうするのよ」。
三条は話を遮り「ああもう、お黙んなさい。右近さんは大弐の奥様が清水寺にお詣りした時を知らないから。帝の行幸だって、あんなにすごくはないでしょうよ。大臣だかなんだか知りませんがね、あなたこそ何も知らないで」。長いこと九州にいた三条は、地方長官の奥さんの豪華さが世界最高になってしまったらしい。人間、自分が見知ったことからしか、最高をイメージできませんからね!
姫一行はこの後、3日間お寺に滞在する予定でした。右近は六条院に帰るつもりでしたが、積もる話もしたいと日程を合わせます。僧侶にその手配を頼みながら「私ね、いつも藤原瑠璃君さまにってお経をお願いしているのですが、その方についにお会い出来ましたの。そのご願ほどきもお願いします」。
こんな会話を漏れ聞いて、姫一行は彼女の誠意に感動しました。やはりこの出会いは観音様の導きか。一晩の祈りのあと、右近はようやく姫と対面します。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
(執筆者: 相澤マイコ)
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