「彼女の代わりにあの子と……」別れたばかりでもうよそ見? 失恋の痛手が癒えぬ少年の前に今年一番の美少女が舞い降りた ~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~

今年一番可愛い子は誰だ!?平安時代の美少女コンテスト

現在の11月23日は勤労感謝の日ですが、この祭日の元になったのが『新嘗祭(にいなめさい)』です。現在も宮中祭祀として続いており、天皇は今年の収穫に感謝し、五穀豊穣を祈ります。

平安時代の新嘗祭には『五節(ごせち)の舞姫』が選出されました。上流貴族と、中下流貴族から各2名ずつ、自慢の美少女を奉ります。今で言うなら美少女コンテストのようなものでしょうか。美貌はもちろん、態度や礼儀作法なども含めて審査されます。とても名誉なことなので、選ばれた家は大喜びで準備をし、観る方も今年はどんな可愛い子が出てくるのかとワクワクするわけです。

今年は源氏のところから、美人と評判の惟光の娘が出ることになっていました。(ちなみに、須磨・明石で活躍した良清の娘は中下流枠として出場)。惟光は(大事な娘を人目に晒すのは…)と、あまり乗り気ではなかったのですが、周りに勧められて「女官にしていただけるのなら」と諦め、自宅で稽古などをさせた後、リハーサルのために二条院に送りました。

源氏は裁縫の得意な花散里に衣装を頼み、自らは五節に付き従う童女たちを入念にチェックして、万全を期しています。舞姫だけでなく、付き添いのスタッフたちも批評の対象になるので、衣装や立ち居振る舞いなども気が抜けません。

「あの子に似てる」控室の舞姫に突然のアタック!

勉強部屋に戻った夕霧は、失恋の痛手が響いて勉強にも身が入らない日々を送っていました。失恋だけでもつらいのに、彼女の乳母にすらバカにされましたからね……。でも今日は新嘗祭だし、五節の舞姫でも見たら気分が晴れるかと、部屋を出て来ました。

源氏は二条院内でも夕霧の行動を制限していて、特に紫の上の住まいには寄せ付けないようにしていました。でも、今日は皆バタバタしていて、紛れ込むのがカンタン。屏風を立てただけの控室に、舞姫がひとりでいるのを見つけました。疲れているのか、ちょっと苦しそうに寄りかかっています。

年は雲居雁と同じくらいですが、彼女よりも少し背が高くて、全体にすっきりした綺麗な子です。暗いので詳しくは見えませんが、雰囲気が雲居雁に似ている気がする。夕霧は出し抜けに「あの……前から好きでした」。源氏だとこういう時、同じ内容でももっと小洒落たことを言えるんでしょうが、これが夕霧くんの全力です。

彼女は突然若い男に話しかけられて驚き、気味悪いばかりです。まあ、そうでしょうね。そうこうするうち「さあ、メイクを直しましょうね」と付き人たちが入ってきたので、夕霧はしぶしぶ退散しました。残念!

リハも終わり、いよいよ本番。舞姫達が宮中に入る頃、夕霧も参内しました。いつもはあの浅葱色が嫌で行きたくないのですが、今日は祭日で服装自由。本人は最近ちょっとくらいですが、本来源氏にそっくりの美貌と真面目な性格で、帝をはじめ多くの人から可愛がられている人気者です。

夕霧はさっきの失敗を挽回すべく、また楽屋の方をウロウロ。でも二条院とは違い、宮中はかなりセキュリティが厳重。隙も見つけられず、ただため息をついてモジモジするばかり。上手くいかなかった分、想いが募った彼は(雲居雁に逢えない代わりに、あの子と一緒にいられたらいいな)と思うようになりました。

総評は「例年よりどの娘も大人っぽくて綺麗だが、やはり源氏のところの五節が一番素晴らしい」。更に今年は全員が女官として採用されることが事前に決まっており、皆さん即採用です。なお、1名については「実子ではない子を偽って差し出した」と問題になりましたが、結局この子も女官になれることに。このナアナアな感じ、平安時代もいい加減ゆるいですね。

華やかな舞台の裏に…憧れの舞姫たちの裏事情

源氏も若い日に、五節の舞姫に恋をしたことがありました。作中では手紙のやりとりのみで、たま~に登場する『五節』です。今回も、源氏はこの日に寄せて「いつかの舞姫だったあなたへ」と手紙を出します。アイドルに憧れるように、きっと多くの若い貴公子たちが五節の舞姫に想いを寄せたのでしょうね。

しかし、華やかな存在には苦労がつきもの。紫式部は日記に、五節のことを記しています。若い貴公子たちをはじめとした好奇の目、そこから飛んでくる「あの子が綺麗」「この子は田舎っぽい」などの露骨な批評。それらを浴びる舞姫と付き人たちの心中を察し、さまざまに思いを馳せています。

更に、舞姫の1人が体調不良で退出していくのを見て「まるで夢の中の出来事のよう」と同情。周囲の期待を一身に背負いながら、本番を前に無念の退場をしていく女の子を見て、お祭り気分ではいられなかったモヤモヤを綴っています。何かと当時の人の心を騒がせた、このイベントの様子がよくわかる記録です。

「もう一度彼女が見たい!」今度は弟筋から再アタック

五節たちはそのまま宮仕えをする予定でしたが、それぞれの親の思惑などもあり、日を改めることになりました。惟光の娘は典侍(ないしのすけ)に内定、惟光が藤原姓であることから『藤典侍(とうのないしのすけ)』と呼ばれます。

典侍は帝の秘書的な事務をする、有能な人が務めるポストです。ちなみに典侍の大先輩には恋のレジェンド、源典侍がいますが、彼女も遊び人以上に才色兼備で、当時の宮中の華でした(ずいぶん昔のことですが)。

夕霧は女官になってしまう前になんとかしたいと、惟光の息子に頼み込みました。源氏と惟光同様、息子たちも親しい主従関係です。「お姉さんを五節で見たんだけど、すごく綺麗だった。どうしてももう一度見たい。お前は姉弟だからいつでも会えていいね」

息子はあわてて「そんなわけないじゃないですか!親父は姉をすごく大事にしていて、男兄弟でさえろくに顔を見せてくれないんですよ!まして、若様をお引き合わせするなんて……」。娘に悪い虫がついてはいけないと、惟光は相当気を使ってるようです。

父のカミナリを恐れる息子に、夕霧は「じゃあ手紙だけでも」。手紙だって見つかったら大目玉なのですが、息子は夕霧が本気らしいのに同情して、家に帰って姉に手紙を見せました。

「我が家にもチャンス到来!」父・惟光の皮算用

手紙はきれいな緑色の薄様紙を何枚か重ねた、素敵なものでした。美貌の貴公子からとあって、彼女もさすがに嬉しそう。姉弟が見入っているところに、父の惟光がやってきました。「それは誰の手紙だ!」慌てて隠そうとするも時すでに遅し。「まったくけしからん!!」とカンカンです。

逃げる息子を捕まえて問いただすと「夕霧の若様がどうしてもって……」。それを聞いて惟光は一転「おお、夕霧さまか! 今から将来が楽しみな筆跡、可愛らしい恋文、やはりお前たちとはデキが違うなあ!」と、ニコニコしながら大絶賛。

惟光の内心は(夕霧さまは真面目な性格。ご自分から声をかけてくださったとなれば、将来もお見捨てにならないだろう。もうちょっとご出世されていたら、今すぐ娘を差し上げたいくらいだ。宮仕えよりも、夕霧さまの子が生まれてその子が美人だったら……俺も明石の入道みたいになれるかも!?)。

なるほど、源氏と共に明石へ行った惟光らしい野望です。夕霧なら悪い虫どころか、我が家が大貴族と姻戚関係になれる大チャンスじゃないか!と。惟光は夢が広がり1人で盛り上がっているのですが、奥さんをはじめ家族は全員宮仕えの準備で忙しく、誰もお父さんの皮算用には付き合ってくれないのでした。トホホ……。

夕霧も自身で(僕が六位でさえなかったら、惟光にお願いしてあの子と結婚させてもらうのにな)と思っています。一人前には程遠い六位がここでも足を引っ張り、夕霧の新しい恋は足踏み状態。雲居雁とあれだけロマンチックな別れをしたわりに、引き裂かれた後すぐのよそ見は、恋愛漫画につきもののライバル登場&主人公カップルの危機さながらでしょうか。夕霧も年頃ですし、寂しくて他の女の子に興味を持つあたり、かえってリアルです。

そして惟光に訪れた「明石の入道みたいになる」チャンスは決して夢物語ではなかったことが、終盤になってわかります。源氏の側で常に賢く立ち回ってきた彼らしく、この好機にピンときたのはさすがと言うべきでしょう。

簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/

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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか

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