シルバー民主主義は日本をどのように変えていくのか?

シルバー民主主義は日本をどのように変えていくのか?

シルバー民主主義とは?

少子高齢化の進展に伴い、選挙などを通じて高齢者の政治的影響力が過剰に強まる現象を指す言葉「シルバー民主主義」が、最近話題になることが増えています。シルバー民主主義の進展により、社会保障費が膨張し所得移転の不均衡さから世代間対立が深まるなど、現代日本が抱える諸問題の根源と見なされることが多く、さまざまな議論が行われています。

民主主義における政治的な意思表示は、選挙での投票によって行いますが、少子高齢化が進むことで、「有権者の中で60歳以上の高齢者の票が占める割合」が高まっています。その割合が、2010年の38%から2050年には過半数を超える52%になるという予測もあります。高齢者層の政治的影響力は、その人口構成比だけではなく、投票率の高さにより一層強まっていきます。

例えば、3年間隔で定期的に実施される参議院選挙での年代別投票率は、長年安定した傾向を示していますが、直近の実績値では、60歳代の投票率は68%で、20歳代の33%の倍以上になっています。この投票率を不変とすると、「投票者に占める60歳以上の割合」は、2010年の44%から2050年には57%に達する可能性があります。

こうした投票者の内訳が、政治家の政策提言に影響を与えます。なぜなら、政治家にとって、次の選挙に勝つことが何よりも重要なので、得票数を稼ぐためには、100年後の世代や選挙権を持たない世代よりも、選挙権を持つ世代、特にそのなかでも人口割合も投票率も高い高齢世代を優遇することが合理的な方針になります。その結果、他の世代の負担を増やしてでも高齢世代を利する政策を多く提案するインセンティブが、各政治家や政党に強く働くこととなります。このように、高齢世代の政治的プレゼンスの大きさが、各政党の高齢世代への過剰な配慮を生み出し、シルバー民主主義が台頭していると言われています。

具体例をあげると、2015年大阪都構想が住民投票において否決されたことや、同じ年に全日本年金者組合が全国13都道府県で行った年金額引き下げを憲法違反とした提訴を、シルバー民主主義に求めることがあります。また、日本に留まらず、2016年英国がEU離脱を決めた住民投票の結果もシルバー民主主義の弊害だとする主張があります。それぞれの事案が、本当にシルバー民主主義のために若年層の利益を奪い高齢者層を利するだけの結果になっているかどうかの判断は難しいのですが、「シルバー民主主義」というキーワードに注目を集めるのに役立った出来事であったことは、間違いありません。

シルバー民主主義の根底にある問題

このような特定の事案に対する賛否にシルバー民主主義の影響が疑われるだけではなく、世代毎の政治への要望が基本的に異なることが、シルバー民主主義の根底にあります。高齢者層の政治への最も大きな期待は、「現在の社会保障の充実」ですが、若年~壮年層にとっては、現在の税負負担等の軽減であり、自らが将来利益を享受出来るように制度が維持されることです。現役世代は、将来のために費用を負担する役割が強く、高齢世代は、現在利益を受け取る立場という違いがある中で、増加した高齢者の多くが、目先の個人的利得を第一に政治的意思決定をするようになれば、現役世代の不満が増幅するだけではなく、財政破綻により制度自体が瓦解しかねないリスクが生まれるところに、シルバー民主主義の本質的な問題があります。

しかし、冷静に考えてみると、仮に有権者の世代別構成比がどうなろうとも、常に「市民」としての自覚を持つ人々が大多数を占める社会であれば、各人が自身の利害ばかりを優先することは少なく、民主主義的意思決定によって制度やコミュニティが存続の危機に瀕することはないはずです。では有権者のうち、高齢世代だけが自分勝手で、その他の世代は優れた「市民」感覚を持っているのでしょうか。

シルバー民主主義を問題視する最近の言説の中で、「老害」を筆頭に「頑固で自己中心的な老人が公益を損なっている」とか「老人は他にやることがないから投票にいく」などの人格攻撃を多く見受けます。そこには、高齢者層が加害者で若年~壮年層が被害者のような対立の構図が採用されていますが、自己中心的にものごとを考える傾向が強いことは、老若関係なく全世代に共通した現代日本社会の特徴ではないでしょうか。

現に年齢が若い人ほど私利私欲を捨てて公益を第一に考えているわけではありません。「将来受け取れるかどうか分からない年金の保険料を支払うのはバカバカしい」という理由で、国民年金保険料の納付率が低いことが問題になっています。納付率は2016年度実績で65.0%、保険料を免除・猶予される人を加えた実質的な納付率は40.5%です。

シルバー民主主義が投げかける「民主主義自体の限界」

したがって、シルバー民主主義が投げ掛けている問題は、世代間対立といった矮小化された話ではなく、「民主主義自体の限界」という大きなテーマなのです。民主主義とは、最初から至高の政治手法として誕生したものではありません。理論上は特定の「賢人」や「哲人」による「賢人政治」の方が、はるかに合理的かつ効率的な行政を実現できる可能性があります。ただし問題は、その「賢人」を誰がどう選ぶのかについて適切な手続きを定義出来ないことです。

万が一「賢人」ではない「愚人」に誤って全ての決定を委ねるリスクを考えると、まだ「人民のための政治」の方がマシということに過ぎません。民主主義のもとでは、意思決定の原則は多数決ですが、多数派が支持することが集団にとって必ずしも適切ではないことは分かりつつも、多数決に基づいた政治が行われることで、人々の多用な「民意」が尊重され「最大多数の最大幸福」が実現できるという政治的な擬制が成立しているだけです。

さらに深掘りをすると、シルバー民主主義は政治的な課題に留まらず、資本主義とも密接に関係しています。政治経済学においては、資本主義は「市場を通じた資源配分」、つまり市場による自律調整を原則とし、民主主義は「投票を通じた権力配分」、つまり民意に基づく価値の配分を正当なものとする、という役割分担があるとされています。そして、民主主義は過度な利潤追求に向かいがちな資本主義に対して制動をかける役割を期待されています。

しかし、戦後の日本人が身に付けてきた価値観を集約的に表現するならば、精神的にはミーイズムであり物理的にはエゴイズムに象徴される「自己中心主義」と、ミクロ的には拝金主義でありマクロ的には経済至上主義に象徴される「商業主義」ではないでしょうか。

だから、個人生活においては「自己責任論」が幅をきかせ、互助は姿を消し公助頼みへ移行しています。また、企業を「社会の公器」だと本気で考えている人経営者は少なく、最優先は株主利益の最大化であり、自社の利潤が確保出来れば、競合他社が潰れようが非正規労働者が低賃金で働いていようが、その問題解決は誰か他の人がやればいいと思う傾向が強まっているのです。

こうした社会環境の中で、長年仕事をし、生活をして来た人々に、今さら価値観の大転換を迫り、民主主義が健全に機能するために、模範的市民としての振る舞いを求める難しさは、想像をはるかに上回っています。

つまり、民主主義による資本主義への抑制能力が失われ、資本主義的価値観が優位に立っているのが、日本社会の特徴です。ですから、対症的ではなく、より本質的にシルバー民主主義が表象している問題を解決していくためには、資本主義の改革というテーマを避けては通れません。この主題についての基礎的な理解を得るためには、2014年にヒットしたトマ・ピケティ『21世紀の資本』まで遡る必要があります。

そこまで視界を本格的に広げることは別の機会に譲りますが、ピケティの言葉を借りれば、資本主義は近代国家の不可欠な基礎条件であり、社会生産の持続的な増大がなければ、万人の「自由」の解放ということが不可能です。しかも、仮に資本主義に多くの問題があり、他の経済システムに置き換えたくても、オルタナティブは今のところ存在せず、格差や富の支配をいかに市民的に制御できるかにフォーカスするしか手がありません。

シルバー民主主義に対する処方箋は今のところない

シルバー民主主義に対する処方箋として、高齢者層の政治力を抑えるために一票の重みを余命によってウェイト付けをしようとか、世代毎に定数を決めて議員を選出しようとか、有権者の投票行為を義務化しようとか、方法論のレベルではいろいろアイデアが出されています。しかし、そのアイデアを選挙によって有権者の承認を得るという従来どおりの意思決定方法を採用し続ける限り、特に高齢者層の不利益に繋がる施策については、それを掲げる政治家や政党が信任を得ることは難しいというジレンマが発生します。

専門家の多くは、このジレンマに対して「日本の高齢者層が、頑迷で自己中心的だとは限らない」「孫の顔が描かれているクレジットカードを使っていると思えば社会保障のマイナスも受け入れるはずだ」「目先の損を嫌えば、早期の制度崩壊を招き、高齢者が存命の間に自分が不利益を被ることになることを知れば、損得の上からも同意を得られる」など状況打開のための正論を述べています。

しかし、正論であるから受け入れ難い話に同意を得られるわけではありません。「何を語るか」より「誰が語るか」の方が重要なのです。日本の政界は、衆議院議員の平均年齢が55歳で65歳以上の議員割合が22%、閣僚の平均年齢が61歳という状況です。一方、英国の場合、国会議員の平均年齢が50歳、閣僚の平均年齢が49歳です。この状況を見ると、そもそも国会自体がシルバー民主主義になっています。しかも、昨今の不祥事続きの事態を鑑みると、日本国の百年の計を第一に活動する政治家が皆無という現実があります。今後、トップリーダーとして賢人が現れる可能性はゼロではありませんが、もしそうならない場合、日本で少子高齢化の進行によりシルバー民主主が一層亢進した結果、日本の民主主義がどういう姿になるかは、現時点では霧中にあるとしか言いようがありません。

(清水 泰志/経営コンサルタント)

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