“生涯投資家”村上ファンドを率いた村上世彰が指摘する日本企業の問題

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“生涯投資家”村上ファンドを率いた村上世彰が指摘する日本企業の問題

■村上世彰は、なぜ今、筆をとったのか?

「もの言う株主」として2000年代に世間の耳目を集めた投資家がいる。

アパレルメーカー「東京スタイル」にプロキシーファイト(議決権争奪戦)を行い、ニッポン放送や阪神電気鉄道など、企業への投資を行うたびに、メディアに取りあげられた村上世彰氏だ。

ニッポン放送を巡る騒動では、堀江貴文氏から得た情報がインサイダー取引に当たるとして起訴され、有罪判決に至った。その後、表舞台から退いていた村上氏が『生涯投資家』(文藝春秋刊)を上梓した。

本書では著者自身の半生と投資哲学、そして、投資家として何を思い、何を成し遂げたかったのかを赤裸々に綴っている。

2006年の騒動以降、表舞台を避けてきた著者が、なぜ今、筆をとったのか。

そこには、日本の「コーポ―レートガバンス」に対して警鐘を鳴らすのと同時に、家族への思いがある。

騒動後、著者が代表を務めていた「村上ファンド」は解散した。その後、表舞台から去った村上氏は、拠点をシンガポールに移し、個人投資家として活動していた。

しかし、2015年11月下旬、村上氏の事務所に強制調査が入る。2014年夏頃までは、村上氏の娘もその会社に籍を置いていたが、彼女は第一子出産にあたり仕事全般からは離れていた。そうにも関わらず、彼女までも強制調査の対象となり、度重なる調査のストレスで死産をしてしまったという。

この出来事から、村上氏は自身の理念や信念を語り、自分なりの責任を果たそうと本書を掻くことを決めたという。

そしてもうひとつ、著者が本書で強く訴えるのが「日本においてのコーポレート・ガバナンスの重要性」である。

「コーポレート・ガバナンス」とは、株主、経営者や従業員、顧客や取引先などが相互に企業の運営判断や戦略をチェックし、企業価値を損ねないよう経営の独占的支配や問題のある行動を抑止するべき、という意味だ。

投資家や株主側の視点に立てば、「投資先の企業が健全な経営を行っているか、企業価値を上げる経営を行っているかなどを監視・監督する制度」である。

海外ではすでに根付いている考え方だが、昨今ではようやく日本でも上場企業が守るべき行動規範を示した企業統治の指針(コーポレート・ガバナンス・コード)が示され、その重要性が取り上げられるようになった。

本書では、村上氏がコーポレート・ガバナンスを重要視する理由、そして、自身が行ってきた投資を振り返りながら、その先に目指した日本企業の「あるべき姿」が語られている。

■投資家の立場から、企業を「あるべき姿」に変える

著者は、投資家の父の背中を見て育ち、小学校3年生のときに初めて株の投資を始めた。

大学卒業後は、通産省(現在の経済産業省)に入省する。

だが、日本経済を良くするためには「制度を作る側」よりも、「制度を実践するプレーヤー」としての立ち位置を選ぶべきだと感じ、本格的に投資家の道を歩むことになった。

著者は官僚時代から、日本の経営者には資本の効率性に対しての意識が希薄だという印象を持っていたという。

実際に、多くの上場企業の役員や経営者と話しても、財務数値を把握しておらず、自社の資産内容や利益余剰金がどのくらいあるか、といった財務状況を意識している人物はほとんどいなかったそうだ。

また、日本の慣習的な企業体質によって、経営者や役員の意識が「彼らに経営を委託している株主」に向いていないことを歯がゆく思ったのである。

本来、投資家である株主が経営者を選ぶのが筋だ。企業が自らの事業計画を株主に説明し、株主はそれを吟味した上で経営者を選ぶ。会社法もそれを前提に定められているはずなのに、現実には株主は置き去りにされている。

「多くの企業は債権者である銀行の顔色は窺うものの、株主を重視する姿勢は見られなかった」と著者は述べている。

そんな日本的企業体質では、経営は杜撰になり「企業価値を最大化する」という目的を果たしようがなく、ひいては日本経済の成長を妨げる。

だからこそ村上氏は投資家として株主になり、企業の経営陣にさまざまな提言を行うことで企業を「あるべき姿」にしようと奮闘したのである。

これが「もの言う株主」と呼ばれるようになった所以でもある。

■「東京スタイル」と「ニッポン放送」への投資で目指したこと

村上氏が業界で注目を集めることになったきっかけが、婦人服メーカー「東京スタイル」に対して日本で初めての「プロキシー・ファイト(議決権争奪戦)」を仕掛けたことだ。

「プロキシー・ファイト」とは、株主が、経営陣や他の主張を持つ株主に対し、株主総会で自らの議案が議決されることを目指して他の株主に支持を訴え、議決権行使の委任状を集め、多数派工作をすることである。

著者によれば、「東京スタイル」は、「株主と向き合わず」「経営者が保身に走り」「株主価値を鑑みない」放漫経営の会社だったという。つまり、コーポレート・ガバナンスが一切ない、企業としての「あるべき姿」からもっとも乖離していた企業だったのである。

だからこそ、著者は「東京スタイル」の放漫経営を正すべく、投資を行い、プロキシー・ファイトを仕掛けたのだった。

また、世間を賑わせた「ニッポン放送」への投資も、「コーポレート・ガバナンス」と「企業のあるべき姿」を追求した上でのアクションだったという。

当時の「ニッポン放送」は、「おかしさ」を抱えた会社だったと著者は回想している。

なぜなら、時価総額で大きく下回る「ニッポン放送」が、「フジテレビ」とそれにぶら下がる「産経新聞」の親会社になっていたからである。

この状態では割安な「ニッポン放送」の株式を取得すれば、「フジテレビ」と「産経新聞」まで手に入ってしまう。もし、特定の意図を持った人物が買収すれば、三大メディアが一気に乗っ取られてしまうリスクがあったのだ。

村上氏は株主の立場から、この資本関係の「おかしさ」を是正すべく投資に乗り出したのである。

だが、加熱する報道によって村上氏はまるで悪者のように扱われ、世間にその理念や思いが届くことはなかった。さらに追い打ちをかけるようにインサイダー取引疑惑が持ち上がり、世間的な評判はより一層悪くなった。

たびたびメディアで取り上げられた村上氏の世間一般のイメージは、「企業を乗っ取って我が物にしようとする悪人」「お金を貯めこんでいる守銭奴」といったものではないだろうか。そこまでではなくても、ポジティブなイメージを抱いている人は少ないはずだ。

しかし、本書を読むと、そうしたネガティブな印象は一変する。

そこには「日本企業のことを真剣に考え続ける投資家」「日本経済を正したいという情熱を持った人物」という姿が見えてくる。

世間には「投資家」に対して「右から左にお金を動かして、ラクをして稼ぐ人たち」という印象を持っている人も少なくないだろう。また、中には「ラクして稼ぎたい」という動機で投資家をしている人たちもいるかもしれない。

だが、投資の世界は甘くない。投資家として生きるには、それなりの覚悟と続けるための理念や信念があるはずだ。

投資家の書籍と言えば、「いかに投資で勝つか」「効率的に稼ぐ方法」を指南したものが多い。そんな中にあって、本書は「投資家の理念」という人間的な側面と、「投資の先にある未来」という経済的社会的な面が色濃く出ている稀有な一冊であると言えるだろう。

(ライター/大村佑介)

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