あの人のお宅拝見[3] ザ・ペニンシュラ東京を手掛けたデザイナー 橋本夕紀夫さんの30坪の自宅
6月9日に開業したホテル『コンラッド大阪』、そのインテリアは橋本夕紀夫さんと日建スペースデザインが共働でデザインした。『ザ・ペニンシュラ東京』などホテルや商業施設、また多くの商品プロダクトを手掛ける人気デザイナーの橋本さんと筆者は住宅のお仕事でご一緒し、素材感のあるデザイン力に惹かれていた。それ以来「橋本さんのご自宅に行ってみたいなぁ」と思っていたが、今回その願いがかない自邸を取材させていただいた。連載【あの人のお宅拝見!】
住宅業界にかかわって25年以上のジャーナリストVivien藤井が、暮らしを楽しむ達人のお住まいを訪問。住生活にまつわるお話を伺いながら、住まいを、そして人生を豊かにするヒントを探ります。
まずは橋本夕紀夫さんの最新プロジェクト『コンラッド大阪』から、そのデザインの魅力を紹介したい。
コンセプトは“Your Address in the Sky -雲をつきぬけて-”。橋本さんは「地上200mの高さから、ビルの向こうに見える山や川の景色、雲や風など自然現象をアートやデザインで室内に取り込んでみました」と。【画像1】『コンラッド大阪』、中之島フェスティバルタワー・ウエストの最高層階全164室。和の美しさが印象的な朱色のバスタブは橋本氏デザインの『TOMOE』、素材は漆塗り!(画像提供/コンラッド大阪)
さて、そんな洗練された和をデザインする橋本さんのご自宅にいよいよ訪問。東京の都市部住宅地、道路沿いに左官仕上げの壁が特徴的で「ここだ!」と分かる家を発見。【画像2】2004年12月竣工。コの字型の外観、左官仕上げの白と黄土色のコントラストが街並みに違和感なくたたずむ(写真撮影/片山貴博)
車庫の奥が玄関。濃い茶色のむく材を壁から張って玄関扉との連続性をもたせ、美しい収まりになっている。【画像3】むくの木、左官の土、足元に回したタイルの石と、この自然の素材感が橋本さんらしい。玄関扉は天井高からの引き戸(写真撮影/片山貴博)
玄関の引き戸を開けると、印象的なアートが飾られたエントランス。女性の顔は、小林孝亘作の油絵。 【画像4】モダンアートがお好きなようで、面白いものがあちこちに飾られている(写真撮影/片山貴博)【画像5】来客用スリッパをオシャレな紙袋に入れ、さり気なく椅子の下に置く。真似したいアイデア!(写真撮影/片山貴博)
中に入ると、いきなり全面大開口の明るいリビングダイニングが広がっていた。天気の良かった取材日は、天井高までのサッシをフルオープンに。塀で囲まれた中庭と一体化した空間は、半戸外で気持ち良い。【画像6】2階建て88m2の2LDK+ウォークインクローゼット。広い中庭のおかげで、面積以上に広く感じるリビングルーム(写真撮影/片山貴博)
その気持ちの良いリビングダイニングで、橋本さんにご自宅の設計についてお話を伺った。
「ホテルや商業施設と住宅は、全く違う感覚でデザインしますが、共通しているのは“自然を取り込む”という点ですね」【画像7】住宅デザインも、個人邸から住宅メーカーのモデルハウス(住友林業:東京都世田谷区・駒沢第一展示場)まで手掛ける橋本さん(写真撮影/片山貴博)
「ここは土地も30坪と小さいですが、デッキの中庭を設けることによって、外との関係ができて広く感じますよね。空気が風と共に流れ、日が燦々(さんさん)と降りそそぐような心地良さが住まいには必要だと思います」【画像8】中庭側から見たリビングダイニング(写真撮影/片山貴博)
実は、壁一面に長く取られた収納上部のTV置き場になっている所に風を取り込む工夫が……くぼんだ両脇に小窓が取られているのだ。【画像9】リビングと同じ窓の取り方をした、和室の収納棚の様子。細く小さな窓でも、開けると風が部屋を通り抜ける(写真撮影/片山貴博)
自然光を取り込むデザインは、中庭の大開口に加えて2階からも光が降りそそぐようになっていて「日中、照明をつけることはあまり無いですよ」と、橋本さん。 【画像10】2階から入る自然光が、ガラスの壁を通ってリビングに。ガラスに貼られた透明アートもすてきなアクセント(写真撮影/片山貴博)【画像11】2階天窓からの光が、階段を照らし1階のリビングへ(写真撮影/片山貴博)
自然を感じる空間づくりで、橋本さんが大切にしているのは『素材の質感』ということ。室内の壁は珪藻土を塗り、床はむくの栗で15cmと幅広のフローリング。中庭のデッキも同じく栗材。【画像12】中庭と外の壁は、小石を混ぜたリシン仕上げで変化のあるテクスチャー。波模様の左官仕上げは、新築完成当初から風化したような雰囲気を出した(写真撮影/片山貴博)
職人から教わった、余裕をもって仕事をすることの大切さ
自然素材と伝統工芸などをデザインに取り入れるのが得意な橋本さん。その理由を伺うと「僕が駆け出しのころに与えられた仕事が、職人さんの所へ通うことだったのです」と。橋本さんが当時入社した人気デザイン事務所、株式会社SUPER POTATO時代のお話を聞かせてくれた。
「事務所の杉本貴志代表がもつ職人のネットワークが凄くって。大変、影響を受けました」。伝統工芸を営む職人の仕事ぶりは、時間の流れが全く違うもの。それを側で見られたのが良い経験になったのだそう。陶芸家の辻清明さんや、木曽の漆塗りの職人さんとは20年たった今もお付き合いが続き、『コンラッド大阪』に入った赤いバスタブも木曽の職人さんによる漆塗りの作品。
「母の田舎が岐阜県下呂の山奥で、幼いころにおじいさんが炭焼きをしているのを傍らで見るのも好きでした」。物づくりの面白さを感じた橋本少年は、大人になると日本文化や伝統工芸への関心も高くなっていったそう。 【画像13】「百貨店の物産展なんかも好きで時間があると足を運び、伝統工芸品などを見ていましたよ」という昔話もしてくださった(写真撮影/片山貴博)【画像14】奥さまがお茶を入れてくださった鋳物ティーポット「kabutoⅡ」も橋本さんデザイン(下で支えているウサギは、別物だがベストマッチ!)(写真撮影/片山貴博)
「職人さんと付き合って気付かされたのは、あくせく東京で時間に追われている自分たちと仕事の進め方が違うということ。余裕をもって仕事をすることで、季節感のある日々の営みが生まれる。それが文化なのだと思います。日本の文化のつくり方を体感させてくれました」。
そう語ってくれた橋本さん、自宅の和室は畳に炉を切った茶室としてデザイン。【画像15】炉や床の間、押入れも、モダンにデザインされた茶室(写真撮影/片山貴博)
少々お点前も習っていらしたようで「茶道は“型にこだわる”日本人の典型的なもの。決まっている型で作法をしても、亭主によって違いが出る面白さがある。デザインなんかも決められたルールがあるからこそ、よりクリエイティブになったりします」
その和室に、こだわりの小技を発見! 画像9で紹介した、小窓が両脇に取られた収納棚の上、すだれの後ろにエアコンが隠されている。【画像16】エアコンむき出しで茶室の雰囲気を壊さない、これもナイス・アイデア(写真撮影/片山貴博)
「住宅、特にマンションは、もっと自由な発想をしていいと思う」
良い意味でも悪い意味でも、型にはまりがちな日本人。その住まいづくりにアドバイスを伺った。
「あまり先の将来を考えて設計するより、その時の暮らし方をシンプルに考えたほうが良い。将来、技術革新が進むだろうし。つくり込み過ぎると、飽きるしね」
ご自宅には失敗とか後悔とか無いのかを聞いてみたら「僕は特に無いんだけれど、キッチンをあと50cmリビング側に出せば、キッチンが広くて使いやすかったのにと言われています」、奥さまからクレームが出ている様子がほほ笑ましかった。
よく住まいの困り事として挙げられる“収納”の不足については?
「ウォークインクローゼットもありますが、隙間という隙間を収納に活用しています」と、見せてくださったのは階段収納。この階段下は、3方向に収納を設けてある。一つめは階段の段差ごとに。二つめは中庭からの外収納、もう一つはワインセラーになっている。【画像17】階段収納は、指を差し込んで引き出す。位置的にも使いやすそう(写真撮影/片山貴博)
最後に、オープンエアーの中庭でくつろがせていただいた。都会の住宅街とは思えない、空だけが見える視界。【画像18】夜、音楽をかけてお酒を飲みながら楽しんだりもするそう。先日は20人ほどが集まったとか(写真撮影/片山貴博)
趣味で音楽バンドも組まれていて、仲間がよく集まって来られるという橋本邸。その理由である居心地の良さが、住まいの価値であることを実感するお宅訪問となった。橋本夕紀夫:インテリアデザイナー
1962年愛知県生まれ。1986年愛知県立芸術大学デザイン学科卒業、SUPER POTATO入社。1996年橋本夕紀夫デザインスタジオ設立。主な物件に「過門香」「BEAMS HOUSE」「ザ・ペニンシュラ東京」「相田みつを美術館」「コンラッド大阪」などがある。『物質ではなく、そこにある空気をデザインしたい』をコンセプトにした空間デザインを生み出している。JCD奨励賞、JCD優秀賞など多数の受賞歴をもつ。昭和女子大非常勤講師・愛知県立芸術大学非常勤講師。
橋本夕紀夫デザインスタジオ
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