アムロに憧れてパイロットを目指した。だけど、ほぼ毎日「あきらめよう」と思っていた…ーーレッドブル・エアレース千葉大会2連覇を達成したパイロット・室屋義秀氏の仕事論(後編)
困難に打ち勝つ秘訣
20年以上も無謀といえる夢に挑み続け、着実に近づいている室屋氏。日本国内での認知度の低さ、競技人口の少なさ、コーチ、ロールモデルの不在、乏しい練習環境、資金獲得の困難さなど、エアショーやエアレースのパイロットになることはもちろん、活動を続けて行く上でのハードルはとてつもなく高く、多い。これまで高く分厚い壁が次々と目の前に立ちはだかったにもかかわらず、室屋氏の心が折れなかったのはなぜなのか。なぜこれまで続けることができたのだろうか。
「身も蓋もない答えですが、がむしゃらにやってきただけです(笑)。エアショー、エアレースは日本ではほとんど知られていない、地図のない世界なので、最初にとにかく操縦技術世界一というでっかい目標だけは一点描いて、とにかくそれに向かおう、逆には行かないようにしようというのがスタートでした。でも『操縦技術世界一を目指しています』なんて言っても聞いた人は『へ~』で終わり。『なれるわけないでしょ』って言う人が99%。でもやってみないとわからないといつも思っていました。とはいえ、その夢までどうやってたどり着けばいいのか、ルートもわからないし、階段すらないので、自分で一個ずつ石を積んで階段を作って上ってきたという感じですね。
確かに資金集めに関しては本当に苦労しました。アルバイトを散々やりましたが、機体を購入してからはアルバイトでどうこうなるレベルではないので、資金援助を取り付けようと企画書を書いて企業を訪ね回りました。その数ですか?よく覚えてないですが数千社はくだらないと思います。活動を続けるため文字通り這いずり回ってましたが、日本ではエアショーなんてほとんどの人が知らないわけなので、支援してくれる会社などほとんどなかったですね。
そんな中でも続けてこられた理由としては、ただ好きだったということしかないですね。飛行機を操縦して大空を飛ぶということがたまらなく好きなんですよ。目標に向けて石を積んでいく過程で、たまに少し飛べることもあったので、それが心の支えになりました。自分が本当にやりたいこと、心から好きで楽しいと思えること、実現したい夢がはっきりしていたので、そのためにやれることをやっていくしかないというのがまずあって、その中でところどころ、純粋に楽しいと思う瞬間があったから、これまでやってこられたんだと思います」
毎日あきらめようと思っていた。でも……
こう淡々と語る室屋氏だが、確かに好きという気持ちは継続する大きな力になりえるだろう。しかしこれまでの道のりで、普通の人間ならとっくにあきらめているような困難な壁にぶつかりまくっている。室屋氏はこれまで夢をあきらめようと思ったことは一度もないのだろうか。この問いに対して室屋氏から返ってきた答えはまたしても意外なものだった。
「あきらめようと思ったことなど、ほとんど毎日のようにありましたよ。そんなに人間って強くないので、頑張れば頑張っただけどうにもならなくなるとつらいし傷つくので。むしろ目標や夢が困難であればあるほど、あきらめるとか途中でやめる方が精神的にずっと楽なんですよね。この世界は食べていけないからとか、これまで日本でこの道のプロになった人がいないからという正当な理由をつけやすい。こう言うと99%の人はそうだよねと納得します。だから行き詰まった時は、もういいや、やめちゃおうってお酒飲んで遊んでました。でもね、そうやって何もかも忘れて2、3日過ごすと忘れちゃうんですよ、つらいことを。そしてもう1回、俺は何をしたいんだっけなと考えると、やっぱりこの道を行きたい、操縦技術世界一を目指したい、じゃあもう1回頑張るか、となるわけです。これまでこれを何千回、何万回と繰り返してきて今に至るというわけです(笑)」
こともなげにこう語る室屋氏だが、通常の人間は小さな挫折と復活を何千回、何万回も繰り返すことなどできはしない。「自分には才能がないからがむしゃらに目標に向かって進むしかなかった」とも語るが、愚直に粘り強く、一歩ずつ登っていけることも1つの稀有な才能だろう。
パイロットという仕事の醍醐味
▲室屋氏の機体のコクピット。ぎっしりと埋め込まれた計器の上に曲技飛行の科目の飛び方を書いたメモが貼られてあった(5月11日にふくしまスカイパークで開催されたメディアデーにて)
エアショーやエアレースのパイロットとして生計を立てている人は世界でも数えるほどしか存在しない。「空のF1」と呼ばれているレッドブル・エアレースに出場できるのはわずか14人だ。そんな希少な職業の魅力・醍醐味はどのようなところにあるのだろうか。また、パイロットという仕事は室屋氏にとってどういうものなのだろうか。
「宇宙飛行士は宇宙から地球を眺めることで地球の尊さに深く感動し、世界平和を願うと言われていますよね。パイロットはその縮小版かなと。飛行機からは世界全体までは見えないけれど、関東くらいは見渡せます。その風景を見て、自分たち人間ってちっぽけな存在だなと痛感したり、人間の生き方についていろいろと考えさせられるんです。パイロットであることで一般的な人よりは高い視点と広い視野が得られることが1つの醍醐味ですね。エアショーもエアレースも自然相手のスポーツなので、自然から学ぶことが多い仕事です。
僕にとって、飛行機を操縦するということは仕事であると同時に趣味と言っても過言ではありません。先ほどもお話ししましたが、飛行機を操縦することが純粋に楽しいんですよ。何をもって仕事と言うかにもよると思いますが、僕は仕事をお金をもらえるかどうかという観点では捉えていません。僕にとって仕事とは、人生をかけて心からやりたいこと、つまりライフワークです。もちろん生きていく上でお金は必要ですが、お金はその自分のしたいことをするため、目標を達成するために必要なガソリンのようなものというだけであって、お金を稼ぐために仕事をしているわけではない。それが基本的な考え方ですね」
若手ビジネスパーソンへのメッセージ
最後に、これまでの人生で得た経験から20~30代のビジネスマンへのメッセージをいただいた。
「仕事やキャリアで悩んでいる人って、自分のしたいことが意外と見えてない人が多いと思うので、まずは自分自身をよく知ることが必要だと思います。時々、これまで両親にどういうふうに育てられてきたか、どういうふうに生きてきたかを振り返ってみる。例えば1年間にあった出来事を5分間で振り返るだけでもかなりいろんなことを思い出すと思います。自分の長所だけを思い出して、その上で何がしたいのかを考えたら少しでも見えてくるものがあるんじゃないでしょうか。その中で今の生活や仕事が本当に自分に合っているか、自分が望んでいることなのかを考えて、違うと思えば変えればいい。自分自身が見えないまま働いていると3年おきくらいに転職を繰り返してしまうことになりかねません。
少しでもチャンスがあるなら、とにかく目の前のことに全力で取り組んでみることも大事ですよね。その姿を見てる人が必ずいて、次のステージに引き上げてくれます。自分が目指す方向性に近いところで頑張っていると、3年くらいで大きなステップが訪れて成長していける。自分が成長したら必ず次の扉が開きます。僕自身の経験からそう思います。自分を知り、目標に向かって地道に努力を積み重ねていってほしいですね」
アジア人初のエアレースワールドチャンピオン誕生なるか――今後のレッドブル・エアレース・チャンピオンシップ、室屋氏のフライトから目が離せない。
▲室屋氏は自身の夢の追求だけではなく、2004年にふくしまスカイパークでNPO法人ふくしま飛行協会を設立し、スカイスポーツ教室をはじめ全国各地でエアショーを実施するなど、航空スポーツの安全追求、底辺拡大啓蒙活動にも長年取り組んでいる。こういった点も室屋氏が多くの人から敬愛される理由だ
大会の様子(写真)
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文・撮影:山下久猛 撮影:守谷美峰
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