自作フリー素材がいつの間にかWMGの著作物になってた事件

自作フリー素材がいつの間にかWMGの著作物になってた事件

■Scott先生って誰?

Image-Line社の「マーケティングマネージャー」です。告知全般からヘルプファイル執筆、解説動画の作成、掲示板でのユーザーサポートなど幅広い仕事をしているので、FL Studioユーザーならば誰もが一度は何らかの形でお世話になっているはずです。

その紳士的な物腰から、日本のユーザーは親しみをこめて「Scott先生」と呼んでいます(ちなみに前職は本当に大学講師だったんだとか)。しかしいい人すぎるためか、ネット上ではしょっちゅうgolさん(*1)におちょくられているところを目撃される損な人だったりもします。

彼はImage-Line入社前から10年以上音楽活動に携わっており、プライベートでもいろいろな音楽や動画を製作しています。今回槍玉に挙がったのはそんなプライベート名義の作品の一つです。

*1 : golさんについてご存じない方は、私の 過去 記事 をてきとうに流し読みすればだいたいわかります。

■事件のあらまし

Scottは自分が主催するブランド「digifish music」名義で、2008年にこの音源を公開しました。

http://www.freesound.org/people/digifishmusic/sounds/65387/

いわゆるアトモスフィア音源、つまりメロディのないふわーっとした感じの長廻し素材です。何かの映像のBGMに混ぜるには最適ですね。

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(CC BY 3.0)ですので、クレジットさえ明記すれば誰でも自由に改変・商利用できます。皆さんも自分の音楽や動画に使用できます。ディレクトリをたどれば他にもたくさん無料素材がありますから、興味を持った方は覗いてみて下さい。

Will Havenというアメリカのメタルバンドも、この素材をダウンロードした中の一人でした。2011年発表の曲「LOST」の中で使われています。

http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=y-zT9I2ztgM#t=267s

4:30あたりからほとんどそのまま挿入されてますね。もっとも使用方法自体に問題はありません。

時は流れて今月、Scottが自分の素材を再利用して新しい動画を公開したところ…

http://www.youtube.com/watch?v=NyyY-mzxoI8&feature=player_embedded

 

自作フリー素材がいつの間にかWMGの著作物になってた事件

なんと自動で「このコンテンツの権利者はWill Haven」であることを表すタグがつけられ、閲覧制限がかかってしまいました。

直ちに抗議を行ったものの、返ってきた返事は「却下」。それに伴い著作権侵害の警告までもが通達されたとのことです(*2)。さすがのScott先生もこれには憤慨。さっそくFL Studio公式フォーラムの一角を私物化…もとい間借りしてスレッドを立て、状況説明と問題提起を行いました。

このスレッドにはゴルッパゲさんも登場しており、Scottにこんな声をかけています。

http://forum.image-line.com/viewtopic.php?p=647603#p647603

 gol: now how does it feel when your slingshot shoots back at you :)

 んで、自分の武器に撃たれた気分はどうよ?:)

少しは同情しろよ。

Scott先生は普段YouTubeに削除要請(*3)を出す側の人間ですから、武器というのはそれを踏まえた表現でしょうね。ともかくScottはこの後も抗議に奔走させられ、全てが解決するまでには二週間弱を費やすことになりました。

*2 : YouTubeのFAQによると、自動ブロックの時点では保留状態ですが「異議」が却下された時点で警告が確定するみたいです。3回警告を受けるとアカウント停止になります。

*3 : アプリメーカーが動画を通報?とお思いかもしれませんが、画面にはっきり「クラック版」と書かれたFL Studioを使いながら動画を作ってしまうお間抜けさんは後を絶たないので、そういう連中はもれなくマークされます。

■なぜ誤爆は起こったか

残念ながら、正当性のないクレームによって真っ当な作品が削除されるという事例は珍しくありません。

たとえば、けいおん!PSP版宇多田ヒカルの公式PVがうっかり削除されてしまった話は有名です。最近では初音ミク動画が軒並み謎の人物によって消されまくったなどという事件もありましたね。

もっとも、これらの例はいずれも権利者(と主張する主体)の要請に基づくもの。今回はYouTubeの内蔵システムにより自動的に措置がとられた、という点で少々状況が異なります。

実はYouTubeにはだいぶ前から「コンテンツID」と呼ばれるシステムが搭載されています。あらかじめ契約済みの会社の所有コンテンツから特徴データを抽出しておき、新しい動画がアップロードされるたびにそれらと比較し、一致率が一定以上のものがあれば自動でタグ付け・閲覧制限・警告を発動するという仕組みです。詳しくはYouTube自身による説明をご覧下さい。

類似のシステムはニコニコ動画やSoundCloudなど各社も採用しており、今ではすっかり実用レベルに達した技術と言えるでしょう。

これはこれですごい技術には違いありません。しかし、どうやら音楽においては予想外の混乱を生みそうだということが今回の事件で証明されました。

要するに「契約済みの会社かどうか」でオリジナルが決まるので、一度大手レーベルのアーティストが既製素材を使ったら、たまたま同じ素材を選んだだけの他のユーザーがみんな自動通報されてしまうわけです。Scott先生が問題視しているのはまさにここです。

素材集と呼ばれるレコードやCDは昔からありましたが、それはたとえば街の雑踏のような自前で用意しにくい効果音だったり、あるいはDJのように特定のジャンルの人だけが使うものという認識でした。

しかし現代ではScottが作ったようなアトモスフィア音をはじめ、ギターリフ、ドラム、ピアノの短いフレーズなど、あらゆるパートの素材が有償・無償を問わず多数公開されており、プロがそれらを活用することも珍しくなくなっています。

製作環境のPC化が進み、オーディオデータの切り貼り(と配布)が容易になった、現代ならではの誤爆問題と言えそうです。

もちろん音の長さや編集の仕方によって条件は変わるでしょうし、素材は無数にあるのでかぶる確率も高くはないかもしれません。しかし「かぶったら通報される」という前例が現実にできてしまった以上、楽観視はできません。

■解決までの流れ

いずれにせよ冤罪なのですから、一言伝えて撤回してもらえば済むこと。しかし世の中そう簡単には行かないようです。結局Scottの問題は以下のような流れをたどりました。

YouTube、コンテンツIDに基づきScottの動画を違反認定する

Scott、YouTubeのフォームを通じて「異議申し立て」を行う

WMG、YouTubeのフォームを通じて「再確認したが、やはり権利侵害である」と却下する。Scottの警告+1が確定

(YouTubeのシステムではこれ以上の申し立ては不可能)

Scott、通常のメールでYouTubeにコンタクトを試みる。ほとんど自動応答のみで無視されるが、複数回粘ってようやく人間の担当者をつかまえる

YouTube、WMGに連絡。WMG、YouTube担当者経由で「再々確認したが、やはり権利侵害である」と返信

YouTube、「あとは当事者同士で話し合ってね」とWMGの担当者アドレスを教えて引っ込む

ScottWMG、メールで直接対談

WMG、やっと警告を取り下げる

Scottはもっぱら自動システムの融通のきかなさの方に怒っているようですが、今回同じ音が使われていたのは確かなので、判定自体は正しく働いていたと言えます(むしろエフェクトがかかってるのに同一性判定に成功したことを褒めてあげるべきかもしれません)。

粘りに粘らないと人間が出てこないYouTubeの腰の重さにも問題があるものの、やはり最も罪深いのは、二度にわたって事実調査を怠ったワーナー担当者の方でしょう。今回はたまたま被害者が社会的信用のあるScott先生だったからよかったとはいえ、もしこれが無名の一般人だったらそのまま黙殺されていたかもしれませんね。

そもそも人力であれ機械であれ、誤判定は必ず起こるものです。だからこそ手続きの可視化とアフターケアが大事なのですが… この点に関しては、まだまだ整備が遅れていると言わざるを得ません。

■結び

Scottが立てたスレッドには、ユーザーからの似たような体験談も複数寄せられています。中には「SoundCloudにアップした公認リミックスが勝手にレコード会社に削除されてしまい、やむなくアーティスト本人に連絡して撤回してもらった」なんていうエピソードもありました。

アーティスト当人すらあずかり知らぬまま、企業により一方的に無実のコンテンツが削除されていくというこれらの状況を、先日話題になったSOPAPIPAに結び付けて考える人も多く見受けられました。

SOPAPIPAはいずれもネット上の権利侵害対策を目的としてアメリカで提出された法案ですが、条文が曖昧かつ強制力が強いため実質的に検閲として働く可能性が高いとされ、世界的な反対運動が巻き起こりました。今年1月、Wikimedia財団やGoogleがわざわざ専用ページを設けてまで抗議を行った件も記憶に新しいことと思います。

一方、賛成側にはワーナーグループをはじめ、RIAAなど音楽・映像関係の団体が多く含まれているのが象徴的です。

確かに日々大量の著作権侵害が行われているのは事実であり、何らかの対策は必要でしょう。だからと言って特定団体に強権を与えるばかりでは解決には程遠く、むしろ多数の一般ユーザーに不利益をもたらす結果となります。保護と自由の線引きを巡っては、今後とも慎重な議論が必要になりそうです。

なおSOPA・PIPAは大きな論争となった話題なだけに、デコッパゲさんも一言コメントを残しています。引用してみましょう。

http://forum.image-line.com/viewtopic.php?p=637067#p637067

自作フリー素材がいつの間にかWMGの著作物になってた事件

 gol: sopa & pipa sound like cartoon names I'd give to these

 ソーパとパイパってカートゥーンに出てくるキャラの名前みたいだよね、こんなの

もうやだこのハゲ
※この記事はGAGAZINEさんよりご寄稿いただいたものです

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