6×8は正解でも8×6はバッテン? あるいは算数のガラパゴス性
今回は白川 克さんのブログ『プロジェクトマジック』からご寄稿いただきました。
6×8は正解でも8×6はバッテン? あるいは算数のガラパゴス性
僕にも解けない算数の問題
僕はブログにはプロジェクトワーク以外のことは書かないことにしていたのだが、あまりに憤慨したのでちょっと聞いて欲しい。写真(トップ画像)は、娘(2年生)の算数のテスト。
8人にペンをあげます。1人に6本ずつあげるには、ぜんぶで何本いるでしょうか。
ご覧のように、“8×6”だとバッテンで、“6×8”だと正解らしい。何じゃこりゃ。僕がテストを受けたとしても“8×6”と書く。だって問題文はその順番に書いてあるから。さらに答の48本もバツ。丁寧に赤ペンで48本と直してくれている。さらに意味不明。
★娘にヒアリングしてみた
「何でバッテンだったか、先生説明してくれた?」
「単位が違うと、式の順番が違うんだって」
「? 意味分かる?」
「全然分かんない」
「じゃあ……ウサギには2本の耳がある。ウサギは4羽いる。耳は全部で何本?」
「ずつ、が入ってないからどっちが先か分かんない。答えは8本だけど」
「じゃあ……ウサギには2本ずつ耳がある、だったら?」
「それなら、2×4=8本」
“ずつ”があるほうを先に書く、と覚えているわけです。うーむ、教育上じつによろしくない状況ですな。
★かけ算では書く順番が大事??
不思議に思って“かけ算 順序”などでウェブを検索してみたところ、状況が見えてきた。
・どうやら今の小学校では、かけ算の記述順にこだわりがあるらしい
・こだわりの順序とは逆に書くと、バツにする教師が多い
・当然ながらそれについては論争があり、バツにすることに対してナンセンスという意見もある
赤ペン先生で有名なベネッセが“かけ算の順番が逆だったらバツにすべきだよ派”らしいので紹介したい。
かけ算の式は「一つ分の数」×「いくつ分」の順に書く約束になっているので、問題文から正しく読み取って、その通りに式をかけるようにしましょう。小学校では、式の意味を理解することが大切なので、このような約束があります。
どうやら、
“6×8”と書くと“6本×8人”を意味するのだが、
“8×6”と書くと“8本×6人”を意味することになってしまうのでNG
ということらしい。
僕はこれを読んでますます考え込んでしまった。そもそもこんな約束あったっけ? わり算だったら、書く順番は大事だ。でも、かけ算にはどうでもよくね?
日々かけ算を使っている僕ら大人が知らなくても困らない“約束”って、存在意味があるのだろうか? そしてこの“約束”に従って採点することは、数学的にどうなんだろうか??
★反論その1: a×b = b×a
数学では“a×b = b×a”であって、“a×b ≠ b×a”ではない。よって“6×8”が正解ならば“8×6”をバツにするのは誤り。
正直、これ以上なにも言う必要がないと思う。学校で間違ったことを教えてはいけません。以上。ただ、さすがに娘の担任もこれは知ったうえでバツを付けているだろうから、もう少し反論を続けたい。
★反論その2:教え方に引きずられた正否判断はアリか?
“6×8はバツだよ派”の主張をいくつか読んでいくと、小学生に算数をキチンと理解させるためにはバツにすべき、と真摯に考えていることが分かってきた。
・“掛けられる数”と“掛ける数”があるし、その区別は重要
・それが分かっていないと、算数を理解していくうえでつまずいてしまう
・だから文章題の式を書かせるときに順番をチェックすることで、理解を確認しよう
という考え方。
かけ算を教えるときに
・“掛けられる数”と“掛ける数”があるよ
・“掛けられる数”ד掛ける数”の順番に書こうね
と教えるのは、別にかまわないと思う。長年7歳児に教えてきたうえでの職業ノウハウの一つなのだろうから。ただその結果、数学的に誤っている採点をするのはマズイだろう。a×b ≠ b×aは明らかに間違いなのだから。教え方というのはいわば“便宜上のノウハウ”であり、技術的な問題である。ノウハウを使うために、結果的に誤ったことを教えるのは、本末転倒。
★反論その3:理想に技術が追いつかない時の対処
元々は上記のように“理解できているかチェックし、理解が間違っていたら正す”ことを目的として“8×6”をバッテンにしているはずだ。だが実際に娘に聞いてみても、なぜ自分がバッテンにされたかを理解していない。
掛ける数と掛けられる数の違いを理解させようという理想? を追求した結果、ますます混乱させているのではないだろうか。混乱させるくらいなら、素直にそれを認めて、“8×6”をマルにするのもアリなのではないか。学習指導要領的にはそういう考え方は言語道断なのだろうが。
★反論その4:言語に頼らないことが数学のパワーの源泉
上手く説明できないのだが、“掛ける数”とか“いくつ分”とかって、とても言語依存的な議論だと思うんだよね。娘が“ずつ”という言葉があるほうを先に書くと覚えていたのはそのいい例。
世の中を発展させるスーパーテクノロジーに数学がなり得たのは、世界のありようを言葉を使わずに表現できるからだったと思うのだ。そこには解釈やらニュアンスやら意志やらが介在する余地がない。客観的な記述。
数学というツールを日本の小学生が使っても、アルキメデスが使っても、NASAで軌道計算をしている技術者が使っても真理は一つ、ということが数学のすさまじさなのだ。それに対して、「掛けられる数を先に書こう」というのは、極めてガラパゴス的な“約束”だと思う。
“6×8はバツだよ派”の方は、こんな感じに考えているような気がする。
ペンを配るという事象
↓
それを記述した日本語の文章(ここに「ずつ」とか書いてある)
↓
数式
↓
回答
でも、本来は“ペンを配るという事象を数式でこう表現する”と直結している方が数学っぽい。
ペンを配るという事象
↓
数式
↓
回答
僕自身は、かけ算する際に“掛ける数”“掛けられる数”は全く意識していない。そもそもそんなモノあるの? という感じ。例えば↓の図で●の数を数えるときは、掛ける数も掛けられる数もない。
●●●●
●●●●
●●●●
この場合は3×4と4×3、どっちが正解なんだろうか? それとも“行が掛けられる数だから、3を先に書く”とかの約束が、僕が知らないだけで実はあったりするのか?
結局、写真(トップ画像)のテストの問題で、“8×6”という式はバッテンにするべきなのだろうか……僕はバッテンにするのはとんでもないと思うけれども、皆さんはどう思います?
★2011/12/23追記
先ほどお風呂で娘が頼みもしないのにレクチャーしてくれましたので、ご報告しておきます。
1)「先に書いた数字の単位が答えの単位になるんだよ。チョコが7個で配るのが2人なら、7×2で答えは14個でしょ。2×7なら14人になっちゃうでしょ」
⇒がーん。コメントで多くの方が指摘されていた誤った理解ですねぇ。“先に書いた単位が答えの単位”という以前に、14あるのは人じゃなくてチョコでしょ……。
2)「式が間違ってたら(逆に書いたら、という意味)、答えもバツにするぞー」って先生に言われた。
⇒コメント欄でこの問題を詳しく調べている方が「答えがバツなのは初めての例」と書かれていましたが、なんと確信犯だったんですね~。娘の担任に「あなた、時代の最先端行ってるみたいですよ」と教えてあげたい。教えないけど。
あまりのインパクトに、そしてみなさんにいろいろ教えてもらったことで頭がいっぱい過ぎて即座に反論できませんでした。仕方がないので、娘とは「5年後にもう一度この問題を語り合おう」と約束しました……。
執筆: この記事は白川 克さんのブログ『プロジェクトマジック』からご寄稿いただきました。
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