Sampha『Process』Interview
昨年末に来日公演を行い、The xxのステージでもオープニング・アクトを務めた南ロンドンのシンガー/プロデューサー、サンファ。デビュー前からフランク・オーシャンやドレイクなど錚々たるアーティストの作品にゲスト・ヴォーカルとして参加し注目を集めてきたかれが、このたび待望のデビュー・アルバム『プロセス』をリリースする。The xxやアデルを手がけたロディ・マクドナルドを共同プロデューサーに迎え、同時代のR&Bやヒップホップ・アーティストと共有する洗練された仕上がりを見せるビートやプロダクション。加えて、「ネクスト・サム・スミス」とも評されるかれのシルキーでソウルフルな歌声によりフォーカスされた作品となっている。早くからその才能を嘱望されてきたサンファの名前は、今作によって世界中のミュージック・ラヴァーの間で広く知れ渡ることになるにちがいない。
―今回の公演はピアノの弾き語りがメインでしたが、サンファの音楽のコアな部分がダイレクトに伝わってくる素晴らしいセットでした。
サンファ「よかったよ。最初は少し緊張してたんだけどね。ピアノと歌が中心だし、自分1人だったんで、それでちゃんとお客さんが来るのか心配してたけど、実際すごくいいライヴだったよ。すごくミニマルな構成だったんで、自分が丸裸にされてるような感覚もあり……ただ、お客さんも曲に聴き入ってくれているようで、ちゃんと聴いてくれてるっていうのが伝わってきたし、すごく特別なショウになった」
―照明の色も楽曲ごとに指定があったそうですね。
サンファ「単純に日頃から曲を作るときに色をイメージしながら書いてることが多いんだ。実際、歌詞でも色について触れてることが多いし、そうなるとこの曲は当然この色っていうのが決まってくるわけで。僕はまさにヴィジュアル先行型というか、ヴィジュアルでイメージを捉えるタイプなんだ」
―音楽を始めるとき、一番最初に手に取った楽器がピアノだったんですか。
サンファ「そう。3歳くらいのとき、近所の人が引っ越したんだ。その人から父親がピアノを買いとって、それからというもの周囲に騒音をまき散らしていた(笑)。朝早くからピアノを弾いたりして、一緒に住んでた家族は大変だったと思うよ(笑)」
―曲を書き始めたと同時に歌い始めたんですか?
サンファ「それが覚えてないんだ。物心ついたときにはもう歌ってたし、小学校の頃は聖歌隊にも参加していたしね。十代になってからプロダクションに興味を持つようになって、その頃は正体不明の謎のプロデューサーみたいな存在に憧れていたし、まさか自分が歌手として表舞台に立つことになるとは思ってもみなかった。それが宇宙の法則によって、どうもこっちの道に引きずり込まれてしまったようなんだ(笑)」
―聖歌隊に入っていたくらいだから、歌うことは昔から好きだったんですね。
サンファ「まあ、そうだね。自分にとって歌うことはカタルシスというか、自分を解放させてくれるスピリチュアルな経験でもあるから」
―デビューした頃の音源は、どちらかというとプロダクション寄りの作りだった感じがするんですね。それが自分の歌をミックスさせる方向に変化していったのは、どういうきっかけからだったんですか。
サンファ「たぶん、色んな人とコラボレーションするようになってからだと思う。2009年か2010年にSBTRKTと活動を始めて、他人とコラボレーションしていく流れで自分でもヴォーカルをとるようになった。その中で、自分にとってのヴォーカリスト像みたいなものが具体的になってきたという感じかな。同時に自分でもヴォーカルを意識的に曲に取り入れるようになった。ただ、それまで自分からあえて歌おうとは思わなかったんだよ。もちろん歌うことは好きだったけど、特別上手いとは思ってなかったから、自分の声に馴れるまでに時間がかかった。今回のデビュー・アルバムでは、ヴォーカルを前面に出してるし、前みたいにエフェクトをかけていじることもあまりせず、わりと生身の声をいかしているんだけど、そこに至るまでには、歌うことや自分の声を素材として扱うことに馴れるためのプロセスを徐々にプロセスを踏んでいったんだよ」
―最初の頃は自分の声に違和感があった?
サンファ「というよりも……自分の声だから、どうしてもダメなとこばかりが気になっちゃって。以前は自分のヴォーカルが不完全であることを認めたくなくて、ヴォーカルに関してあえて特別なことはしないというスタンスを取っていた時期もあったんだ。だけど、今は不完全さも含めて自分の声を受け入れられるようになった。もっと上手く歌えるはずだってことで、ヴォーカルに関しても色々意識するようになったよ。あまりにも気にしすぎて、逆に見ないようにしてしまうことがあるよね。“人生を生きるためには死を恐れてはいけない”って言うけど、それと同じで、自分の中の恐怖だとかダメな部分を受け入れられるようになったことで、初めて自分の声と向き合えるようになったんだ」
―3年前にリリースされた2枚目のEPの『Dual』は、まさにそうしたヴォーカルに対するアプローチの変化が感じられる作品ですよね。
サンファ「当時の自分や、当時の時間や空気が詰め込んであるドキュメントって意味では面白いと思うよ。作品として今聴いてもやっぱりいいなあと思うしね。あるいは、今の自分と比較して、当時の精神状態やプロダクションなどを含めて、あの頃の自分はこうだったなあって振り返るにはいい。ただ、当時はそれでうまくいったからって、あれをもう一度再現しようというのは得策ではないというか、前に進んで行く姿勢でないね」
―今回のデビュー・アルバム『プロセス』は、自身のどのような状態や過ごした時間が詰め込まれたドキュメントになったと思いますか。
サンファ「新しい作品を作るごとに、毎回、新境地に立つような気持ちではある。ただまあ、今回のアルバムに関して言えば……大人になることに伴う痛みというか、ただ何も考えずにお気楽に生きていられる時期が過ぎたということかな。初めて死というものを身近で意識するようになったり、自分自身や他人に対する責任であったり、思いやりを持つことであったり、介護のことであったりを考えた。人生で自分が今までに経験したことのない局面に差し掛かってきたんだ。母親がずっと体調を崩してたんだけど、実は癌で、しかも末期だったんだ……まあ、自分もそれなりに大人になって、それを理解して受け止められるだけの年齢にはなってたし……だから、まさにさっき言ったように、作っていた当時の心境がそのままドキュメントとして今回の作品に反映されているわけで。それは歌詞だけじゃなく、楽器の使い方1つからハーモニーやプロダクションに至るまで、アルバム全体を覆うムードとしてある」
―大変な制作過程だったんですね。
サンファ「そうだね……いろんな意味において、たしかにしんどい時期ではあったよ。ただ、それも人生の次のステージに進むために必要なプロセスだったというか。だから今回のアルバムは、自分の感情を分析して、理解して、受け入れるという意味で、ごく私的な自己分析でもあるんだ。政治的・社会的メッセージを打ち出すタイプの作品ではなくて、むしろアルバム制作を通して、自分の内側を見つめ直して感情を整理する作業をしていたんじゃないかな」
―今回の『プロセス』は、サウンドについて言うと、プロダクション寄りだった最初のEPの『Sundanza』と、ヴォーカルが前面にフィーチャーされた2枚目のEPの『Dual』の、両方の性格がバランスよくミックスされた作品という印象を受けました。今回のサウンド面で大事にしていたことがあれば具体的に教えてください。
サンファ「自分の音楽性が元々持っているようなカオスを表現したいというのがあって、冒頭の何曲かは、過剰に振り切れるような、とにかくいろんなものを詰め込んでやれってふうに、色んな音が同時進行している。アルバム全体を通して、山あり谷ありで上昇と下降を繰り返していたり、自分の中のエネルギーを解放する必要があったんだろうね。プロダクションに関しても、コントロールするというよりは、ただ自分の感情の赴くままに従うようにした。あと、生楽器を使って自分なりに何か新鮮な音ができないかと考えると同時に、無駄を排除したごくシンプルな音と、それとは対照的なエレクトロニックな音を組み合わせてみたりもした。コンピューターで作り込んだ音よりも、ピアノと自分だけのシンプルな構成のほうが強烈に響いたりするのが面白うと思って、そこを表現してみたかったんだ」
―先ほどの「生身の声を生かす」という話と繋がるわけですね。
サンファ「新たなインスピレーションとしては、今回は西アフリカの音楽をよく聴いていて、ウム・サンガレという女性アーティストから大きな影響を受けている。リズム面やプロダクション、ヴォーカルの運び方だったりね。彼女の『Worotan』というアルバムをよく聴いてたんだけど、本当に素晴らしいんだよ」
―“Kora Sings”は、アフリカの楽器のコラのことだったんですね。
サンファ「そう、ギターに似た瓢箪からできた楽器で、あれはまさに『Worotan』からの影響だよ。よくもまあ、ここまで脈略なくいろんなものを詰め込んだなとは思うけど(笑)、自分の頭の中がどれだけクレイジーか表現するためにそうする必要があったんだろうね」
―一方、“Timmy’s Prayer”ではカニエ・ウェストとコラボレートしています。去年のカニエ・ウェストのアルバムにも参加していましたが、あなたがカニエ・ウェストというアーティストに対して信頼を置いている一番のポイントはどこかと訊かれたら、何て答えますか。
サンファ「どうだろう。何しろ昔からのファンだからね。『ザ・カレッジ・ドロップアウト』は、たぶん十代の頃に一番よく聴いてたアルバムだし。自分がプロデューサーとしてのカニエを尊敬してるのは、けっしてひとつの場所に留まらずに、常に進化し続けてるところだよ。実際、最初にやっていた音楽と今やっている音楽はまったくの別物だし、自分の感情や感覚に忠実に従って動いてるんだってことがわかるんだ。そこが人間としても魅力的だしね。一緒に仕事ができることになったのも、元々ファンだったし、願ってもない機会だった。一緒に作ってみて、音楽的にもすごくオープンで視野が広いし、いつでも新しい道を開拓して……サンプリングにしても、『この音をここに入れるか?』っていうような、自分には想像もつかないような突拍子のないアイデアを出してきたりする。“Timmy’s Prayer”のビートはカニエの家に行ったときに作ったんだ。その場の思いつきでサンプルしたんだけど、カニエはサンプリングの名手だから、あのビートが誕生したのもカニエの存在感に押されてかもしれないよ(笑)」
―そのカニエの『ザ・ライフ・オブ・パブロ』は選ばれませんでしたが、ビヨンセやドレイクの作品がノミネートされた先日のグラミーのリストを見ると、2016年はあらためてヒップホップやR&Bがポップ・ミュージックの中心で存在感を示した年だったと思うんですね。あなたもまたそうした現場を間近で見ているひとりだと思いますが、この最近の音楽シーンの傾向についてはどう感じていますか。
サンファ「まあ、いろんな方向に進化してるんだろうけど……そもそもR&Bとか、50年代からか60年代からか知らないけど(笑)、そのくらい昔からポピュラーなジャンルとして定着していたわけで、それだけでもすごいことだよね。今、わりと有名なミュージシャンやアーティストですら、ものすごく果敢で実験的な音楽に挑戦する時代になったんだなとは思う。インターネットのおかげで、リスナーのほうにもいろんなタイプの音楽を受け入れる土壌ができてきたことも関係してるんだろうけど。そういう意味では、アーティストにとってもすごくやりやすい環境になってるんじゃないかな。自分もそこまで業界について詳しいわけじゃないから、何とも言えないところだけどね。ただ、今のミュージシャンは昔に比べてフォーマットに縛られてない気がする。それはジャンルという意味でもそうだし、あるいは昔だったらあくまでもラジオ向けの曲を書くことを前提にしなくちゃいけなかったりけど、今はそこに縛られてない。音楽の発表の仕方にしても、アルバムやラジオ以外にもいろんな方法があって昔に比べて自由だよね。インターネットなんかのおかげで表現の場や形式が広がったことで、作り手側が自分が本当にやりたい表現を発表しやすくなったのもあるだろうし。まあ、インターネットにもソーシャルメディアだのインスタグラムだのそれぞれのフォーマットがあって、音楽が昔に比べてより細分化されて消費しやすくなってしまったっていう側面もあるんだろうけど。ただ、少なくとも昔みたいなアルバムのフォーマットからは自由だし、既成のフォーマットに縛られない色んな音楽の在り方が考えられる時代になってるんじゃないかな。とはいえ、60年代とか70年代のほうがサイケデリックで、逆に今よりもルールに縛られてなくて、もっとクレイジーだったのかもって想像もしてしまうけども(笑)」
photo Masakazu Yoshiba
interview&text Junnosuke Amai
edit&direction Ryoko Kuwahara
Sampha/サンファ
『Process/プロセス』
2月3日発売
(Young Turks / Beat Records)
国内盤CD 2,400円(+ 税)
ボーナストラック追加収録 / 解説書・歌詞対訳付き
Sampha
フランク・オーシャン、カニエ・ウェスト、ドレイク、SBTRKT、ソランジュら、デビュー前よりトップ・アーティストたちの作品に数多く参加し、昨年カニエ・ウェストの最新作『ザ・ライフ・オブ・パブロ』がアップデートされた際に、収録曲「Saint Pablo」にもフィーチャーリングされるなど、今全世界が注目するR&Bシンガー/プロデューサー。昨年豊洲PITにて行われたザ・エックス・エックスの来日公演にて、オープニングアクトを務め、デビュー前にも関わらず、単独公演を成功させたことも記憶に新しい彼が、Pitchforkが選ぶ2017年期待のアルバム32選にも選出された待望のデビュー・アルバム『プロセス』をリリース。
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