【2年連続ベストセラー1位、ドラマ化も決定】『嫌われる勇気』が支持され続ける理由とは?

フロイト、ユングと並び「心理学の三大巨頭」と称されるアルフレッド・アドラーの思想を、「青年と哲人の対話」という物語形式で紹介し、150万部を超える大ベストセラーとなった書籍『嫌われる勇気』。2013年12月の発売以降、右肩上がりに売れ続け、2015年、2016年と2年連続の年間ベストセラーランキング1位となった(ジャンル別)。また、2017年1月からはドラマ化されることも決定し、話題を集めている。

この『嫌われる勇気』が長きにわたって読まれ続けている理由は、どこにあるのだろうか?特に支持されているポイントは?本書の著者であり、哲学者の岸見一郎氏に話を聞いた。

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岸見一郎氏

哲学者、日本アドラー心理学会認定カウンセラー・顧問

西洋古代哲学、とくにプラトン哲学を専門とする。1989年からはアドラー心理学や古代哲学の執筆・講演活動を積極化、精神科医院などで多くの若者のカウンセリングも行ってきた。訳書にアルフレッド・アドラーの『個人心理学講義』『人はなぜ神経症になるのか』、著書に『アドラー心理学入門』など多数。『嫌われる勇気』の完結編となる『幸せになる勇気』も好評。

人間は、基本的には古代ギリシア時代とほとんど変わっていない

――『嫌われる勇気』が2年連続の年間ベストセラーランキング1位となりました。なぜ、ここまで支持され続けているのだと思われますか?

『嫌われる勇気』は、アドラー心理学を紹介する本ですが、心理学というよりも「哲学書」という認識を私は持っています。

哲学は、「人はいかに生きるべきか、幸福とは何か」をテーマとしていて、古代から脈々と受け継がれている学問ですが、なぜ今も学ばれ続けているかというと、紀元前5世紀に生きていた人と、現代人は、それほど大きく変わっていないからです。古代ギリシアの本を読むと、地理的にも、時間的にも、うんとかけ離れているのに、昔も今も人は同じようなことを考え、悩んでいることがわかります。

だから、哲学書である本書はそもそも「一時的な」ブームでは終わらず、長く読まれるのだと思っています。

また、アドラーの思想がいよいよ現代に追い付きつつあるのだという実感もあります。以前、私は「アドラーの思想は時代を1世紀先駆けている」と言っていましたが、ここにきて「半世紀ぐらいには縮まった」という印象です。

アドラーは、過去を一切否定し、「これまでの人生に何があったとしても、今後の人生をどう生きるかについて何の影響もない」と言い切り、「自分の人生を決めるのは、今ここにいるあなた」「他者の期待を満たすために生きてはいけない」と説いています。『嫌われる勇気』は20代、30代の若者から拡がって行ったようですが、この考え方は若い人を中心に支持されているようです。大人が言っていることを鵜呑みにして従っていたら、自分の人生を生きられなくなると気付き始めた。今までもおそらく、無意識的に思っていたことがこの本で言語化されたから、「やっぱりそうだったんだ!」と視界が晴れ、周りに勧めた人も多かったのではないかと思います。

親がいくら反対しても、あなたの人生はあなたが決断せよ

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――「大人が言っていることを鵜呑みにして従うと、自分の人生を生きられなくなる」とは、例えばどういうことでしょうか?

ある女性が、大好きだけれど経済的に恵まれていない男性と付き合っているとします。しかし、親が「あんな男と結婚するなんてあなたが不幸せになるから、絶対に許さない!」と大反対すると、「親が悲しむから」と、大好きな彼を振って、親が勧める安定した地位にある男性と結婚する人が意外に多いそうです。

でも、いくら安定した地位にある男性と結婚しても、うまくいかないことはある。うまくいかないとわかった時、「お母さんが反対したから、私はこの人と結婚し、不幸せになった!」などと親に文句を言うのかもしれませんが、これはとてもずるいやり方。自分の人生は、自分で責任をとるしかないのです。

自分の人生なのだから、親の言いなりに結婚しても意味はない。経済的に恵まれていない彼との結婚を反対されたとしても、あなたの人生なのだから、「私はこの人と結婚する」とあなたが思うようにすればいい。親は悲しむでしょうが、それは「親が解決すべき課題」であって、あなたが解決すべき課題ではないのです。

「自分の人生を生きていない」ことに気付いたら、もう戻れない

――本書を読んで、「自分の人生なのに、自分で決断し切れていなかった」と気づかされた若者が多い、ということですね。

そうです。「自分の人生なのに、自分の人生を生きていない」ということに気付くのは衝撃だと思います。そして、気づいてしまったらもう元には戻れない。失敗を人のせいにしてごまかすことはできなくなり、自分の人生に責任を持たねばならなくなります。

あまり美しくない例えですが、アドラーは「他人のスープに唾を吐く」という表現を使います。友人と楽しい食事をしていたが、ふと相手の唾が自分のスープ皿に飛び込んでいることに気づいた。それまでは美味しく飲んでいたけれど、気づいてしまったらもう飲めないですね。アドラーの教えは、すべてこういうもの。人の心に刺さり、聞いてしまったらもう戻れない。本書のことを「劇薬」と評す人がいますが、これが理由でしょう。

ある年の5月のことですが、一人の若者が私のもとを訪ねてきました。有名な国立大学を卒業し、4月に大手企業に入社したものの、もう辞めてきたと。

なんでも、初めの研修で飛び込み営業をさせられて、それがうまくいかず、ひどく怒られて生まれて初めて挫折したというのです。そして、周りを見渡してみたら、上司も先輩も少しも幸せそうではないことに気付き、わずか1カ月で辞めてしまったのです。

普通は皆、「たった1カ月で辞めるなんて!」「根性が足りない」「いい会社なのにもったいない」などと言うでしょう。でも私は「決断できてよかったね」と声を掛けました。彼は小さいころから勉強ができて、親が勧めた高校、大学に進み、いい会社に内定が決まって…と親が敷いたレールを歩み、幸か不幸か一度も挫折しないまま就職まで至った。でも、初めて挫折を経験し、それを機に「自分の人生とは?」を考えることができたのです。

彼は「この本を読んで、辞めることを決断できた」と晴れ晴れした顔で言っていました。自分の人生のために初めて大きな決断ができたのだから、今後また岐路に立つことがあったとしても、自分の力でこれからも決断できると思います。

上司が優れていれば、部下は上司よりもさらに優秀になる

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――まだ本書を手に取ってない若者もいると思います。特にどんな人に読んでほしいと思われますか?

多くの人に読んでほしいですが、例えば「上司に理不尽なことを言われているが、言い返せず悩んでいる」という人には、ぜひ手に取ってほしいです。

職場で大事なのは、「誰が言っているか」ではなく、「何が言われているか」。たとえ相手が上司であっても、言っていることが間違っているのであれば、「それは違うのでは?」と言う勇気を持ってほしい。あなたの会社員人生を決めるのは、あなた。陰で「あの上司が言っていることっておかしいよね?」と陰口をたたくのはずるいことだし、「上司によく思われたい」という自己保身でしかなく、黙っていれば何の成長もありません。

そもそも、上司と部下とは役割が違うだけで、偉いわけではない。知識と経験は、部下であるあなたよりはあるかもしれないけれど、人間としては対等なのです。

上司と部下が人間として対等だと皆が理解していれば、風通しのいい職場になります。上司側も、理不尽に怒鳴って虚勢を張らなくても普通にすればいいんだと気付いたほうが、はるかに楽でしょう。部下の意見が正しければ、それを採用すればいいだけで、それで上司のプライドや立場が傷つけられることはありません。上司にとって、そもそも部下が優れた部下になるのは誇るべきことであり、「自分が優れている」ことを示すことにもつながるのです。

私は奈良女子大学で古代ギリシア語を教えていたのですが、優秀な彼女たちにも古代ギリシア語は難解です。ギリシア語を日本語に訳すようにと言っても、答えずに黙ってしまう学生もいました。なぜ答えないのか聞くと、「間違って、デキが悪いと思われたくなかったから」という。私はそんなこと思わないし、わからないところがわからないと教えようがないし、自分の教え方のせいでわからないのかもしれない。「間違ってくれないと私が困るんだ」と伝えたら、次から間違えることを恐れなくなりました。

間違えることは授業の質の向上につながり、早い上達につながります。4月にアルファベットを覚えるところから始まった学生たちが、11月にはプラトンの『ソクラテスの弁明』を原書で読めるようになります。私は3年もかかったのに…。きっと彼女たちの教師が優秀だからでしょうが(笑)、教師が優秀ならば、生徒は教師を超えるのです。

職場もこれと同じで、上司が優秀ならば部下はもっと優秀に育つはずなのです。自分を超える部下がたくさん出てきたら自分の評価も上がるし会社全体の利益にもなるのに、自分にしか関心がない人は、そんなことにも気付かず部下が伸びることを恐れる。そんな企業が伸びるはずはないのです。

「幸せに生きるために働く」べきであり、そう思えないなら変える決断をすべき

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「何のために人は働くのだろうか」と悩む人は多いですが、誰しも「働くために生きている」のではなく、「幸せに生きるために働く」のです。これさえ理解しておけば、ぶれることはありません。自分は今、幸せに生きられているのか?自分が幸せに生きるためには、どういう道を選べばいいのか?と自問自答しながら決断していけばいいのです。

今の世の中は終身雇用が当たり前ではなくなっているとはいえ、1つの会社で長く勤め上げることを推奨する風潮はまだあります。何かに着手したら、最後までやり遂げることを良しとする雰囲気も依然根強いです。

だからといって、本当は辛くて仕方ないのに会社を辞めずに頑張ったり、本当はしんどいのに仕事を投げ出さずに無理やり続けたりするのはおかしい。なぜならば、「この人生は、あなたの人生」なのだから。幸せに生きられない状況にいるならば、幸せに生きられそうな道に進むことを決断したほうがいいと思います。

アドラーの思想がテレビドラマ化され、広まるのは喜ばしいこと

――このようなアドラーの思想は、今の世の中にフィットしている気がします。そして、1月からはテレビドラマ化も決まっているとか。

アドラーにもやっと、こういうことが起こる時代になったのだなあと思いました。フロイトやユングにインスピレーションを受けた芸術家や作家はたくさんいますが、彼らに比べると、アドラーの場合は、そのような人はあまり多くなかった。

でも、アドラーの思想は「劇薬」と言われるだけあって、面白いし、得るものも大きい。これを何らかの方法で世に広めたいと思う人がいてもおかしくはありません。そもそもアドラーの思想を『嫌われる勇気』で対話篇の形にしたのもその一つ。アドラーの本を出すに当たり、編集の柿内芳文さん、ライターの古賀史健さんとでどんな内容にすればこの思想が効果的に伝わるのか議論していた時に、柿内さんが「この僕たちの議論をそのまま本にしたら、読者により面白く伝わるのではないか」と言い出したからなのです。今回のドラマ化もこの発想と同じ。しかも刑事ドラマという、思ってもみなかった方法でアドラーを伝えようとしてくれています。アドラーの思想に感銘を受けて広めたいと思う人が現れ始めたことをうれしく思います。

過去と未来を捨てて、今日を過ごすことに専念すれば、道は作られる

――最後に、どういう視点で毎日を過ごせばもっと幸せに生きられるようになるのか、アドバイスをお願いします。

「過去」と「未来」を手放すことです。「過去」は、今はもうないものだと思ってください。過去にこだわっていると、「あの時こうすればよかった」とくよくよ悩む。でも、過去にはもう戻れないのだから、過去にこだわる必要は全くありません。

一方で、「未来」はまだ来ていません。来ていないことに不安を覚える必要はありません。

今日という日を、今日という日のためにだけ使う。そうしていると、明日が来るのです。そもそも、今日満ち足りた生き方ができたら、人は明日のことは考えないものなのです。そして、大きな悩み、苦しみの中にある人は、「過去と未来は手放す」「今日という日を、今日という日のためにだけ使う」をぜひ意識して、今を生きてほしい。

こうやって1日1日を丁寧に生きていけば、この1日が「点」になり、この点を繋いでいくことで「線」になります。未来は何も決まっていません。精一杯今日を生きることが重要なのです。

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▲発売3年目で150万部を突破し、2年連続で年間ベストセラーランキングの1位を獲得。

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▲2017年1月より連続ドラマ化も決定。

木曜劇場『嫌われる勇気』(フジテレビ系1月12日スタート 毎週木曜日22時~)出演/香里奈、加藤シゲアキ、椎名桔平ほか ©フジテレビ

EDIT&WRITING:伊藤理子 PHOTO:平山諭

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