プラス面&マイナス面

メカAGさんのブログ

今回はメカAGさんのブログからご寄稿いただきました。

プラス面&マイナス面

以前このエントリにいろんな人がツイートをつけてくれた。

・「「若者奴隷時代」のウソ ~高齢者の犯罪は増えているか~」 2011/06/16
http://nebula3.asks.jp/51091.html
・「結局、高齢者の犯罪は増えているか?」 2011/06/19
http://mechag.asks.jp/409526.html

その中に「でも高齢者の犯罪数が増えてるのは事実なんでしょ?」みたいなツイートが少なからずあった。上記のエントリでは先行して上昇していた50代の犯罪率が30代〜40代のそれとほぼ同じになった時点で上昇が止まっていることを根拠に、おそらく60代も同じ傾向になるだろう、これは高齢者の社会活動が活発になったためであろうと予測した。

俺の予想があっているか否かはともかく、そういうプラス面を考えずに「でも犯罪数が増えているのは事実」と、マイナス面に固執する人がいるのは残念だった。俺の予想が間違っているという反論なら全然OKなのだが、「たとえプラス面があってもマイナス面があるのも厳然とした事実」的な考えしかできない人たちがいる。

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たとえば小学生が、何かのきっかけでサッカーの面白さに目覚め、大会で優勝するほどの成績を出したとしよう。反面、勉強の方はおろそかになり成績は下がったとする。これをどうとらえるべきか? 「大会で優勝したけど、成績が下がったのは厳然とした事実だ」と考えるべきだろうか。

少なくとも当人はサッカーの優秀さの方を中心に評価してもらいたいだろう。俺が子供の頃はそういう狭視野な親は“教育ママ”とか呼ばれて否定的に扱われたものだ。いまはどうだろうか? “教育ママ”という言葉がそもそもあまり聞かなくなってしまったし、“お受験”みたいにむしろ肯定的に扱われることが多くなったのかもしれない。

モンスターペアレントなども、自分の子供に不利益が降りかからないことに執心している気がする。先ずはマイナスを取り除こうとするわけだ。プラス面を重視しようとすると、個性はそれぞれだから、バラバラになってしまう。理科の好きな人は実験で優遇し、そのかわり音楽の好きな人はその方面で活躍の場を作る、というようなことは、現在の風潮にはそぐわないのかもしれない。

理科の実験で冷遇された子供の親は、不利益を被ったと文句を言い、音楽の演奏で冷遇された子供の親も同じように文句を言う。すべて平等が一番安心できるのだろう。

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でもそれって子供に、ひいてはその社会にとって幸せなの? と。日本人は個性がないとよく日本人自身がいう。もっと長所を伸ばし、とんがった人材を育てなければ、と。この意見には誰もが賛成するだろう。しかし現実問題となると、マイナス面ばかり気にしてしまう。

マイナスはなしで、プラスだけ伸ばしたいというのは虫が良すぎるだろう。すべてのリソース(時間や資源)には限りがある。いくら金を積んでも時間は買えない。人は100年以上生きられないし、意欲的に活動できる時間はもっと少ない。10代のときに学べなかったことを20代で学ぶというのも難しい。10代で学べなかったことは、もう永久に学べないと考えるべきだろう。

プラス面は子供の自主性に任せ、親はマイナス面だけ気にしていればいいという考え方もあるだろう。でもそれって親の責任を最小にする考え方だよね。プラス面を伸ばそうとして裏目に出るのを避けようとする。そんな甘っちょろい考えで優秀な人間が育つだろうか。

もちろん平凡で無難な人間に育てばいいというならそれでいいし、別にそれを否定しない。でもすべての親がそうだと、ちょっと日本の将来に悲観的になる。大失敗してもいいから、こいつ(自分の子供)の長所はこれだから、これをひたすら伸ばすんだ、という傲慢な親もいるべきだろう。そもそも無難な人生など誰も歩めないのだし(苦笑)。

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日本にはなぜ『Apple』や『Google』が生まれないのかと嘆く人は多い。俺はその理由を知っている。簡単なことだ。他人に不利益を与えることに否定的な日本人の価値観が原因なのだ。ちょっと前に『Amazon』が電子出版で日本の出版社からひんしゅくを買った騒動があった。あまりにも既存の(紙の)出版社の権利をないがしろにしている、と。

新しいものを生み出すというのはそういうことなのだ。誰の利益も犯さずに新しいものを生み出すというのは無理な相談だ。たとえ既存の出版社に不利益をもたらすとしても、出版物の電子化を推し進めることで社会全体の利益になるとするなら、それは肯定されるべき。

たぶんこれを読んで「いや、○○○」と反論したくなった人は多いだろう。いくらでも反論は思いつく。こういう方法をとれば共存共栄ができるのではないか、と。しかし先ずその方向で考えてしまうことが、新しいものを生み出すブレーキとなっている。

そして日本人の社会ではそれに逆らおうとしても周囲がこぞって足を引っ張る。『Amazon』が日本の企業だったら、批判の嵐が巻き起こり、とても上記のようなことはできないだろう。アメリカの企業で、所詮何を言っても無駄だと思っているから、この程度のひんしゅくですんでいる。

『Google』のストリートビューにしても、プライバシーの侵害だという批判はある。これはもちろんアメリカとかでもあるが、それでも『Google』は一歩も引いていない。これがもし日本の企業だったら批判を押し切って断行するなど、とても不可能だろう。

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『Twitter』のデマにしても同じことが言える。『Twitter』はデマを振りまくからけしからんという人が少なくない。しかしプラス面も当然ある。マイナス面(デマ)を排除しようとすれば、プラス面も大半はなくなってしまうだろう。誰でも気軽に、たとえ間違ったことでも発言できることが大きなプラス面なのであって、間違ったことを発言しないようにするなら、誰かにチェックしてもらわなければならない。

その人のチェックが本当に正しいか誰が保証するのか。結局一番信頼できるのは国だ、ということになり、何でもかんでも国のしかるべき機関に判断してもらおうということになる。もうそこには誰でも自由に気軽に発言できる環境はない。

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大抵のものはプラス面とマイナス面がワンセットなのだ。そもそも民主主義や言論の自由というものがその最たるものだろう。素人の大衆に最終的な決定権を委ねるということはとんでもない間違いを犯すかもしれない。言論の自由は少なからず他人に不利益を与える。

しかしそれを上回るプラス面があると考えるからそれが採用されている。おそらくマイナス面ばかり気にし、誰かに少しでも不利益を与えるような行為は徹底して避けるという現在の日本人では決して生み出せないものだろう。

もっと自分勝手にならなければならない。不利益を被る人もいるが、社会全体の利益にはなるはずだから、俺はこれをやる! と。そしてそういう姿勢を肯定・支持しなければならない。日本が今後も発展して欲しいならば。

執筆: この記事はメカAGさんのブログからご寄稿いただきました。からご寄稿いただきました。

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