政府と企業が「労働時間の削減」にようやく本腰を入れるワケ

日本のビジネス社会では、「長時間労働」の習慣が強く根付いています。

皆さんの中にも「残業・休日出勤は当たり前。なくなるとは思えない」という感覚の人も多いのではないでしょうか。しかし、そんな労働環境が変わっていく兆しが出てきています。

「労働時間の削減」は、日本の社会や経済の成長のために不可欠な課題として、政府にも企業にも危機感を持って捉えられつつあります。その背景には、どのような実情があるのでしょうか。

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2016年、政府による「働き方改革実現会議」がスタート

2015年9月、政府はアベノミクスの第2ステージとして「一億総活躍社会」を打ち出しました。その中では「子育て支援を強化し、出生率を回復」「介護離職ゼロ」などの目標が掲げられています。

これを実現するためには、働き方を根本的に見直す必要があります。

そのため政府では、2016年8月に「働き方改革担当大臣」を設置。9月には「働き方改革実現会議」が、安倍総理を座長として始動したほか、「働き方改革特命委員会」が設けられました。2017年3月には、働き方改革実現会議の結論を出す方向で議論が進められています。このように、政府は「長時間労働の是正」に本腰を入れ始めているのです。

「働き方改革は、とにかく急いで実現しなければならない。少子化に歯止めをかける効果を期待するなら、これから2~4年がタイムリミット」

――こう話すのは、長年にわたって長時間労働削減に取り組み、900社以上へのコンサルティングを手がけてきた株式会社ワーク・ライフバランス社長、小室淑恵さん。

「女性の出生率を年齢別にみると、44歳でほぼゼロに近くなります。第2次ベビーブームで誕生した『団塊ジュニア』の女性のうち、一番若い人は42歳(1974年生まれ)、もう少し幅広く捉えると40歳(1976年生まれ)。つまり、人口が多い団塊ジュニア世代の女性の出生率がほぼゼロになるまであと2~4年。その期間を過ぎた後で出産しやすい労働環境を整備しても、そのときには子供を産める母体数は激減してしまうのです」

小室さんが安倍総理と面会した際には、このデータに対し、「もっと早くやっておかなくてはならない問題だった」と、重く受け止めるコメントが聞かれたといいます。

なお、出生率を上げるためには、女性が育児と仕事を両立しやすい制度や環境さえ整えればいいというわけではないと、小室さんは言います。

「厚生労働省の調査によると、夫が休日に家事・育児に費やす時間の長さと、第2子以降の出生の有無は比例しているんです。つまり、1人目が生まれた後、夫が家事・育児に参画していないと第2子が産まれていないという現実があります。育児に関わりたくても、残業や休日出勤などでままならない男性は多い。つまり、男性の働き方改革こそが、真の少子化対策につながるともいえます」

「介護離職」をなくすためにも、労働時間削減は必須課題

日本の社会にとって、少子化と並ぶ大きな課題が「要介護者の増加」です。

厚生労働省の国民生活基礎調査によると、介護を必要とする高齢者の数は、60代後半から70代前半で跳ね上がるというデータがあります。人口の多い団塊世代は2017年に70代に突入。ここから要介護者が急増していくことが予測できます。

「介護のために離職する人は年間10万人を超えていますが、まだ嵐の前の静けさ。特別養護老人ホームの待機人数は52万人、介護は重篤化してから平均10年に及ぶことを踏まえると、離職して介護に専念するのは現実的ではありません。企業側にしても、組織の中核を担う40~50代の人材を、介護を理由に離職させるのは大きな損失。この世代の戦力を活かすという点でも、仕事とプライベートを両立できるような働き方改革が急務となっているのです」(小室さん)

実際、ある大手ゼネコンにおいては、2014年、育児休業を取った女性の数よりも介護休業を取った男性の数が上回ったといいます。

介護生活においては、デイサービス(通所介護)と在宅介護サービスの利用を組み合わせるのが、経済的負担が少なく有効な手段。そうしたサービスの利用スケジュールをシミュレーションしてみると、やはり「18時に帰宅できる」ということが非常に重要なのだそうです。

各社が労働時間削減策を実施。在宅勤務制度も広がる

こうした課題を受け、政府は時間外労働などについて労使間で結ぶ「36協定」の再検討を進めています。

また、勤務と勤務の間の時間を確保する「勤務間インターバル規制」(前日帰宅してから11時間空けないと翌日の業務を開始できない)も、今後推進していくべき重要課題であると小室さんは強調します。

一方、企業においても、労働時間削減に取り組む動きが広がっています。実際に行われている施策の一例を挙げてみましょう。 オフィスの一斉消灯(19:30、20:00など) 一定の時間(17時、18時など)以降の会議の禁止 入退館時間の記録システムを導入するなど、勤怠情報の見える化 時差出勤パターンを多様化 朝・夜のメールでチームメンバー同士がスケジュールを共有。時間の使い方への意識を高める 有給休暇の取得を積極推進 ITの導入により、業務遂行にかかる時間を短縮 チームでの業務分担制を導入し、業務の属人化を解消 労働時間の長さではなく「時間あたりの生産性」を重視する評価制度に変更

また、通勤・移動時間を節約できるほか、子どもの病気などで自宅を離れられない場合などに使える「在宅勤務」「テレワーク」「リモートワーク」などの制度を導入する企業も増えています。

在宅勤務制度を運用するのに便利なアプリケーションやクラウドサービスも充実してきており、出社しなくても資料の閲覧やチームメンバーとのコミュニケーションに支障をきたさない環境整備が進められています。

労働時間削減+業績アップを両立させた企業も多数

ワーク・ライフバランス社では、2016年9月、「労働時間革命宣言」への賛同企業を募集しました。自社での取り組みはもちろん、社会全体での「脱・長時間労働」に賛同する経営者に名乗りを上げてもらうというものです。

募集開始から2週間で賛同したのは40社。カルビー、大和証券グループ、三越伊勢丹ホールディングス、セブン&アイ ホールディングス、サントリー、三井不動産、三菱地所、日本航空、日本通運、かんぽ生命、リクルートスタッフィング、LIXIL、アクセンチュア、サイボウズなど、幅広い業種の企業が名を連ねています。

2016年11月には賛同企業が集い、これまでの取り組みと成果の事例発表も行われました。その報告によると、労働時間を削減した結果、生産性が高まり、売上や利益率が向上した企業の例も多数見られています。また、大手企業に限らず、中小規模の企業でも自社に合った仕組みを取り入れ、成果を挙げています。

ただし現時点では、業績の低下を不安視して、労働時間削減に踏み切れない企業も多いのが事実。しかし、労働時間削減→生産性アップ→業績向上という成功事例が増え、追随する企業が増えていけば、日本社会全体で「働き方改革」が少しずつ進んでいくのではないでしょうか。

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小室淑恵氏/株式会社ワーク・ライフバランス 代表取締役社長

900社以上の企業へのコンサルティング実績を持ち、残業を減らして業績を上げるコンサルティング手法に定評があり、残業削減した企業では業績と出生率が向上している。「産業競争力会議」民間議員など複数の公務を兼任、2児の母

EDIT&WRITING:青木典子 画像:ぱくたそ

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