謎の絵画をめぐる成長小説〜青谷真未『ショパンの心臓』
芸術の秋! 隔週でお届けしている”音楽本スペシャル”、今回は第2回(最終回になる可能性もありますが…)。第1回につきましては、前々回のバックナンバーをお読みになってみてください。さて、その前々回ご紹介した『不機嫌な姫とブルックナー団』(高原英理/講談社)にて、男性ファンの多い作曲家・ブルックナーのコンサートを女性ひとりで聴きに来た主人公を珍しがる隣の席の男に、”女はショパンかモーツァルトでも聴いていろというのか。性別は関係ない”的な反論をするシーンがあった。クラシック音楽については相対性理論と同じくらい無知な私は短絡的に「ショパンは女性に好まれる作曲家なのだろうか」と思ったものだが、もちろん男性ファンも少なくないようだ。私でもニュースなどで知っていたショパン国際ピアノコンクールの入賞者にも男性の名前は多く見受けられる。
そして本書の主人公・羽山健太や彼の雇い主である南雲も男性である。しかし。本書で音楽そのものの話はほとんど出て来ない。南雲が名乗る肩書きは「よろず美術探偵」なるあやしい職業。学芸員である立花貴和子が持ち込んだ依頼は、「村山光雄という画家が、生前『ショパンの心臓』と称していた絵を探して欲しい」というものだった。完全に美術寄りの歯応えのある物語(オッケー、音楽<美術だけど、芸術の秋ということでオールオッケー)。
新卒での就活で大きく後れをとった健太は、大学生という身分も失い、新年度の始まる四月になっても仕事が見つからずにいた。面接に行った帰りの電車が人身事故によって止まってしまい、ふと思い立って見知らぬ駅に降り立った。食事をすませた後あてもなく歩き始めた健太は、古道具屋風の店に従業員募集の張り紙があるのに気付く。いくら職に困っているとはいえ謎すぎる店には抵抗があり、立ち去ろうとしたところを南雲に捕まった。あれよあれよという間に南雲のペースに乗せられ、とりあえず試用期間はバイトとして働くことに。働き始めて間もなく、貴和子が店に現れたのだった。
自分が勤める美術館で村山光雄の回顧展を開くことになり、画家本人が自身の最高傑作だと語ったその絵をどうしても展示したいのだと語る貴和子。村山はすでに亡くなっていて、輝かしい受賞歴や作品に金銭的な価値があるわけでもないためウィキペディアも存在しない。どこから手をつけていいかもわからない状態で調査を始めた健太だったが…。読み始めてすぐは「いくらちょっと前まで大学生だったにしても、こりゃ使えない」と思わざるを得ない状態だった健太が、南雲や貴和子と接するうちに自分で考え行動できるようになっていく。ひとりの若者の成長小説を通して、就活が身近な年頃の読者は自分のことのように、もっと年上の読者は若き日の自分の至らなさをやっぱり自分のことのように感じるだろう(プラス、私は息子がもうすぐ身を投じる就活戦線を思って、健太の一挙手一投足にはらはらさせられた)。
またこの小説は、村山の絵の謎を解き明かしていくミステリーの趣もある。なるべくネタばらしはしたくないが、これだけは明かしてもいいだろう。本書は家族の物語でもある。いかなる出生の事情があろうと、ともに生きる相手を大切にしているならばその気持ちはもう家族としての思いだ。お互いを思いやる気持ちがある者たちの間に流れているのであれば、血も水も同じように濃いと思っている。
それから、音楽の話はほとんど出て来ないと上に書いたが、本書を読んでショパンがどんな思いを自分の曲に込めたのかがわかった。クラシックファンにとっては目新しくはない知識なのかもしれないけれども、それでも芸術家がどれほどの強い気持ちをもって作品を作り上げるのかという事実に心を打たれずにはいられないだろう。
著者の青谷真未氏は、「鹿乃江さんの左手」で第二回ポプラ社新人賞特別賞を受賞、同作でデビュー。その他『山城柚希の妖かし事件簿』シリーズがあるとのこと。これまでの小説は多かれ少なかれファンタジー色のあるものだったようだが、『ショパンの心臓』で路線の異なる骨太な物語を描くことに成功されたと思う。次はどのような作品を読ませていただけるのか、楽しみに待ちたい。
(松井ゆかり)
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