小説もエッセイも楽しめる嬉しい一冊〜柳広司『柳屋商店開店中』
幼少の頃よりスパイに憧れの気持ちを抱いていた私にとって(このあたりのいきさつにつきましては、よろしければ2014年11月第2週や15年3月第2週のバックナンバーをお読みになってみてください)、『ジョーカー・ゲーム』(角川文庫)シリーズはまさにどストライクの作品群。登場人物たちは現代日本文芸のスタイリッシュ界における最先端といえよう。あとは『坂本ですが?』(佐野菜見/エンターブレイン)の坂本くらいか(マンガだし、連載も終了してしまったが)。
さて、本書はそもそも著者初のエッセイ集として出版されるはずだったものである。”デビュー十六年目を記念して、古巣・原書房からエッセイ集を出版”という構想だったそうだ。しかし、いざ集めてみたところ「一冊の本にまとめるには分量が少なすぎる」との編集者からの指摘が。「エッセイに限らず、原稿の依頼を断ったことはほとんどない」著者にしてこの状態だそうだ。編集者のみなさん、もっとひんぱんにエッセイのご依頼なさってください(エッセイ好きなもんで)。
とはいえ、そのおかげで実に全体のページ数からみて3分の2ほどにも及ぶ量の短編が収録されることになったのだから、結果的には万々歳である。1冊の本で小説とエッセイの両方が楽しめるという、たいへんお得な仕様だ(和菓子店・舟和の、芋ようかんとあんこ玉の詰め合わせのようなうれしさ)。冒頭ではついつい『ジョーカー・ゲーム』愛をほとばしらせてしまったが、もちろん柳広司といえばその一択しかないというわけではない。夏目漱石やコナン・ドイルなど古典作品へのオマージュやギリシャ神話や歴史的事件についての造詣に満ちあふれた作品を多く著しているし、本書にもいくつか収録されている。
例えば、「バスカヴィルの犬(分家編)」。「分家」という言葉からすでに、得も言われぬおかしみがにじみ出ていると感じるのは私だけだろうか。ショートショートという限定された枠組みの中で、きっちりと原典に忠実な雰囲気を醸し出しているのが見事である。そして、『ジョーカー・ゲーム』シリーズのスピンオフとして書かれた「シガレット・コード」。こちらには控えめな「読者への挑戦」(?)が掲げられているので、ぜひ挑戦してみていただきたい。さまざまな趣向に満ちた短編&エッセイ集、どうぞご堪能あれ(著者を描いた表紙のイラストがご本人に激似なところもひそかな見どころです)。
(松井ゆかり)
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