出版社“悪者説”から、とりあえず初歩的な誤解ベースだけ書いとこうかな
今回はtokyo_editorさんのブログ『編集者の日々の泡』からご寄稿いただきました。
出版社“悪者説”から、とりあえず初歩的な誤解ベースだけ書いとこうかな
「アマゾンが売上の過半を抜く上に著者から著作権を離脱させろとかなんとか」という『blogos』衝撃記事に関して10月30日に記事を上げたが *1 、ここ数回のエントリー同様、そちらもけっこうソーシャルで反響をいただいた。
*1:「やっぱり米国においしく吸われる出版界か。版元も著者も読者も。小学館、集英社、講談社が電子書籍でアマゾンと組みそうな「ワケ」appendixのappendix」 2011年10月30日 『編集者の日々の泡』
http://blog.livedoor.jp/editors_brain/archives/1607097.html
ソーシャルでの反響であるので、さまざまな視点や立場からご意見をいただく。すごく参考になるし楽しい。
たとえば「 “出版社なければ本もなし”という議論の方向だったら、ちょっと違う時代に入っているのだと思う」というツイート。そりゃそうだ。
テンプレ判型に押し込むだけなら『amazon』だろうがどこだろうが電子書店側で簡単に作業できるはず。あとはたとえば売れる内容への助言や編集とかタイトル付けといった“編集のプロ”的部分をどこが持つかさえ解決できれば、出版社いらんね別に。電子書店はこんなの嫌がるに決まっているので(定量化・データ化できない)。書籍中心の出版社はリコンストラクトされ“編集社”で生き残るのかも。
ただ今回は元の『blogos』の記事(私のじゃなくてどちらかの出版社の方の)が大きな反響を呼んだせいか、“基本的な勘違いベース”のご意見などもけっこう多かった。
なので詳しく解説した過去記事など参照していただきつつ、少し書いておこうかなあと。
パターン1 「どこが搾取?」探し
・出版社は今まで印刷屋に赤字を押し付けて利益を出してきたが……
・出版社は印刷や流通を脅して赤字を押し付けて……
・作家や印刷屋を食い物にしてきた
・アマゾンが利益半分ちょい寄越せと言って日本側がグズってるってのは、いままで流通とかを出版社がもっと締め付けて利益を上げてたってこと?
まず印刷から。
2010年度、出版社トップと印刷会社トップで比べてみる。
集英社 売上1318億円 純利益55億円
大日本印刷 1兆5894億円 250億円
えーと、どっちがどっちに赤字を押し付けてるって? 大日本の社長報酬は2010年度の1年だけで7億9000万円。集英社は1/10もないんじゃないすか知らんけど。ちなみに出版界は“出版社全体で売上2兆円”とかの産業だ。みんな本が身近にあるから“でかい方向”に勘違いしてるのかもしれないけど。
まじめな話、印刷会社は出版企画に対し、個別の案件で赤字受注は普通しない。そもそもそこまでへりくだって受注する必要がない。半導体フォトマスクとか、出版以外の売上がでかいから。
次、流通。
これは前書いたことでもあり、出版社の方ならまず100%実感してると思うけど、出版物流通の力関係は、取次(問屋)>>>書店>出版社だ。間違いなく。 *2
*2:「電子書籍を公取は「非再販商品」に指定。−そもそも出版流通の世界の力関係とは?」2010年12月20日 『編集者の日々の泡』
http://blog.livedoor.jp/editors_brain/archives/1310969.html
流通を脅して締め上げる? 出版社営業の涙目妄想かよ。
たとえばとある書籍が全然売れなければ、もちろん赤字が発生する。それをかぶるのは著者でも書店でも流通でももちろん印刷や紙屋さんでもなく、出版社だけだ。
私が書きたいのはもちろん、「悪いのは出版社でなく◯◯だ」ではない。ビジネスの世界を「どこが搾取してる?」発想で見ると陰謀論に取り込まれるので危険だし、少なくともここで書いた事例では“事実から離れる”ので、“出版社は悪”説に説得力がなくなるということだ。
パターン2 “再販でうまい汁すする悪”イメージ
・今まで再販でおいしいところ……
・再販でうまい汁を……
・再販で……
まず入り口で誤解されてるかもしれないので書いとくと、電子書籍は再販指定商品ではないです。
紙の書籍は再販だけど、もちろん理由がある。
再販制度が廃止されれば、書店は価格を自由に付けられる。売れない本は安くするしかないし、売れる本も他の書店見合いで価格競争が起こる。
取次からの仕入れ価格は変わらないわけで、当然だが書店は損を被りたくないので「売れない本は仕入れたくない」となる。結果として書店はコンビニのカップ麺棚のようになる。−つまり「定番売れ筋作家以外は、売れそうな新刊のみ」ってことだ。*3
*3:「電子書籍を公取は「非再販商品」に指定。−再販制度がなくなると書籍はどうなっていくか」 2010年12月17日 『編集者の日々の泡』
http://blog.livedoor.jp/editors_brain/archives/1310964.html
売れっこない本は出版自体が減っていく。このへんは電子書籍に期待したいところだ。とはいえ紙の書籍で一般的な印刷印税契約なら売れ残ろうが初版分全部最初に著者に入るが電子書籍では印刷概念がないため当然売れた分だけなので、現状の電子書籍市場で考えれば、まあ100部だか500部だか売れて著者の収入は1万円や5万円とか。それで書いてくれる人もいるだろうけど、クオリティーは? それか外国や利権団体・カルトやマルチ、企業のひも付きとか?
そもそも売上10万では印税ゼロでも書籍企画自体難しい。どこの出版社も“将来に期待”してむりくり電子書籍泣きながら出してるわけで。*4
*4:「小学館、集英社、講談社が電子書籍でアマゾンと組みそうな「ワケ」−電子書籍に死骸累々の「出版界」」 2011年10月25日 『編集者の日々の泡』
http://blog.livedoor.jp/editors_brain/archives/1604998.html
以前も私のエントリーに対し“再販は出版社が書店に押し付けた悪制度”みたいな反応があったものだが、再販を止めるとなったら、いちばん反対するのはもちろん書店だ。*5
*5:「電子書籍を公取は「非再販商品」に指定。−書籍の再販制度の存在意義とは?」 2010年12月16日 『編集者の日々の泡』
http://blog.livedoor.jp/editors_brain/archives/1310953.html
ちなみに電子書籍が再販でない理由は、仕組みで多様性が担保されるから。公取は別意見を表に出してるけど。*6
*6:「電子書籍を公取は「非再販商品」に指定。−電子書籍に「再販制度」があまり必要でない「理由」」−電子書籍に死骸累々の「出版界」」 2010年12月21日 『編集者の日々の泡』
http://blog.livedoor.jp/editors_brain/archives/1311019.html
パターン2亜流 “再販で大もうけ”説
・“定価商売で大もうけ”とバレて『amazon』に狙われた
うーん。たしかに書籍は再販制度があるので、出版社が決めた価格は守られる。しかしそれで大もうけになると本当に思ってるとしたら、「いくらなんでも思考停止では」としか。
たとえば私が“『iPhone』の使い方”書籍を企画したとする。値付けは自由だ。5000円にするぞっと。本屋には5000円で並ぶよねそりゃ、1円も値引きなしで。
で、これ売れる? 本屋には類書が1000円とか1400円で売ってるのに。大量に返本食って大赤字で終わりでしょ。
出版社間の競争の結果、「じゃあウチは1200円だな」ってなるのが当たり前。そもそも5000円なんて値付け、社内の会議で鼻で笑われるのが関の山だ(類書の価格や売れ行きを参考に決めるのが常識)。それに取次が取らないよね。「類書が1000円なのにおたくは5000円ですか。それではうちは200 部だけしか引き受けません。売れ行きが良ければ追加で取るのでいいですよね」とかなんとか。出版社は取次には逆らえません力関係から。
これ、競争のことが頭から完全に抜けてる意見だな。実際、市場を巡る競争の結果、書籍の多くは初版が全部売れても赤字とかせいぜいトントンとかのバーゲン価格だ。*7
*7:「一般的な書籍が「赤字覚悟のバーゲン価格」なワケ」 2008年10月04日 『編集者の日々の泡』
http://blog.livedoor.jp/editors_brain/archives/459366.html
感想
最後に“どうしてこのような見方が出るか”だが、理由はふたつくらいかな想像するに。
まず、ネットのヘビーユーザーの一部に見られる“反マスコミ”方々の物量情報に、影響を受けやすい方々が一部おられる可能性。*8
ここで例として挙げたコメントでも、たどると“大学教員”とかいう方がいて驚いた。データを調べるのは研究の基本では?
*8:「「aicezuki知恵袋カンニング」事件、本当に「ネットとマスコミの対立」があると思う? 検証3「マスコミアレルギー」噴出としての「ネット被害者」論」 2011年03月08日 『編集者の日々の泡』
http://blog.livedoor.jp/editors_brain/archives/1473790.html
そもそも私の現場感覚だと、報道週刊誌を除けば、出版社はカッコ付きの“マスコミ”ではないんだけどね。もちろん定義的には雑誌はマスコミュニケーション媒体ではあるが。
もうひとつの理由。多分みなさん出版社といっても、大手5社程度の有名会社しかイメージできないからじゃないかな。
トップ企業が“せいぜい1000億”で全部含めても2兆円というレベルからもわかるように、そもそも出版業界は中小企業が大多数の小さな世界。社員ふたりなんて出版社は山のようにあるし、ヒットが出ない版元は、いつだってバカバカ潰れてる。
もちろん「小さなところは良心的で、デカいところは悪」なんてことはない。一般的には大きなところは悪質な出版はあまりせず、小さなところは企業によって善悪の振れ幅がでかい。
そもそも出版社は誰でも興せる。極端な話、自宅で始めればイニシャルコストゼロみたいなもんだ(流通からの売上回収が半年後とかなので、フローは必要)。
それは、インフラや設備に金が掛からないから。なぜなら紙・印刷・流通などすべて外部に出版社よりはるかに巨大な企業群が存在してサポートしてくれている。もちろんそのへんの知識がなくとも大丈夫。みんな教えてくれる。同人誌がいい例。インフラ上の問題は取次の取引コードを取ることだけで、これも発売元 として別の出版社に頼む抜け道はかろうじてある。
だから社員ふたりでも創業可能だし、たとえ小出版社でも、売れる書籍を企画すれば大ヒットする可能性がある。『ハリーポッター』の静山社のように。*9
*9:「ハリーポッターの静山社が「買い切り」に死んでもこだわる理由。 ベストセラーの怖さ。「返本ありの委託制度」が一般的な理由とは?」 2010年03月15日 『編集者の日々の泡』
http://blog.livedoor.jp/editors_brain/archives/1130152.html
つまり出版社にとって資産は人だけ。そのためもうかるかどうかは、編集や営業といった社員の質次第。だから経営者は人材への投資に心を砕く。まあそうはいっても出版不況ももう10年。大手含め、各社で人員削減やリストラや給与削減は当たり前だけど。 *10
*10:「小学館、集英社、講談社が電子書籍でアマゾンと組みそうな「ワケ」−appendix「ソーシャルストリームから反響拾ってみました」編」 2011年10月27日 『編集者の日々の泡』
http://blog.livedoor.jp/editors_brain/archives/1605819.html
執筆: この記事はtokyo_editorさんのブログ『編集者の日々の泡』からご寄稿いただきました。
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