『ジャニス:リトル・ガール・ブルー』エイミー・バーグ監督 × アレックス・ギブニーインタビュー

Janis Joplin

 

「音楽史上最高の女性スター」と称される伝説のシンガー、ジャニス・ジョプリ ン。ベトナム戦争や公民権運動、ウーマンリブといった反体制の波にアメリカが揺 れ、あらゆるカルチャーが花開いた混沌と変革の時代、彼女の存在は社会現象を巻 き起こし、1970 年 10 月 4 日、27 歳の若さでこの世を去るまで、その激動の真っただ中を全速力で駆け抜けた。派手なボヘミアン・ファッションを身にまとい、臆 面もなく「私だけを愛して!」としゃがれた声で高らかに歌いきる彼女の奔放な生き様は、世界中の若者たちを熱狂させ、自分らしく生きたいと願うあらゆる世代の女性に勇気を与えた。

本作『ジャニス:リトル・ガール・ブルー』を監督したのは、『フロム・イーブル~バチカンを震撼させた悪魔の神父~』(06)がアカデミー賞長編ドキュ メンタリー賞にノミネートされた気鋭のドキュメンタリー監督エイミー・バーグ。また、製作は、公開中の『ミスタ ー・ダイナマイト:ファンクの帝王ジェームス・ブラウン』を監督した、アレックス・ギブニーが務めている。

ジャニスが亡くなった年に生まれたという監督は、実の妹やバンド仲間、恋人などの全面協力のもと、ジャニスが生 前書き綴っていた貴重な手紙の数々を開封。今まで明かされることのなかったジャニスの声を聴くことができる。そ の他にも、名曲「サマータイム」のレコーディング中の映像や、モンタレー・ポップ・フェスティバル(67)や、ウッド ストック・フェスティバル(69)のライブ映像など、1960 年代の貴重なジャニスの映像も満載、その鮮烈な姿は観たひ とすべてを魅了せずにはいられない。 

 

 

ーージャニス・ジョプリンのどこに惹かれたのですか? 

エイミー・バーグ(以下、エイミー) 「さまざまな側面に魅力を感じましたが、特に、ジャニスの内面になる自己承認欲求、成功へのあくなき欲望、そして失敗することへの強い恐怖心といった部分に強く惹かれました。1940~50年代のアメリカの南部というのは、今とは比べものにならないほど、保守的な環境で、家族が彼女に求めることと、彼女自身が求めていることの間には大きな溝があり、幼いころの彼女はその間でひき裂かれていたのでした。

両親は、ジャニスの個性を尊重して育てようとしていましたが、彼らはジャニスがいったい何を考えているのか、何をしたいのか、実はよく分かっていませんでした。そうした環境の中で、普通の南部の女の子として生きていくか、それとも壁を打ち破って自分の道を突き進んでいくべきなのか、ジャニスは常に葛藤していました。高校の同窓会に出席したときの映像をみると、過去から何かを取り戻そうとやっきになっているジャニスの姿が映っています。

しかし、同時にまた、ジャニスは自分の人生を思い切り謳歌したということも事実です。サンフランシスコで、自分の居場所を見つけ出せたことは、彼女にとって本当に幸せなことだったと思います」

 

アレックス・ギブニー(以下、アレックス)「昔から、私はジャニスのファンでした。映画『フェスティバル・エクスプレス』を観た時に、ジャニスのパフォーマンスから受けた衝撃は今でも忘れられません。もし誰かがジャニスについての映画を撮ったとして、果たしてそれは良い作品となるのだろうか、と、いつも心の中で考えていました。

かつて、『GONZO〜ならず者ジャーナリスト、ハンター・S・トンプソンのすべて〜』という作品で、ジャニスの曲を使いました。シカゴの暴動のシーンで、ジャニスの”心のカケラ(Piece of My Heart)”をかけたのです。ハンターにとって、それは大きな出来事であり、状況が変わり始めた瞬間でした。それは正しい選曲だったと思っています。彼女の叫び声が完璧にマッチしていました」

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ーー 企画を考え始めたときから、家族への取材を始めたのですか? 

エイミー「そうですね、2008年にはじめてポート・アーサーを訪れたときから、撮影を始めていました。まだそこに住んでいた人すべてに話を聞き、幼かったころのジャニスの写真をみつけました。しかしそこで、故郷に残っているひとたちと、その街を去った親友と呼べるひとたちとでジャニスへの印象や記憶が、大きく異なっていることが明らかになってきました。今はオースティンに住んでいるジャニスの高校からの親友に、最初のインタビューを敢行し、おぼろげなら10代のころのジャニスの輪郭がつかめてきました。それからというもの、可能な限りジャニスに関する情報を逃さないようにし、ニューヨークを訪れたときには、すかさず、ディック・キャベットにコンタクトをとりました。

しかし、家族への取材は、後にとっておくようにしたのです。ジャニスの家族に会ってお話を聞く前に、大人になってからのジャニスの情報をすべて入手しておいた方が良いと思ったからです。

手紙は、この映画にとって特に重要でした。家族や友だちとの関係を知るヒントをくれるだけでなく、ジャニスは手紙の中ではいつも自分自身に正直であろうとしていたです。

ビッグブラザー時代のバンド仲間への取材を通して、輝きに満ちた目をしながら、一方で恐れを抱きながらテキサスを逃げ出し、カウンター・カルチャーが吹き荒れるサンフランシスコに飛び込んでいったジャニスの心のうちが徐々にみえてきました。ジャニスがバンドをすぐに解散させたことは彼らに大きなショックを与えましたが、それでも、彼女の葛藤や苦悩は、彼らがいちばんよく分かっていたのかもしれません」

ーー撮影を通して、ジャニスについて新たに発見したことはありますか?

アレックス「 大事なのは、ジャニスの人生の中にどんな物語がひそんでいるのかということでした。ステージ上では、あんなに大胆で、厚かましく、そして好き放題暴れまわっていますが、素顔のジャニスは、常に愛情や承認を強く求めていて、とてもシャイで、か弱い女性です。皆が同じように生きることを望まれるような土地で、周囲の人間とは違う考え方をもち、何者かになりたいと思っていた彼女は、自分でも思い悩み、周囲からも酷いいじめを受けました。思春期に深い傷を受けたのです」

エイミー「彼女がいかに繊細な性格の持ち主だったか、そして、失敗することへの恐れがいかに彼女の心を覆っていたかを知り、驚きました。

彼女はとてもパワフルでしたが、少しでも失敗したらすぐさま全てのことを失ってしまうのではないか、といつも不安を抱えていたようです。

彼女は自身に、女性として、またアーティストとして、いつもプレッシャーをかけていました。名声を手にしたスターとしての目まぐるしい日々と自分が心から望んでいる生活の間の溝をうめようともがいていたのです。しかし、それは、結局うまくいきませんでした。友人らが何度も語っているように、ステージから降り、ひとりで家に帰っていくときの彼女はいつも孤独にさいなまれていたのです」

ーージャニスの手紙について教えてください。未公開のものもたくさんありますね。その中で、使おうとした手紙の決め手というのはなんだったのでしょうか。

エイミー「なによりもまず、ジャニス自身に、人生を物語ってほしいと思っていました。ジャニスが残した幾千もの手紙や日記を丁寧に読みこんでいくと、その中で同じテーマが繰り返し語られていることが分かります。それはつまり、『ポート・アーサーのジャニス』と『サンフランシスコのジャニス』との間での葛藤です。そのため、家族に連絡を取っているときと内省的になっているときの手紙を中心に構成しようと決めました。ジャニスが切実に、心情を吐露している手紙を使い、彼女の素顔にできるだけ近づきたいと思いました」

アレックス「 エイミーは、日記や手紙といった内面的なものと、その他の資料のバランスをとることに苦労していたようにみえました。そして、誰にこの手紙を読ませるのか、ということにも。エイミーがナレーションとして選んだキャット・パワーには、力強さだけでなく、シャイネスがあります。それがうまくはまっていると思います。個人的にも彼女のことは大好きで、自分の作品のなかでも、彼女の音楽を多く使っています。彼女の声には、傷ついた詩人が詠んでいるかのような独特の美しい響きがあり、それに加えて、彼女はジャニスと同じ南部の出身でした。彼女の声色は聞くというよりも「感じる」というものです。撮影時、彼女には、ジャニスの精神が憑依していたかのようでした。完璧な選択だったと思います」

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ーーどうしてジャニスの手紙にキャット・パワーの声を選んだのですか?

エイミー「 インターネットでインタビューを聞いたときにピンときました。たとえジャニスのことをよく知らなかったとしても、通ずるものがたくさんあると思いました。彼女なら十分にジャニスのことを理解できるだろうと思ったのです。彼女は女優ではなく、歌手です。彼女自身、南部からやってきた歌手として、多くの苦労をしましたし、同じ女性としてジャニスに強い共感を示してくれました」

ーー アレックスに聞きます。あなたはこの作品に制作として携わりましたか?それとも、プロダクション側にとどまっていたのですか?

アレックス「 エイミーは冒険家でした。彼女はジャニスの手紙や日記の奥深くまで、どんどん掘りさげ、ジャニスのパーソナルな部分に触れようとしており、とても感心していました。私は多かれ少なかれ利用される立場の人間です。私はエイミーを信頼し、彼女が納得のいくまで没頭できるよう、サポートすることにベストを尽くすことを心掛けました」

ーーアルバム『パール』を製作しているときのジャニスを観ていると、声の限りに叫んでいるデビュー当初からはずいぶん変わった印象を受けました。

エイミー「彼女は、ヘロインを絶ったときに人生の転換期をむかえたのだと思います。人生の終盤になってやっと、自分がアーティストとしてやっていけるという自信を持つことができました。最も悲劇的なのは、彼女が歌手としての手ごたえをつかんだ矢先に逝ってしまったことです。以前のように、無鉄砲に声を張り上げることはなくなり、美しく抒情豊かに歌う術を習得し始めていたのです。

取材していく過程で、彼女のことを良く知る全ての人たちの目の中に、罪悪感と後悔の念がみてとれました。もし彼女に対して何か違うことがしてあげられたら、彼女を救ってあげることが出来たのではないかと、彼らは自問していたのです」

アレックス「フェスティバル・エクスプレス・トレインで、ジャニスがギターを抱えて仲間たちと「ミー・アンド・ボビー・マギー」を歌った映像には感動しました。偉大なミュージシャンたちに囲まれて楽しそうに歌っている姿を観ていると、自分の歌に自信を持っていること、それは紆余曲折を経た彼女の歌手としての完成形を見せてくれているように思えます。

このシーンには心が震えました。もうすぐ終わる運命にある自分の人生を、彼女が悟っているのではないかと私には思えたのです。音楽的にはこれ以上ないほどに素晴らしい瞬間でしたが、ひとりの女性の人生としてみると、このシーンは悲劇的です。輝かしい未来が目の前に広がっていたのに、彼女は逝ってしまった」

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ーー映画を作るなかで、なにがいちばん大変でしたか? 

エイミー「物語を紡いでいくのが難しかったですね。本音を言えば、ジャニスの音楽に浸っていたかったけれど、彼女の少女時代の体験を語らないことには、ジャニスの真実の姿に近づくことはできないと思いました。もっと詩的に、抽象的にジャニスの人生を綴りたいという欲望もあったのですが、ジャニスを決定づけたともいえるテキサスで過ごした日々のことは描く必要があると感じていました。

彼女が世に出て有名になってからの資料はたくさん素晴らしいものがありますが、サンフランシスコへ出ていく16歳までのものはほとんど残っていません。

その大事な期間をどう語ればいいのか?オースティンで、写真やフライヤーなどは数点見つけることは出来たのですが、それだけでは全く足りませんでした。その他の記録や写真、映像、資料もなくなったり、壊れたりしていて、ライブのほとんどはシングルカメラで撮られ、フィルムに残っているものにいいものはあまり残っていませんでした。もっとパーソナルな肖像を描き出すため、編集には力をいれました。資料とにらめっこし、編集者と何度も相談しながら、ひとつずつ丁寧に積み重ねていきました」

アレックス「エイミーは当初、自分に自信を持っていないように見えました。無意味に思えるようなフィルムの山に飛び込んでは、頭を抱えていました。しかし、彼女は諦めなかった。

写真や音源といった資料を掘り起こし続け、ついに彼女は驚くべき材料を見つけることができたのです。D・A・ペネベイカーが撮った「サマータイム」のスタジオでのレコーディング風景です。これには非常に驚きました。このリハーサル映像を観ていると、実際に彼女と一緒に演奏しているような感覚を味わえ、感動しました」

エイミー「あのシーンには私もびっくりしました!ジャニスの声はいつも、彼女の人生を象徴的に表現しているように思います。声をきけば、そのときの彼女がどんなだったかというのを感じることが出来るのです。あのシーンで、ジャニスの声はどんどん大きくなり、叫びは激しさを増し、ただひたすらすべての事をステージ上で吐き出しているかのようで、それは、コントロール不能になった彼女の人生を象徴しているように見えました。ジャニスの声は、彼女の人生がどのくらいの速さで動いているかを、いつも完璧に表現していた、と私は思います」

 

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『ジャニス:リトル・ガール・ブルー』

9月10日(土)より、シアター・イメージフォーラム他全国順次ロードショー

(c) 2015 by JANIS PRODUCTIONS LLC & THIRTEEN PRODUCTIONS LLC. All rights reserved.

配給:ザジフィルムズ

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NeoL/ネオエル

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