『千日の瑠璃』15日目——私は怒りだ。(丸山健二小説連載)
私は怒りだ。
縁側の日だまりに寝そべって午睡を貪る男の胸のうちに、突如として湧き起こった怒りだ。私は意気衝天の勢いで夢の殻を打ち砕き、存分に荒れ狂い、悪態の矢となって男の口から燃える秋のなかへ飛び出して行く。しかし、芳しい落ち葉をぎっしりと敷き詰めた山々は、終始凜とした態度を保ち、越冬のために更に深い池へと移されたばかりの錦鯉は、どれも面憎いまでに落着き払っている。
それでも私のむしゃくしゃした気分はおさまらず、急速に膨れあがり、次第に矛先を定めてゆく。男が計十二年を過したふたつの刑務所での日々と、その前後のいきさつとを巡って、私は激しくも切なく飛び交い、自責の念の力をも借りて、彼の出たとこ勝負の半生を厳しく責め立てる。すると、今は不料簡を起こすこともなく、何事にも慎み深い不退転の男が、思わず音をあげそうになる。
だがそれも、池の向うの白樺林に、コンニャクのように震えながら歩く少年が現われるまでのことだ。甥の足音に気づいた男はむっくりと起き上がり、我知らず眠りに陥る歳になった自分に苦笑する。そして行き場を失った私は、軒下で混沌とした小宇宙を形成している蚊柱のなかへ紛れこんだものの、独り暮らしの叔父と、彼が生活のために育てている色付きの鯉に会うために山をふたつ越えてやってきた少年の、思うさま生きる気配が近づくにつれて、静かに衰えてゆく。
(10・15・土)
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