彼女は僕の指をガブリと噛んだ ~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~
有名人の不倫騒動が何かと話題になる昨今。平安時代の結婚は今とずいぶん違いますが、浮気とその後の問題は今と同様、悩ましいものだったようです。梅雨の長雨、男たちの話も延々続く、有名な『雨夜の品定め』のシーン。話題は浮気についてです。
浮気に理解ある女は要注意?浮気も妻の態度次第
「浮気について、理解あるふりをして文句を言わないような女は要注意ですよ。突然キレてものすごい怖い事を言ったり、めちゃくちゃ悲しい和歌を書き残したり、思い出の残るものを残して、姿を消したりします。子供の頃、そういう女の話を聞いて同情したものだけど、今思うと最低ですね。わざとらしい。
そうやって男の本心を試そうとするうち、出家でもしたら取り返しがつきません。そんな事では、仏様も“未練があるだろうに”と思われるでしょうね。たとえ出家せず戻ってきたとしても、2人の間にはしこりが残るでしょう。
病める時も健やかなる時も、共に乗り越えるのが本物の愛情というもの。こんな出来事があった後、関係が元通りになるはずもなく、ギクシャクするのは当然です。
また、夫の愛情が冷めてしまった場合に、家出するのも愚かです。たとえ夫が浮気しても、結婚当初の気持ちを覚えていて、恋愛感情がなくなっても、夫婦の情で一緒にいることだって出来るでしょうに。事を荒立てるから本当に離婚に至るのです。
浮気心も妻の態度次第です。とにかく穏やかに様子を見て“浮気は知ってるわよ”程度に可愛く言えば、“妬いているな”と、夫の愛情も増すでしょう。
浮気を放任されるのは、夫も気楽で一見いいようだけど、奥さんの態度としてしっかりしているとは言えない。”つながれない船は浮く”という喩えのとおりです」
なんだか、結婚式のスピーチでよく聞く『3つの袋』の話の平安時代版みたいな感じ。
「とにかく浮気が許せない!」「愛想が尽きて、家も出て本当に別れたい!」という人には、この限りではないかもしれませんが、まだ同じ相手と長くやっていこうと思ったら、適当なゆるさと程よいシメが大切なのかもしれませんね。愛情を試そうとして裏目に出るというのも、今でも十分ありそうです。
でも、こんなふうに書いているものの、源氏物語の女性キャラたちも、怒って家を出て行くわ、出家するわ、それぞれ自分の気持に正直にやっています。現実的にはそんな風にはなかなかならないよ、という感じがしてリアルです。
見た目は悪いがよく尽す、嫉妬深い彼女との修羅場
左馬頭が若い頃、同棲していた彼女の話をします。彼女は見た目が悪いが努力家で、出来ないことは克服し、行き届いた世話をしてくれる人でした。
「当時は若くて他にも女がいたし、彼女と一生連れ添おうとは思っていませんでした。あまりに嫉妬深いので“なんでそんなに僕が好きなんだろう”と思うとあわれでもあり、自然と一緒に暮らすようになりました。
ただどうしても、嫉妬深さだけはどうにもなりません。そこで、性格を改善してやろうと思いました。こんなに僕にベタボレなんだから、ちょっとシメてやればうまくいくと思ったのです。
わざと冷たい態度に出て、彼女が怒りだした時“お前とはもう無理だ。別れよう。その嫉妬心さえなくなればまた一緒にいようと思えるのに。お前の性格が変わって僕がもう少し出世したら、いい夫婦になれるだろう”
自分でもうまいこと言ったな、と思っていると彼女は少し笑って、悔しそうに“あなたの出世を待つのはつらくないけど、浮気には堪えられない。もうおしまいだわ”と言い、僕の指をガブリと噛んだのです!
僕はオーバーに“ああ、こんな指では恥ずかしくてお勤めにもいけない。もう出世も出来ないよ。いっそ坊主にでもなろう。本気でお別れだ”と、噛まれた指を折り曲げて出て行きました。
勢いで出てきたものの、本気で別れる気はありませんでした。それからは一切連絡せず、ブラブラしていました。数日後、仕事が終わって出てくると、夜更けてみぞれが降っています。皆がそれぞれ帰っていくのに、自分が帰る場所といえば、やっぱり彼女のところしかないのです。
宿直室で寝るのもアレだし、同時進行していた女の元へ行くのもなあ、と思って、様子見がてら家に行きました。きまり悪いですが、数日経って気持ちも落ち着いただろうと思って…。寝室は暖かく過ごせるように整えてあり、今日あたり僕が帰ってくるのを待っていたのだなと思いました。
ところが、彼女はいません。女房たちに聞けば“今晩、実家に戻られました”というのです。置き手紙すらなく行ってしまったと思うと面白くなかったのですが、用意してあった着物も普段以上によく仕立ててあるし、出て行った後も気を配ってくれたんだなあと思います。
その後、あっちも別れる気がないだろうと、連絡を取り合っていましたが、帰ってくる気配もないし、行方をくらますということもない。ただ“前のような生活はいや、一夫一婦制を守ろうと言ってくれるのでなければ”の一点張りです。
きっと折れてくるだろうと思って、“そうするよ”とは言わずにいたら、そのうち彼女がひどく悲しんで死んでしまったのです。冗談のつもりだったのに…。今も自分が責められて仕方ありません。
家庭を任せる主婦としては、ああいう女でないと、と今でも思い出します。どういう話でも相談しがいがありましたし、染め物や裁縫もうまく、家事に長けた女でした」
まさしく残念な話そのもの。「性格を変えられるだろう」と思うところからもう間違ってるよ、という感じがしますが…。
「なんでこんなに僕が好きなのか」と思うほど嫉妬深い彼女。みぞれの降る寒い夜、彼が帰ってくるだろうと思って、寒い夜に部屋を温め、暖かい部屋着を置いていってくれた彼女。それほど左馬頭のことが大好きだったのか、いろんな意味で忘れられない女です。
今は彼女が死ぬほど望んだ、一夫一婦制の世の中ですが、もし現代にこのカップルがいたとしても、彼がプロポーズしてくれたかはわからない。やっぱりズルズル同棲して、責任取らずにケンカ別れしたのかなあ、なんて思います。
女子力の高そうな、ビッチな女に気をつけろ
続けて、嫉妬深い彼女と同時進行していた女の話。文章をサラサラ書いて返事をしたり、気の利いた和歌をすぐ返したり、音楽の才能が相当だったりと、平安時代的な女子力の高い女です。
「嫉妬深い彼女が死んで可哀想とは思いつつ、死んだものはどうしようもなく、こちらの女にマメに通っていると、どうにも派手でいい女ぶっていて頂けない。しかも、しばらく来ないうちに他に男ができたようなのです。
秋の月の綺麗な夜、宮中から帰るとき、ある殿上人と車に相乗りしました。私は大納言の家(父親の家?)に行く予定だったのですが、彼は“今夜デートでね。彼女の家へ行くんだ”と言います。浮気な女の家は通り道だったのですが、彼はそこで降り、例の女の家に入っていくのです!
僕も降りて様子を見ていると、彼はご機嫌な様子で月を眺め、笛を吹いて歌います。部屋の中からは女の弾く和琴の音がして、うまく合奏しています。こっちが覗いているとも知らず、2人は調子のいいことをあれこれいって盛り上がっているんです。明るい月夜にはふさわしいなと思いましたが…。
ただの遊びならこういう女でもまあ面白いでしょうが、さすがに真面目に付き合うには嫌気がして、その夜のことを口実に女とは切れました。
嫉妬深い女と浮気な女。後者の方はもともと信頼出来ないと思っていましたが、おじさんとなった今ではますますそう思えます。
お二人はお若いから、可憐でいかにも頼りない、いたいけな女性に興味があるでしょうけれど、あと7年、僕の歳になる頃にはきっとお分かりになりますよ。僭越ながら、いい女ぶって、ビッチな女にご注意を」
左馬頭の忠告に、源氏は少し微笑んで、頭の中将は頷きます。
しばらく放っといたら浮気されてた、というよくある話ですが、たまたま相乗りした人が浮気相手だったというオチ。「君たちもね、俺の年になりゃ分かるよ~」というのも、どこかの居酒屋でおじさんが言ってそうです。
この辺りは、源氏物語の直接のストーリーとは関係がないので、現代語訳などではスルーされることの多い部分です。筆者もこれを書くのに、今回初めて全部まともに読んだ気がします。ああ、こんな話だったっけ、とあらためて思いました。
紫式部の女性観・結婚観がよく出ていると言われる『雨夜の品定め』の中でも、意外に今でも共感できるところが多い部分と言えるかもしれません。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
(画像は筆者作成)
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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか
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