震災のトラウマと向き合う精神科医 「ドラッカーに助けられた」

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被災者と向き合ううち「涙が止まらなかった」

 大震災が人々に与えた精神的ダメージの正体とは、今後どのような心のケアが期待されているのか、2011年10月11日夜に放送された「ニコ論壇、ニコ生×imago『震災とトラウマ~精神科医と語るこころの傷~』」では、精神科医の斎藤環氏らが、自ら経験した震災ボランティアの現場を振り返りながら、人々はトラウマとどう向き合うべきかを議論した。

■先の見えない不安に疲れ果てる被災者

 東日本大震災の発生直後から、岩手県大槌町で心療ボランティア活動を続ける精神科医兼鍼灸師の森川すいめい氏によると、被災地でのストレス相談は増加傾向にあり、特に「先行きがまったく見えない」、「常に不安である」といった相談が多いという。

 地震で失われた家のローンと、家を債権するための新たなローンの「二重ローン」問題や、借金を抱えたまま年齢を重ねていくなど、「(自分では)何も選択できない」ことに不安を感じる被災者が多く、その結果としての不眠や落ち込み、時には「何で私は生きているんだろうか」と思い詰めてしまうケースまであるという。

 また、東北地方の仮設住宅はおおむね山奥に建っていることが多く、交通環境が整っていないために体力に限界のある高齢者を中心とした「引きこもり」が増加してしまうのでは、と斎藤氏が指摘すると、森川氏も、

「バスに乗るだけで一日が過ぎてしまう。そうすると、出かけることにかなりのストレスが生じてしまい、結局は外に出かけられなくなって、仮設(住宅)にずっと居てしまう。」

 と被災地の実態を語り、行動が制約されるストレスなどで、精神はもとより身体にも悪影響が出てしまうのではないかという懸念を斎藤氏と共有した。

■「自分も泣いていいんだと思えた」

ドラッカーを精神医療の現場に持ち込んだ

 森川氏は、阪神淡路大震災の際に心療ボランティアを行った経験があったものの、今回の震災では当初、何をしていいか分からなかったという。そこで被災者は何に困っているのか、どうしてほしいのかをひたすら聞いてまわり、人々のニーズにいかに対応できるのかを、精神科医の立場から考えた。そのうえで森川氏は、「マネジメント」で知られる経営学者ピーター・ドラッカーの考え方を精神療法にも取り入れたという。森川氏によれば

「どのようにして(被災者)本人が本当に思っていることを聞くか、というのがドラッカーにはある」

と言い、「本当のニーズにたどり着くためには、表面のニーズを解決するだけでなく、根っこのニーズを探すことに時間を費やさなければならない」と、ドラッカーのマネジメント論が精神医療分野でも有効であるとの見識を示した。

 また、ドラッカーは心療ボランティア活動時のセルフ”マネジメント”にも役立ったとし、

「(自分自身も)ドラッカーに助けられていると思う。ドラッカーは『成果に本気になれ』というが、成果は目の前のことではなく、その方(相談者)の10年後、20年後であるので、(被災地で)仕事をするという覚悟を決めることができた」

 また森川氏は、「こんなことを言うと、バッシングを受けるんじゃないか、精神科医としてダメなんじゃないかと思うのだけれど」としながらも、被災地でのボランティア活動では今年5月後半まで、セカンドトラウマ(支援者が受ける二次的な精神負担)によって、「ずっと涙が止まらなかった」ことを明かし、

「このままではいけないと思った時に、(ドラッカーも使った)『傾聴』(相手を理解し、本当に言いたいことを聴くこと)という言葉を知り、自分は泣いてもいいんだと思えた」

と被災地での精神医療の過酷さを語ると共に、マネジメント論が森川氏自身の精神的な支柱になっていることを明かした。

◇関連サイト
・[ニコニコ生放送] 森川氏が語る精神医療の過酷さから視聴 – 会員登録が必要
http://live.nicovideo.jp/watch/lv66359643?po=news&ref=rews#0:26:26

(内田智隆)

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