『千日の瑠璃』7日目——私は九官鳥だ。(丸山健二小説連載)
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私は九官鳥だ。
ダックスフン卜の間抜けな声しか真似られず、そのせいでいつまでも買い手がつかない九官鳥だ。ところが私はきょう、このペットショップに幽霊の如く現われた珍客の言葉を一度で覚えてしまった。我ながらこれには驚いた。それもひとつの単語ではなかったのだから。そのうえ私は仕事の手伝いまでした。「これ何て烏?」を私が反復してやらなかったら、おそらく店主は客の言わんとすることを永久に理解できなかっただろう。
休むことを知らぬ体を持つ少年の手から立派な籠を受け取った店主は、なかに入っている小鳥をしげしげと見つめた。彼は鼻翼を膨らまして、「こいつはオオルリの幼鳥だ」と言った。「コレナンテトリ?」と私はもう一度鳴いた。すると店主は、私に初めて人間の言葉を覚えさせてくれた少年に何か礼をしたいと思った。そして彼は、餌は九官鳥のものを水で練って与えるのが一番だと言い、それをひと箱只であげた。また、ときどき与えれば元気になると言って、私も大好物の生きた虫《ミル・ワーム》をひとパック持たせた。
それから店主は、これは飼うことを禁じられている鳥だから、他人には絶対見せてはならない、と二度忠告し、籠全体を包装紙で覆ってやった。私は帰って行く少年の背中に訊いた。「コレナンテトリ?」と。すると店主が私に言った。「オオルリに比べたらおまえなんぞ鳥のうちに入らん」
(10・7・金)
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