『星ガ丘ワンダーランド』中村倫也インタビュー
その町では丘の上に観覧車が回っている。今ではすっかり寂れてしまったその遊園地も、かつては夢と思い出がいっぱい詰まった場所だった。そんなノスタルジーを湛えつつ展開する色彩、映像、そして珠玉のキャラクターたち。と同時に、気がつけば、霧のようなミステリーが物語をうっすらと覆い尽くしていく————。
各界の注目を集める俊英が日本映画を支える俳優たちを随所にちりばめて撮った本作『星ガ丘ワンダーランド』は、まさに才能と才能の化学変化に満ちたアーティスティックな名作に仕上がった。そんな中、物語の芯の部分をしっかりと担い、なおかつ多くの出演者とまみえながら透明な空気を発露させていく存在こそ、主演の中村倫也だ。確たる実力と研ぎ澄まされた存在感とで観客を魅了し、この2016年、様々な領域でのさらなる活躍が期待されるこの逸材。彼の目に本作はどのように映ったのか。そこに込められた思いについて話を訊いた。
——————完成した映画はもうご覧になりました?
中村 「見てないんです・・・」
——————えっ!!!
中村 「……ウソです(笑)」
——————あー!!!びっくりしました。じゃあ、気を取り直して。実際ご覧になられたご感想などから伺ってもいいですか?
中村 「柳沢(翔)監督とカメラマンの今村(圭佑)さんという二人のタッグが作る独特の映像世界というか、心象風景というか、そういったものがきっと美しいものに仕上がるんだろうなと期待しつつ、撮影中もあえてモニターを見ず演じてました。ですから、実際に出来上がった作品を見て、そういったところがファンタジックに、かつ残酷に切り取られていて、とても素敵な映画に仕上がったなと思いましたね」
——————中村さんの人生における、まさに「名刺代わり」というか、一生誇れる主演作だと思います。最初にご覧になった時、そういう実感ってふつふつと湧き上がってくるものでしたか?
中村 「正直、全然なかったです(笑)」
——————そういうものなんですか?
中村 「ある種、客観的には見れなくなっているといいますか。監督の狙っていたものがどう発露しているのかってところばかりに目がいってしまいました。自分の演技に関しては本当に思い入れの強いシーンばかりなので、そもそも客観的な目線というものが持てなくなっていて……。試写の後にも関係者の方に『いやあ、良かったね』と褒めていただいたんですけど、まだどこかしら100パーセント乗っかれない自分がそこにいるという」
——————なるほど。
中村 「ですから、実際に映画が公開されて、お客さんがどう楽しんでくださるのかっていうのが僕にとっての全てなのかもしれません。胸を張れるものは作れているので、もうジタバタしようもないですし。そういうお客さんの声が聞こえてきて初めてホッとできるのかなあって思ってますね」
剥き出しのままの自分で挑んだ“温人”という役柄
——————中村さん演じる温人(はると)は「星ガ丘駅」の落し物係として勤務する駅員さんです。彼の最初のシーンのセリフが「はーい、どうしました?」なんですが、この声のトーンがすごく温かくて、一瞬にして魅了されるものがありました。入念に打ち合わせを重ねたり、何度も取り直したりしたシーンだったんでしょうか?
中村 「いやあ、全然。そういう意味では極力、声とかフィジカルなことは僕そのもので挑んだつもりです。演じる役によっては歩き方や声のトーンとか息の量を変えることはありますけれど、今回は“剥き出しのままいく”ことがテーマといいますか、そうじゃないと太刀打ちできない役だったので。ですから、あのシーンは何も打ち合わせとかそういったことはなかったですね。僕の人間的な温かさが滲み出たんですね、きっと(笑)」
——————本当にあったかい、素晴らしいシーンでした。他にも、子供時代の自分と今の自分とがオーバーラップするようなシーンも多く、演じていて感情の出し方が難しい場面もあったのではないかと思いますが。
中村 「“温人”という役柄自体が、どっちかというと積極的に表へ出て行くタイプではないですし、この映画もまた、語らないところで語る、みたいな性格を持っている作品です。その持ち味を大切に生かすため、過度な表現は極力しないように、そこにある“肌触り”をそっと置いていくような毎日でした。足し算でやっちゃったほうが確実に楽なのはわかってるんですが、監督のOKをもらえるのを信じて、あえて(引き算の演技を)貫きましたね」
——————ご自分の頃の子供時代を思い出すような場面はありましたか?
中村 「そうでうすね。もちろん、本作の役柄と僕の幼少期は全く異なるものの、役作りの段階って僕自身が“温人”と繋がらなくちゃいけないので、自分の幼い頃の記憶を久しぶりにこう、かき集めたというか、撮影に入る前の一か月くらいはちょっとでもヒントになるものを探す旅をずっと続けてましたね。その過程の中で想像を膨らませて自分自身の体験に近づけたといいますか」
日本映画を代表する役者陣との化学反応
——————どの出演者も本気で温人にぶつかってきて、そのグラディエーションにも非常に心掴まれました。今回共演されて思わず入り込んでしまったという場面はありますか?
中村 「思わず、といえばやっぱりお兄ちゃん役の新井(浩文)さんとのシーンですかね。男二人だけの兄弟ってところの空気感とか、新井さんがこう、心の扉を開いてそこにいてくれた、といった感じが嬉しかったです。やりとりしている中で自ずと滲み出てくる、なんとも言えない雰囲気がありましたね。僕、男兄弟の話ってすごく好きなんですよ。だから新井さんと二人でその関係性を築けたのは本当に贅沢だなあって。残さず汁まで飲んでやるという気持ちで撮影してました」
——————菅田将暉さんとの取っ組み合いの喧嘩のシーンも鮮烈でした。どれくらいの本気度で?
中村 「思った以上に菅田がガチでしたね(笑)。プラットフォームの地面に後頭部をガンガンやられましたからね。そういった意味では年下の俳優が思いっきりやれたことが僕は嬉しかったですし、そんな信頼関係をこれまで築き上げて来られたのかなと。大好きな俳優ですし。痛かったけど(笑)。」
——————カットかかった瞬間に菅田さんは「すみません、本気でやっちゃいました!」とか言わなかったですか?
中村 「言わないです(笑)。そんなこと言うくらいなら最初からやんないですよ、彼は」
この映画は僕らの生んだ“自慢の息子”
——————この映画を通じての中村さんご自身の気づき、役者として学んだことなどはありましたか?
中村 「僕は役者として、人間の持つ矛盾とか葛藤とか、いろんな感情が揺れている様とか、そういったものもひっくるめた人間の業(ごう)みたいなものを表現するのが好きなんです。その点、この映画は本当に美しい映像表現と反比例して、登場人物の内面もまた非常に生々しいところまで描ききっている。その辺のギャップがとても面白いと思います。撮影している時もそうでしたが、改めて僕はそういう風な役者としてのあり方が好きなんだなと再確認しました」
——————(このインタビューが行なわれた)本日は、夜にこの映画のプレミア試写会を控えています。いよいよ大勢のお客さんの元に届ける日がやってきたわけですが、昨晩は興奮してなかなか寝付けなかったとか、そう言ったことはありませんでした?
中村 「大丈夫です(笑)。今更あがいてもどうしようもないですからね。重要なのは、撮ってる最中に誠心誠意向き合って、胸を張るものを作り上げること。そこから先はもう分からない。もはや『僕らの生んだ、自慢の息子です』って紹介するのみです。ずっとそういったメンタリティで生きてきたので、ここで緊張したってしょうがない。どんな風にお客様に召し上がっていただけるかな、という感じで、むしろワクワクしてます」
撮影 吉場正和/photo Masakazu Yoshiba
インタビュー・文 牛津厚信/interview&text Atsunobu Ushizu
企画・編集 桑原亮子/edit Ryoko Kuwahara
『星ガ丘ワンダーランド』
星ガ丘駅の近くにある、今は閉園してしまった遊園地、星ガ丘ワンダーランド。駅の「落し物預り所」で働く温人は、落とし物の持ち主を想像しては似顔絵を描くことが日課だった。そんなある日、20年前に姿を消した母の訃報が届いた。かつて笑顔と喜びにあふれていたワンダーランドで自殺をしたという。その死をきっかけに、温人は離れ離れになっていた兄、そして義理の姉弟と出会うことになる。そして彼らが出会うとき、閉ざされていた過去が明らかになっていく……。
柳沢翔長編初監督作品
中村倫也 新井浩文 佐々木希 菅田将暉 杏 市原隼人 木村佳乃 松重豊
2016年3月5日(土)より全国ロードショー
配給:ファントムフィルム
都市で暮らす女性のためのカルチャーWebマガジン。最新ファッションや映画、音楽、 占いなど、創作を刺激する情報を発信。アーティスト連載も多数。
ウェブサイト: http://www.neol.jp/
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