【クリエイティブは努力と経験から】大ヒットCMを手掛けるクリエイターの「着眼」と「発想の源」

【クリエイティブは努力と経験から】大ヒットCMを手掛けるクリエイターの「着眼」と「発想の源」

「トントントントン、ヒノノニトン」のフレーズが耳に残る日野自動車のCM、スーモくんが活躍する、リクルート住まいカンパニー「SUUMO」のCM――これらを作ったのは、ヒットメーカーとして知られるクリエイティブディレクター・横澤宏一郎さんだ。人々の心に残るCMは、どんなきっかけで、どんな着眼で、生み出されるものなのだろうか?横澤さんの経歴やキャリア観を伺いながら、彼ならではの発想力、着眼力を探った。

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株式会社タンバリン クリエイティブディレクター・CEO

横澤宏一郎さん

1995年博報堂入社。セールスプロモーションを経て、99年にクリエイティブ部門に異動し、クリエイティブディレクター、CMプランナーとして活躍。2009年からコミュニケーションデザイン・ブティック、タンバリンに参加。TCC賞、ACC賞、アドフェスト、08年クリエイター・オブ・ザ・イヤー審査員特別賞、2010年同メダリストなどを受賞。

「やれる、やれないではなく、やりたいか、やりたくないかだ」の言葉に突き動かされ、クリエイターの道を進むと決意

横澤さんは話題のCMを数々手掛けている、今をときめくトップクリエイターだ。しかし、博報堂に新卒入社した当初はクリエイティブ畑ではなく、SP(セールスプロモーション)担当だったという。

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高校時代にたまたま観たCMが面白くて、「こんなCMを作る仕事に就きたい」と広告代理店への就職を志望。大学卒業後は、希望通り博報堂に入社しました。

しかし、憧れて入った業界にもかかわらず、当時の僕は「自分はクリエイターの器ではない」と思い込んでいました。その頃、あるベテラン俳優がTVか何かのインタビューで「世界で一番悲しいのは、才能がないのに努力している奴だ」と話しているのを見て、「まさしく俺のことだ…」と落ち込んでしまって。

そこで、クリエイターではないけれど、興味があったクライアントの販売促進などを手掛けるSP部門に手を挙げました。

でも、徐々に「自分がやりたいのはクリエイティブじゃなかったのか?」と自問自答するように。ちょうどその頃、東大出身のプロ野球選手がインタビューで語っていた「やれる、やれないではなく、やりたいか、やりたくないかだ」という言葉を耳にして、「やっぱりクリエイティブがやりたい!やりたいならばチャレンジすべきだ!」と思い直したんです。

社内営業など地道な努力を続け、「アイディアが発揮できる仕事」で少しずつ実績を積み上げる

「2人の著名人のセリフ」に翻弄された感のある新人時代。社内試験を受け、念願かなって異動が実現したのは、入社4年後の1999年のことだった。

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でも、当初は仕事がうまくいきませんでした。テーマが堅く、自分のアイディアが発揮しにくい案件ばかりだったんです。当時の自分は「同期入社のクリエイターからすでに4年おくれを取っている」ことに焦っていました。腹決めして飛び込んだからには、早く実績を上げたいと思っていたので、うまくいかない案件から逃げていたら、当然のことながら仕事がなくなりました(笑)。

ヒマな時間を使って、会議室にこもり、名作CM集をひたすら見続けました。日本のCMだけでなく、海外のCMもライブラリにたくさんあったので片っ端から見ましたね。そして、「このCMのどこに面白さを感じたのだろう?」と一つひとつ分析し、ひたすらノートに書き出していくという地味な作業を続けたのですが、その過程で「面白いと感じるCMの法則」が見えてくるようになったんです。既存のものを、別の視点から捉え直すデコンストラクションという手法ですが、これが後々のCM制作に大きく活きることになります。

その後、「アイディアを発揮できる仕事」を得るために横澤さんが行ったのは、「小さくても面白い仕事」の実績を少しずつ増やすこと。それが営業やクリエイティブディレクターの目に留まり、「こいつ面白いことやってるじゃん、今度のプロジェクトに呼んでみよう」と思ってもらえれば、その仕事がまた次の面白い仕事を呼び、好循環が生まれるからだ。

初めは、本当に地道な行動から始めました。CMは新入りにはいきなり任せにくい。だから「まずはポスター作らせて下さい!」とお願いし、徐々に大きな仕事へとつなげました。「自分で回せる案件が欲しい」と思っている血気盛んな若手の営業を取り込んで「一緒に新しい企画を仕掛けようぜ」などとそそのかし(笑)、仕事をもらったことも。どんな小さな案件でも、手掛ければ“自分の実績”になります。こうして少しずつ実績を積み上げていきました。

その後やったのは、社内の営業担当への「営業」。営業のオフィスがあるフロアを上から順に全部回って自分の作品集を配り、知っている顔がいたら「最近何やっているんですか?」と世間話をする。そして、まだクリエイティブ担当が決まっていない案件があったら「僕にやらせて下さい!」とすかさず立候補しました。

広告業界誌にも売り込みに行きましたね。小さくても、これぞという作品が作れたら、すかさず編集部に持参。郵送で送るとそのまま放置される可能性が高いけれど、自分で持っていけば顔見知りになれるので、どの作品を掲載しようか迷った時に「横澤さんの載せとく?」ってなりやすいじゃないですか。今考えると、よくここまでやったなあと自分でも思いますが、それだけ4年間のおくれを取っていることへの危機感が強かったんです。

初めからクリエイティブ部門に来ていたら、ここまでの努力はしなかったと思います。今頃ぬるま湯に浸かって適当にやっていたんじゃないかなあ。そう考えると、苦労はあったけれど4年間の回り道があって本当によかったと思っています。

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▲横澤さんの代表作、「トントントントン、ヒノノニトン」のフレーズが耳に残る日野自動車のCM

経験に勝るものなし。たくさんの経験が引き出しを増やし、アイディアの源に

仕事がない時期にあらゆるCMを見まくり、「面白いと思われやすいCMの法則」に気づいた横澤さん。ただ、法則だけではCMは作れない。より面白いCMを作るには、「クリエイターの引き出しの多さが重要。経験に勝るものなし」と断言する。

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ここでいう「経験」は、クリエイターとしての場数を示すものではなく、自分という個人が経験したこと。経験は自身の引き出しを増やしてくれる財産であり、それが作品に活かせる時が必ず来る…という意味です。

企画を考えるとき、一からアイディアをひねり出すということはなくて、自分の頭の中にあるさまざまな経験を、頭の中で勝手に合体させて、ポンと生まれたものを活かすことが多いですね。経験が多ければ多いほど、頭の中での「組み合わせバリエーション」もぐんと増える。だから、経験は財産。クリエイター志望の学生などによくアドバイスを求められますが、「旅に出たりバイトをしたりして、若いうちにしかできない経験をたくさんして引き出しを増やしたほうがいい」と言っています。

例えば、10年ほど前に『へんないきもの』という本のCMを作りました。3年間付き合った男女がテーブルで向かい合い、別れ話をしているというシチュエーション。女性側が泣きながら3年間を振り返っているのですが、一方の男性はふと『へんないきもの』のことを思い出してニヤニヤしているというCM。

これ、僕が昔、実際に体験したことがベースになっているんです。別れ話をしている最中、ずっとテーブルの木目が気になっていて…。彼女は泣いているのに、僕は木目を見ながら「変なカタチしているな~」って(笑)。そのときのシチュエーションと、この本を掛け合わせたら面白いって、ポンと降りてきたんです。

ただ、毎日忙しい中、そうそう「非日常の経験」をすることばかりに注力していられないので、僕は本や映画の力を借りています。本や映画の中の、心に残ったシーンが頭の中に残り、いつかアイディアとして開花する可能性が高いから。

実は、CMプランナーになるまで、本や映画などにほとんど触れていませんでした。でも、仕事でクリエイターの方々と話をしていると、共通言語としてごく自然に「あの監督のあのシーンみたいにさ」なんて映画の一場面が出てくるんです。これは知っておかないとまずい!と思って、年間150本程度の映画、20~30冊の本を読むようにしたら、一気に引き出しが増え、アイディアのバリエーションも増えました。有名なクリエイターに会うたびに「何かおすすめの映画や本ってありますか?」と聞き、片っ端から観たり読んだりした経験は、僕の企画の随所で生きています。

これってCM制作の世界だけではなく、あらゆる世界において役立つことだと思います。経験が増えれば、アイディアはもちろん、話の引き出しも増えます。クライアントへの商談や新しい企画のプレゼン、女の子と話すときにだって活かせる。本や映画で間接的に経験値を増やすのはお勧めですよ。

あなたが決めることが、未来になる。行動すれば、人生は変わる

2月8日からOAされている『リクナビNEXT』のCMも、横澤さんの作品。妻夫木聡さんが、将来に悩む若者の前に現れる「謎の男」を演じ、彼の心にそっと寄り添うという内容だ。

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僕も40歳を過ぎ、人生の折り返し地点が近づいてきたなと感じています。同時に、社会に出て20年が経った。60歳を一つのめどと考えると、社会人としても折り返し地点を過ぎたということになります。仕事人生をどのようなゴールで終わらせるかに、考えを巡らせるようになってきました。

でも、今キャリアや将来に悩み、転職を考えている人は、僕より若い人が多いと思います。若いうちは、自分次第でいくらでも将来が開けるものです。そんな想いを、ストーリーと「あなたが決めることが、未来になる」というコピーに込めました。

やりたいことがあったとしても、毎日そこそこ忙しいし、新しいことにチャレンジするって面倒くさい。でも、自ら行動しないと、人生は変わりません。僕が20代の時に「やっぱりクリエイターになる!」と決意してチャレンジし、現在CMプランナーとして仕事ができているのも、思い切って行動に移したから。

自分次第で、将来はいくらでも変えられる。自分の可能性は、無限大に広がっている――このCMを見た人に、そう思ってもらえたら嬉しいですね。

EDIT&WRITING:伊藤理子 PHOTO:中 恵美子

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