ねじれた宇宙外交事情を背景としたウルトラマンの闘い
昨夏に刊行されたウルトラ怪獣アンソロジー『多々良島ふたたび』に続く、円谷プロ×早川書房の公式コラボ企画の第二弾。こんかいは書き下ろし長篇だ。企画ものだと軽く見てはいけない。なにしろ、三島浩司は外宇宙由来の怪物キッカイを封ずるために二足歩行兵器を投入して戦う『ダイナミックフィギュア』を書いた作家。あの作品は特撮テレビ番組みたいな設定を前面に出しながら、社会や組織のリアリティを疎かにせず、しかも思考を喚起するテーマ展開があった。その三島浩司がウルトラマンにどんなアプローチをするのだろう。期待が高まる。
ぼくは初代『ウルトラマン』をリアルタイムに、テレビに齧りついて観た世代だ。毎週楽しみにしていたが、科学特捜隊のハヤタと宇宙から来たウルトラマンとが命を共有しているところがなんとなく釈然としなかった。これはどんな状態なんだろう? 『ウルトラマンデュアル』を読んで、そんな疑問を思いだした。
この作品で命を共有しているのはウルトラマンではない。光の国の聖女ティアだ。
ことの起こりは、地球征服を目論む凶悪宇宙連合軍ギャラフィアンの来襲だった。彼らは圧倒的な技術力・攻撃力を誇示して人類に隷属を迫った。主要国の首脳陣は侵略者たちと交渉し「交戦なき敗戦処理」の段取りとなったが、先方が突きつけてきたのは赤道を挟んだ南北緯50度以内からすべての人類が退去するという非情な条件だった。市民レベルでは叛旗を翻す者もいたが、政治的・軍事的には全面的に承服するほかない。人類が諦めかけたときに、光の国から義軍が駆けつける。地球近傍でギャラフィアンとウルトラ戦士の激しい戦闘が繰りひろげられ、双方がほとんど壊滅となる。光の国側でたった一隻残ったスペースシップは練馬区に着陸したが、搭乗者はわずが二名だった。ひとりは光の国の聖女ティアで、彼女は自らは闘わない。もうひとりはピグモンと自称する生物で、こちらは技術者のようだ。
侵略者に抵抗するチームの総代である伊波松男はティアの身柄を守るため、自分の娘・滴(しずく)を犠牲にする。光の国の技術でティアと滴との精神を融合させたのち、ふたたびそれぞれの身体へ戻す。ティアはスペースシップ—-ティアズ・スタンドと呼ばれ、反ギャラフィアン勢力が集う「光の国の飛び地」の中心拠点となる—-にとどまり、滴は人間社会で普通の高校生として暮らして外部との連絡役を務める。
一方、ギャラフィアンはすべてのスペースシップを失ったものの、若干名のヴェンダリスタ星人が地球上に生き残った。ヴェンダリスタ星人は精神寄生体であり、地球人の身体を乗っとる。ティア/滴のような共生ではないが、ヴェンダリスタ星人に憑依されたのちも元の人間の意識は存続しており、なにもできぬまま身体が操られるのを傍観している状態だ。ヴェンダリスタ星人は精神を分割して、ひとりで複数の地球人に入りこむことができる。ただ身体が別だと意識も分かれるので、ときどきは集まって統合しなければならないらしい。
ティアは光の国へ、ヴェンダリスタ星人はギャラフィアンへそれぞれ援軍を要請した。どちらが先に地球に到着するかで命運が決するが、それまでは膠着状態だ。人類は微妙な立場に立つことになる。表向きはヴェンダリスタ星人に服従の姿勢を示してはいるが、彼らに反抗する「光の国の飛び地」の治外法権は黙認。ただし、そのエリア外で戦闘がおこなわれた場合、人類はヴェンダリスタ星人に荷担せざるをえない。外交的にはティアのほうが侵略者なのだ。その一方で、自ら進んでティアの元へ行くひとびともいる。彼らは光の国の技術でウルトラマン化するが、ファイターとしての資質を開花させる者はごく少数だ。ウルトラマンデュアルとして闘った片蔵正平はヴェンダリスタ星人が送りこんだ怪獣に殺された。その闘いも付近住民の事情・感情を忖度して設定された人間のルールが枷にならなければ、デュアルが勝っていたかもしれない。
片蔵正平のあとを次いで二代目ウルトラマンデュアルとなったのは、ティア・ステーション圏内にやってきたばかりの二柳日々輝(ふたやなぎ・ひびき)だ。ウルトラ化によって意識が上書きされるために記憶の一部が欠損してしまう。自分を迎えてくれたなかにかつてのクラスメイト植松鈴がいるのだが、彼女との思い出も曖昧になっている部分がある。日々輝と鈴ばかりではなく、登場人物がそれぞれの過去を負っていて、それが物語に陰影をもたらす。
日々輝が直線的で熱いヒーローなのに対し、もうひとりのヒーロー友利三矢(ともり・みつや)は繊細で内省的なヒーローだ。彼は伊波滴と同じ高校の生徒で、ヴェンダリスタ星人に難癖をつけられていた伊波滴を救う。ヴェンダリスタ星人が乗っ取るのは青年の身体と決まっており、政府や実業界にも圧力をかけるだけではなく、高校でもわが物顔にふるまっているのだ。かくして物語に学園ドラマ的な要素が導入される。彼はやがてティアズ・スタンドのレジスタンスを外部から支援する「序の口」のメンバーに加わる。
三矢にも引きずっている過去があった。親友だった片蔵誉(ほまれ)は最初にギャラフィアンが地球を支配しようとしたとき、草の根的に抗議活動を企画し、三矢も彼の意気に感銘を受けて協力したのだ。しかし、誉はいまヴェンダリスタ星人に憑依され、人類を弾圧する側にまわっている。三矢はいたたまれない思いだ。また、奇しくも誉の父は初代ウルトラマンデュアルだった片蔵正平だが、その事実は三矢も誉も知らない。
このように人間たちはそれぞれの人生や信条、大切なもののために命を賭する。かたや、ヴェンダリスタ星人はヴェンダリスタ星人なりの事情があるのだ。じつはギャラフィアンは一枚板ではなく、ヴェンダリスタ星人以外は侵略した惑星の住民など殲滅してしまえばよいという過激な思想を持っている。ギャラフィアンの援軍がやってきたとき、彼らは地球にいるヴェンダリスタ星人も粛正するかもしれない。地球人のなかにもそれに気づいている者がおり、むしろ穏健派のヴェンダリスタ星人におとなしく従ったほうがよいという論調すら出てくる。
また、先述したようにヴェンダリスタ星人はひとりで何人もの地球人に取り憑くことができるが、身体が別だと意識も分かれるのでときどきは集まって統合しなければならない。たまに意識が分かれたまま勝手な行動を取る「くずれ」と呼ばれる存在もあらわれる。人間社会と同様、彼らは彼ら特有の問題を抱えているのだ。くずれの存在は、この物語の終盤で大きな意味を持ってくる。
これらの事情を背景として、ウルトラマン/ヴェンダリスタ星人/地球人の関係は善悪や正邪ですっぱりと割りきれない。このあたり一歩間違えると泥臭い話になってしまうのだが、作者はうまく加減をしている。物語に複雑な陰影を加えながらも、ちゃんと怪獣退治のスペクタクルも描かれるのだ。ウルトラマンデュアルを助ける、もうひとりのウルトラマンも登場する。読みどころ満載だ。
(牧眞司)
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