青崎有吾の痛快青春ビブリオ・ミステリー『図書館の殺人』
エラリー・クイーンとは何者かと問われたら、どう答えるべきだろうか。謎が論理的に解かれる瞬間の快感に取り憑かれ、それを小説の形式で表現することに一生を捧げた作家(たち)、というのが浮かんだので、今はそれで通すことにする。そう、「謎」「論理」「小説」という3つの欠片のどれが抜けてもクイーンはクイーンではなくなっていただろう。
そのクイーンがこだわり続けた謎と論理のパターンがある。殺人事件の被害者が息を引き取る間際に、奇跡のような閃きによって書き遺す人生最後の言葉。すなわちダイイングメッセージである。後年にいたるまでクイーンはこの謎を掌中の珠でもあるかのように弄び続けた。しかしダイイングメッセージは危険な玩具でもある。短いメッセージにはいかようにでも解釈可能という多義性があり、かつ正誤を判断できる被害者がこの世の人ではないために、絶対的な正解というものが存在しないからだ。つまり「言ったもん勝ち」である。そのためにいかに論理を駆使しても、論理の遊び自体に淫しているように見えてしまう。しかしクイーンは、そうした己が姿を承知の上であえて遊びに没頭したのだろう。
最近のミステリーでこんなくだりを読んで思わず笑ってしまった。
「ダイイイングメッセージが? 重要? 刑事さん寝ぼけてるんですか目を覚ましてください。ダイイングメッセージなんかに着目して何がわかるっていうんです? なんの意味もありません。それこそ時間の無駄です」
「む、無駄とはなんだ。重要に決まってるだろ。被害者が書き残した……」
「そうです、被害者が書き残しました。ですが他人が何を考えてたかなんて僕らには絶対わかりません。わかったような気になったとしてもそれは当て推量です。ましてや相手はもう死んでるんですからね」
わっはっは。
この痛快極まりない会話が出てくるのは青崎有吾『図書館の殺人』(東京創元社)、発言者は駄目人間だが抜群の頭脳を持つ高校生・裏染天馬と、彼のことを苦々しく思いつつも捜査に協力を依頼する苦労人・仙堂警部である。
青崎有吾は2012年に『体育館の殺人』で第22回鮎川哲也賞を受賞してデビューを果たした。本書は『体育館の殺人』『水族館の殺人』と続く裏染天馬シリーズの第3長編である。
「斬新すぎる〈館〉ミステリーが登場」と当時刊行前から話題になっていたのが『体育館の殺人』だったが、実際に本が世に出てみれば、なんとも折り目正しい謎解き小説で、青崎は一気にミステリーファンの注目株となった。学園コメディ風の舞台に謎解きの興趣を融合させた作風は、外見こそ軽く見えるが実は重量級の読み応えがある。
『図書館の殺人』は、裏染天馬たちが通う風ヶ丘高校の期末試験期間に起きた殺人事件を描く長篇ミステリーである。舞台となったのは、高校生たちもよく利用する風ヶ丘図書館だった。その出入り口には電子錠によるセキュリティシステムが施されていたが、閉館後の深夜に立ち入った者がいた。朝になり、書架の前で頭を割られて死んでいる人間がいるのが発見されたのだ。凶器となったのは、補修が終わったばかりの山田風太郎『人間臨終図鑑』の上巻だった。
犠牲者は国内小説〈ま行の作家〉の書架前に倒れていた。〈森真沙子〉〈森岡浩之〉〈森沢明夫〉などの本が散らばる中、銛口夜央著『ラジコン刑事』なる本とその横の床に、被害者の血によって何らかの文字か図形が描かれていた。現場に到着した仙堂警部がイヤイヤながら裏染天馬を呼び出したのは、そのメッセージの意味を解かせるためだったのである。しかし天馬の指摘により、事件はまったく別の様相を帯びてきてしまう。
証拠物件や証言を丁寧に扱いながら作者は論理の建造物を組み上げていく。天馬はエキセントリックな言動をする人物だが、解決篇まで至ればその行動の意味は理解できるのである。先に書いたダイイングメッセージの謎も、つれない言い方で斬って捨てているが、もちろん納得のいく解釈が呈示される(その呈示の仕方に、本家クイーンの某作品からの影響を感じた)。カッターの切っ先の破片を巡る推理など、微細な証拠を扱う手つきもよく、裏染天馬という人物は探偵として信頼できる。また、彼の奇矯な言動は周囲の人間をしばしば混乱させるのだが、それがくどくどしく書かれていないのも好ましい。さらりと受け流すようなギャグになっているのだ。
場所柄か本の話題も頻出する。言及される書名に懐かしさを覚える読者も多いはずだ。これ自体が「一冊の本」を巡る話にもなっており、ビブリオ・ミステリーを名乗る資格も十分にある。見事なのは図書館という場所を「青春時代の一時期特有の記憶」と重ね合わせて眺め直す場面があることで、そのために青春小説としての感興が増しているのである。公共図書館でドタバタが起きるのは迷惑だが、物語の中なら歓迎だ。貸し出しを待って読むのもいいが、待ちきれない方はもちろんお買い求めいただいても損はいたしません。
(杉江松恋)
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