中国女子シンクロチーム銀メダルが象徴する技術移転の現実

大西 宏のマーケティング・エッセンス

今回は大西宏さんのブログ『大西 宏のマーケティング・エッセンス』からご寄稿いただきました。

中国女子シンクロチーム銀メダルが象徴する技術移転の現実

なでしこジャパンの快挙でかすんでしまった感があるのが、上海で開催されている世界水泳選手権の女子シンクロ競技の話題です。デュエット、チームともにテクニカルルーティンで日本は残念ながら5位に終わり、井村ヘッドコーチ率いる中国がいずれも初の銀メダルを獲得しました。

こと中国となると日本では過敏になりがちで、井村ヘッドコーチに注目が集まりますが、忘れてはいけないのはデュエット、チームともに銅メダルを獲得したスペインでシンクロを育てたのも日本の藤木コーチです。

日本のコーチが海外から招聘(しょうへい)され、その国のチームを強くしたのは女子シンクロ競技だけではありません。古くはペルーのバレーボールチームを育てた加藤コーチもそうでした。柔道、マラソンや女子レスリングでも日本人コーチが海外で活躍しています。

技術力の高い国から世界各国がコーチを招聘(しょうへい)するのは、今はあたりまえで、日本のプロ野球やサッカーでももう見慣れた光景です。

技術はこうやって移転されていきます。技術が移転されていくのはスポーツの世界だけでなく、ものづくりに関しても同じです。韓国も日本の技術者を積極的に雇い、あるいはOEMで製造を請け負うことで日本から技術を学んだのですが、エレクロニクス製品の世界市場では今や日本をしのぐポジションを押さえるに至っています。

中国もそうです。いまやエレクトロニクス製品の製造請負会社では台湾に本社を置き、製造拠点を中国で展開する鴻海精密工業が世界一の規模です。そこに最新の製造設備、品質管理手法、また世界から部品や素材が集積してきています。それはすなわち日本からに限らず世界から技術がどんどん移転していることを物語っています。

技術移転が起こると、その技術力で優位にあった国の優位性が失われます。たとえばかつて日本のバレーボールはAクイックやBクイックといった攻撃でのイノベーションによって技術優位に立ち、世界を制した時期がありましたが、それがあたりまえの技術となってしまったために日本は長い間不振の時期が続きました。日本女子バレーが復活したのは高度なデータ分析によるものと言われています。技術移転が起これば起こるほど、さらに次のイノベーションを起こさないと世界の晴れ舞台からは去っていく運命にあります。

中国の新幹線が、日本から技術供与を受けたにもかかわらず、米国で特許申請を行ったことで日本では非難する声があがっていました。技術は生み出すことのハードルは高くとも、分かってしまえば、キャッチアップすることも、オリジナルを超えることも可能になってきます。日本も高度成長期に、欧米をモデルに、追い抜け、追い越せで成功しました。

中国の新幹線の実力はわかりませんが、ただ言えることは、新幹線にとっては、ものづくりの技術もさることながら、そのもうひとつ上位にある標準化、デファクト・スタンダードを抑える戦略のほうが重要です。
ものづくりでの優位性はそのひとつの要素に過ぎません。デファクト・スタンダードを押さえれば、日本の新幹線は文字通り世界の新幹線になれますが、ものづくりだけでは絶えず競争が起こり、候補地のニーズや時の流れで優位性を保ち続けることが難しいのです。

米国で中国が申請した特許が成立するかどうかはわかりませんが、その中国の新幹線のアメリカへの導入、また中国の特許戦略の背景にはGEの存在があることはあまり報道されていません。GEはあきらかに新幹線の車両ではなく、デファクト・スタンダードを押さえることを目指していると思います。なぜなら、アメリカの新幹線の標準システムを押さえれば、自動的に陸続きのカナダ、メキシコの市場は勝手に手に入るからです。

ものづくりの技術も大切です。しかしこれからの国際競争はイノベーションに焦点が移ってきます。しかもその上位にあるシステムを抑えることを目指さなければ、やがて日本製品の優位性は失われていく……今回の女子シンクロ競技の結果はその警鐘を鳴らしているように感じてなりません。

執筆: この記事は『大西 宏のマーケティング・エッセンス』からご寄稿いただきました。

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