「今さら」ではなく「今だからこそ」第2弾を発売。『もしドラ』岩崎夏海氏が『もしイノ』で伝えたい“イノベーション”とは

2009年に発売され、約280万部の大ベストセラーとなった“もしドラ”こと『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』。映画化やドラマ化、漫画化もされ、日本にもしドラブームを巻き起こした。

そして今月、その第2弾となる『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『イノベーションと企業家精神』を読んだら』が発売された。

前作から6年。なぜ今、「イノベーション」を伝えたいと思ったのか?著者の岩崎夏海氏にインタビューした。

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岩崎夏海氏

1968年生まれ。東京芸術大学建築科卒業後、放送作家として数々のTV番組の制作に参加。AKB48のプロデュースなどにも携わる。2009年12月、初めての著書『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』が大ベストセラーに。その後も数々の著書を世に送り出し、2015年12月、満を持して『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『イノベーションと企業家精神』を読んだら』(ダイヤモンド社)を発売。

競争社会の中で自分が勝てる場所を作るのが「イノベーション」

(あらすじ)

『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『イノベーションと企業家精神』を読んだら』(以下、『もしイノ』)も、前作『もしドラ』同様、高校が舞台。浅川学園1年生の岡野夢が偶然『もしドラ』に出会うところから物語は始まり、友人の真美に誘われて野球部のマネージャーになる。でも、浅川学園には野球部はなく、2人はドラッカーの『イノベーションと企業家精神』を教科書に、自分たちの手で野球部を作ることを決意する。

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――大ベストセラーとなった前作『もしドラ』から6年を経ての第2弾。今、『イノベーションと企業家精神』を題材にしようと思った理由は何ですか?

今の日本には、「イノベーション」が必要だと感じたからです。

終身雇用制はほぼ崩れ、世界的な競争激化の波に人々はもまれています。会社が個人の成長を支えるのではなく、個人の成長は個人が請け負わなければならないという過酷な時代に突入しています。

競争が激しくなるということは、「誰もが競争に参加できる」という意味では公平ですが、この公平さは「オリンピックに競技が1つしかない」のと同じ状況。100メートル競走で70億人が一斉によーいドンで走るようなものであり、勝者はウサイン・ボルト一人、その他すべては敗者という、極めてバランスの悪い世界です。

例えるならば、そんなオリンピックに競技や種目を1つ1つ増やしていくのが「イノベーション」です。100メートル競走だけでなく200メートルや、リレーなども追加し、陸上だけでなく球技や格闘技なども増やし、金メダルの数を増やしていく。そうすれば競争に巻き込まれることなく「勝てる」人が増えていく。

ただ、現実には競争からはみ出され、自分の居場所を見失っている人が増えています。しかし、今の社会にはそういう人を拾い上げてくれるようなセーフティネットは存在せず、自分で自分の居場所を見つけなくてはならないのが現状。そんな中、個々人がイノベーションを起こすことが、自分の「勝てる居場所」を見つけることにつながり、イキイキと活躍できるようになると考えたのです。

ITの進化が既存の仕事を駆逐する。自分を守るためにも個々のイノベーションは必須

――自分の居場所を見つけるために、イノベーションの重要さを知ってほしいと。

その通りです。さらに言えば、「自分の居場所を見失っている人が増えている」一方で、ITやインターネットの進化に伴い「競争の画一化」が進み、人々が「戦えるフィールド」は確実に減少しつつあります。つまり、個々が早くイノベーションというテーマに着手しないと、居場所をなくしてしまう人は増える一方になってしまうのです。

例えば、現在多くの会社が自動運転システムの開発に取り組んでいますが、これらの試みがもし本当に実現したら、世界中から運転手という職業がなくなります。飲酒運転がなくなるから警察官の数も減りますし、違法駐車を取り締まる監視員も必要ありません。コインパーキングだってなくなります。目的地に着いたら一度家の駐車場に戻して、また呼び寄せればいいんですから。となると、コインパーキングビジネスに関わる人も職を失います。

遠い将来のものに聞こえるでしょうが、ここまでのインパクトではなくとも、今足元では同じようなことがたくさん起きています。

例えば、今では駅の改札は自動改札が当たり前ですが、ほんの10年ほど前までは有人改札がメインでした。私が学生の頃は、駅の改札にはたくさんの駅員が並び、切符を切っていたものです。彼らは、どこに行ったのか。ITの進化の陰で、人員削減が進み、職を失っている人がたくさんいるのです。

この流れに対抗するためには、個々人がイノベーションを起こして「居場所」を作り出すしかない。そのためのヒントが『イノベーションと企業家精神』にはたくさん詰まっている。今の時代を生き抜くヒントを伝えたいと思ったのです。

――だから今、『もしイノ』ということなのですね。ただ、おそらく続編の話は、『もしドラ』直後から持ちかけられていたのではと思うのですが、いかがでしょう。

おっしゃる通りですが、私としては第2弾を出すつもりはありませんでした。全身全霊を『もしドラ』に込めたので、もう書くことはないと思ったのです。でも、この6年でさまざまな社会構造の変化が起こりました。そして、人々が戦うフィールドは減り、競争は激化する一方――今こそイノベーションの大切さを伝えなければ先がない、という危機感を覚え、考えを改めました。

…SNSでもよく「今さら第2弾か」と突っ込まれていますが(笑)、私から言わせれば「今さらだから第2弾」なんです。

そもそも「イノベーション」とは、他者とは違うものを生み出すこと。第1弾がヒットしたからすぐ続編、ではイノベーションとは言えませんよね(笑)。ブームが過ぎ、人々が『もしドラ』を忘れかけた今出すからこそ、この本自体もイノベーションになるのだと。

誰もがイノベーションの重要さを理解でき、かつ物語としても納得できる結論を

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――『もしドラ』のテーマは「マネジメント」と「真摯さ」でしたが、今回の『もしイノ』は「イノベーション」と「居場所」ですね。女子高生がドラッカーを読みながら、マネジメントによってメンバーの居場所を作り、組織を成長させ、競争に打ち勝っていく。…物語を組み立てる上で、苦労した点はありますか?

物事には「問題提起」が必要です。『もしイノ』では、その問題提起を「イノベーションとは?」に置きました。

ただ、ドラッカーは「大切なのは問題提起であり、答えは重要ではない」という考え方ですが、小説の世界は「問題提起をしただけでは成り立たない」んですよね。推理小説において、殺人事件が起きたのに犯人がわからないのと同じことで、読者は消化不良を起こしてしまいます。

今回の問題提起である「居場所とは?」に対する答えはさまざまあると思いますが、『もしイノ』が小説という形態であるからには、この1冊を通して一つの回答を示さねばなりません。すなわちそれが本の「オチ」なのですが、それに到達する過程で悩み、試行錯誤しましたね。

前作の『もしドラ』には、実はいろいろなメタファー(隠喩、暗喩)を随所に込めてみました。でも結果として、多くの読者がそれに気付かず読み飛ばしてしまった。自分としてはそれがショックだったのですが、読者にとってそれは特段重要なことではなかったのですよね。そして私が「こんなメタファーを込めた」と主張すると、それに対する批判が起きたりして、いろいろ考えさせられました。

だから、今回はメタファーはキッパリ止めようと。そして、前作では初めに明確なプロットを書いてそれに則って書いていましたが、それも止めようと決め、オチを事前に考えずに書き進めたんです。「居場所とは?の答えは数多あるから、きっとどこかに行き着くだろう」と。

――『もしドラ』とは全く異なるアプローチを取ったのですね。

そうです。でも8~9割がた書き終えたところで、答えが数多あるからこそ、どれをオチにするべきか悩みました。どのオチであれば、『イノベーションと企業家精神』の内容をうまく伝えつつ、読者に一番納得いただけるだろうかと。

「オチを考えずに書き進めた」と言いましたが、「『もしドラ』とは違うゴールにしよう」とだけは思っていました。『もしドラ』は甲子園がゴール。だから『もしイノ』は同じ野球部が題材ではあるものの甲子園ではなく、主人公である夢と友人・真美の友情物語で締めようと。でも、ややネタバレになりますが、いろいろ考えて結局オチは甲子園になりました。

ビジネスパーソンが忙しい中で本を読むのって、かなりの負担ですよね。それでも時間をかけて1冊を読み切るのは、最後にカタルシスというか、何らかの快感を得たいという欲求があるからこそ。暑いサウナに耐えた後のビールみたいなもので(笑)。

この「最後のビール」がないと、読書自体が単なる苦行になってしまうのではと考え、割り切って誰もが納得できる甲子園というオチに決めました。でもそれを決めたことがいいキッカケとなって、すんなり結末がまとまり、自分自身「なるほど、こういう話になったか」と納得させられました。

結局、僕自身が一番、「あの『もしドラ』の第2弾」であることに縛られていたのかもしれませんね(笑)。今では、『もしイノ』は最もいい形で最後を締めくくることができたのではないかと自負しています。

『もしイノ』をアンチョコにドラッカーを読めば、読解力や理解力の強化にもつながる

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――『リクナビNEXTジャーナル』の読者に、『もしイノ』をどう活用してほしいと思われますか?

ドラッカーの本は非常に有益ですが、どれも一読するだけではなかなか理解しづらい側面があります。だから、この『もしイノ』を、ドラッカーの「読み方サンプル」と捉えてほしいですね。つまりはドラッカーという教科書、専門書の“アンチョコ”みたいなもの。

日本人は、理論を現実に落とし込む「具象化のスキル」が欠けていると言われています。これは、日本特有の詰め込み型の教育が影響していて、1つの事例をクリエイティブに考え、発展させる教育がなされていないせい。だから社会に出て、前例がない問題や答えがない問題にいくつも直面し、思い悩んでしまう。

例えば、『イノベーションと企業家精神』に記されている「イノベーションの7つの機会」の1つに「予期せぬ成功」があります。このままだとどんな意味なのか、何を指しているのかにわかには理解しづらいですが、『もしイノ』では女子高生の目を通して「予期せぬ成功はこうして見つければいい」と日常に当てはめて解説しています。

実は、「予期せぬ成功」は皆さん日々の生活の中でたくさん体験しているものなのですが、当たり前のことだと見過ごしてしまっている。『もしイノ』を読むことで、日常の中の「予期せぬ成功」に気付き、イノベーションのチャンスをつかんでほしいと願っています。そして、『もしイノ』の後にはぜひ、教科書であるドラッカーを読んでほしいですね。

――アンチョコで理解が進めば、教科書を読まなくても実践できる気がするのですが、やはり教科書であるドラッカーは読むべきでしょうか?

両方を読むと、2冊の間にある「距離」がつかめます。それが、読解力や理解力の強化にもつながると思っています。

僕は今までの人生の中で、「理解とは何か」を研究し続け、その奥義を突き詰めてきました。「理解力」という点では、皆さんよりも多少アドバンテージがあると思っており、だからこそドラッカーをわかりやすく示す「アンチョコ」が作れたのではないかと思っています。

ドラッカーの本には、事実の間に役立つ情報や示唆が多数隠されています。それをわかりやすく「表に出して解説」したのが『もしイノ』ですが、『もしイノ』のあとにドラッカーを読むと、その「隠された情報・示唆」がどのあたりに隠れているのか、見当が付くようになる。これを他の書でも繰り返すことで、物事を読み解く力、物事の理解力が格段に高まるようになります。

理解力が付けば、それを他者にわかりやすく説明できるようになるし、それを実際に応用する力も付く。競争化社会においてイノベーションを起こすうえでは、重要なスキルです。

『もしイノ』、そして『イノベーションと企業家精神』が、「イノベーションとは?居場所とは?」を理解するだけではなく、読解力、理解力をさらに深めてビジネスパーソンとしてさらにステップアップするきっかけになれれば、と思っています。

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▲『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『イノベーションと企業家精神』を読んだら』(ダイヤモンド社)

EDIT&WRITING:伊藤理子 PHOTO:平山諭

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