花をきれいだと思わない子どもたち
今回は、『はてな匿名ダイアリー』から転載させていただきました。
花をきれいだと思わない子どもたち
例えば「花が咲き乱れている」という文を読んで、どんなことを思うか聞いたとする。
「花がたくさんあるということは自然が豊かな場所かな」とか
「どんな花だろうか」「季節は春なのかな」とか
「たくさん花があったらきれいだろうな」とか
考えようと思えば考えることはたくさんある。でも、子どもたちは「わからない」「何も感じない」って言うんだよね(経験談)。
「花が咲いていて、だから?」って感じ。「花が咲いているということはどんな場所だと思いますか?」とか
「咲き乱れている、ということはどのくらい花が咲いていると思いますか?」とか
具体的に聞いてやっとぽつりぽつり話す感じ。
おそらく、そのモノに対する意見とか見解が一切ないんだろうなって思った。自分で意見を述べるということは面倒くさくて、誰かが言う答えをただ右から左へ書き写しているだけ。
自分の理解の範囲外は模範解答がないと怖くて発言できない。それだけならまだいい。
もしかしたら、「花を見てきれいだ」と思う気持ちすらないのかもしれない。
将来学校で「花を見たらきれいだと感じるのが一般的です」などと教えなきゃいけないのかもしれない。
その状況では「もしかして花をきれいだと思うのは自分だけ?」なんて悩みもあるかもしれない。
そんなことを考えたらなんだか怖くなった。
転載元:こちらは匿名投稿『はてな匿名ダイアリー』からの転載です。
※画像は『足成』より
http://www.ashinari.com/
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